46話--魅了--


 その後、お腹が空いて動けない。と言ってその場に座り込んだカレンを小脇に抱えて帰路についている。

 ――【全知】、【宣言】スキルを……カレンを信用してもいいのか?

 

『回答します。【宣言】スキルの強制力は絶対に逆らえるものではありません』

「そうか……」

「ん。あーちゃん、お腹空いた」


 私に抱えられながら器用に私の足を叩くカレン。そういえば、魔族って何を食べるのだろう?

 普通に私たちと同じもので大丈夫なのだろうか……。

 

「カレンって何が主食なんだ?」

「血、精気、魂、自然力……なんでもござれ」

「自然力って何……? ハイエルフの主食?」

「そう。ここ、自然が無さすぎ。絶望した」


 木々が生い茂っている森のダンジョンとかと比べると確かにこっちは自然が少ない。

 都心なんて尚更だ。

 ぐぅ、と私の手を腹の音が伝った。何日ぐらい食ってないんだ……?

 

「いつから食べてないの……?」

「もう、3レンツ……こっちの単位だと3週間。頑丈さが取り柄の私でも流石に限界」

「3週間!?」


 驚いて止まってしまった。カレンを降ろして顎に手を当てて考える。

 3週間も見知らぬ土地で飲まず食わずで彷徨って唯一知ってる人に出会ったら……そりゃなりふり構わず助けを求めるよ。

 私だってそうする。確か血でも大丈夫って言ってたよな……。

 人差し指の腹を切ってカレンの方へ向ける。

 

「ほら、私の血でいいなら」

「……いいの?」


 今にも噛り付きそうな勢いだが、ちゃんと許可を取ろうとしている。魔族と言えど、根は良い奴なのだろうか。

 頷いて指をカレンの口元に持っていく。

 カレンが指を咥えた瞬間――腰が抜けそうになるほどの甘い感覚が私を襲った。沙耶たちとシた時のような絶え間なく押し寄せる感覚に戸惑いを隠せずにいる。指に舌が触れる度に変な声が漏れそうになる。

 反対の手を噛んで声を殺す。5分、10分? 永遠に続くと思われた感覚はカレンが指から口を話すと同時に終わった。

 その場にへたり込んで時計を見る。30秒しか経っていない。

 

「すっっっごく美味しかった。今まで飲んだ血の中で1番。生まれ変わった気分」

「今のは……?」

「吸血は吸われている側が苦痛にならないように快感を与える。知らなかったの?」

「知るわけ……ないよ……」


 ほとんど腰砕けに近い状態だ。すぐには立てそうにない。

 【全知】、これは攻撃じゃないのか!?


『回答します。貴女から提案し、相手からは念押しに確認されています。承諾したのは貴女のため攻撃ではありません』

「私は淫魔の血も継いでる。だから、他の吸血鬼より快感が強い……らしい」


 知らなかった。知ろうともしなかった事実だ。

 回帰前から私にモンスターを"倒すこと"のための知識しかないことが悔やまれる。事前に分かっていれば、こんな体たらくは回避できたのだろう……。

 カレンが私の頬に手を当てて耳元で囁いた。

 

「首筋だと、今の快楽の数倍……試してみる?」

「――ッ! やっ……」


 耳元で囁かれて腰に寒気のようなものが走る。カレンの人差し指が私の首筋を撫でると声が漏れた。

 唾を呑む音が数倍にも大きく聞こえた。数倍への期待を――気を、保て! 私!!

 じわりと口の中で広がる鉄の味。口の内側を噛んで痛みで体を覚醒させる。頭にかかっていたモヤのような感覚が晴れていく。

 カレンから距離を取って剣を構えた。

 

「私の【魅了チャーム】を破った……流石、あーちゃん。快感に溺れる人族ならいけると思ったのに」

「やっぱりか。おかしいと思ったんだ」


 いくら私が流されやすい、と言ってもコレはおかしい。何か私の知らないことが起きている気がした。

 口の中に溜まった血を吐き捨てる。カレンがそれを見て口惜しそうに「もったいない……」と言った。


「口の中、切っちゃった? 大丈夫? お姉ちゃんが消毒しようか?」

「どこからそういうの覚えてくるのさ……嚙んだ傷ならもう治ってるから大丈夫」

「……本当に人族?」


 手をワキワキとさせてにじり寄ってきたが一蹴する。口の傷は【高速再生】と同じように魔力を流せば治った。【竜体】にも似た効果があるのだろう。

 すっかりと元気になったカレン。この制御の効かないのを3人に合わせて大丈夫なのか……?

 攻撃はしないと言ってはいるが今のを体感して心配になってきた。

 疑り深く見ているとカレンが口を開いた。

 

「大丈夫。あーちゃん以外には、しないよ」

「本当に?? 今みたいのもダメだからね?」

「うん、他の子と話してみたかったんだよね。わくわく」


 平然と私の速度に着いてくるカレン。家に着いたら色々と質問攻めにしよう。

 聞きたいことが多すぎる。

 庭に着地すると沙耶が出迎えた。

 

「……お姉ちゃん。その人、誰? また拾ってきたの?」

「人を捨てられた子猫とかを良く拾ってくるみたいな言い草だね……」

「間違いじゃないでしょ。それ繰り返して実家に猫と犬が3匹ずついるの分かってる?」

「うぐ……」


 何も言い返せない。確かに何回か拾って帰った事はあるけれど……。

 さて、カレンの事はなんて説明しようか。

 そういえば、短剣使って戦闘してたから新しいパーティーメンバーってことにしよう。

 

「あっ、新しいパーティーメンバーだよ。斥候と前衛をしてもらう予定」

「ん。初めて聞いたけど多分そう。カレン・アート・ザレンツァ。カレンって呼んで?」

「橘さん……? その方、人間じゃない、ですよね……?」

「小森ちゃんの【解析】か。隠せそうにないや、カレン。自分で説明して3人を納得させて……」


 親指を立ててカレンは3人の元へ近寄った。私から説明するのは骨が折れるのでカレンに自分で説明してもらう。

 椅子に掛けて遠巻きに見ていると私と初めて会ったときの姿になったり羽を生やしたり尻尾を増やしたりしていた。

 一体何を話しているんだ……。すごい気になる。聞き耳を立ててみよう。

 

「尻尾は、収納できない。だから腰に巻く。肌の色は、気合で変えれる……」


 気合か。すごいなぁ……。

 和気あいあいと話しているのを見ると3人はカレンの事を受け入れたのだろうか。

 握手をして私の方へカレンが戻ってきた。

 

「全部、説明した。妹ちゃん、話が分かる子」

「なら良かった。家の中でお昼でも食べながらこの後の予定を擦り合わせようか」


 椅子から立ち上がり伸びをして家に戻る。これから忙しくなりそうだ……。

 

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