努力だけで剣聖と呼ばれた男は過去に戻り『全知』スキルと共に再び頂きを目指す

30話--就寝と起床--

　何か間違いが起きそうな入浴は無事に終わり、映画を見て時間を潰した後は食卓を囲んでいた。リビングのテーブルはセットで椅子が4脚ついてきたので全員が座れている。

　高い肉に舌鼓を打ちながら談笑する。ダンジョンが出現しているとは思えない平和な日常だ。

　そうだ、皆に明日居ないことを伝えておかないと。

「玄関前に黒服が居た件だけど、それで明日居ないから」

「え、何事もなかったんじゃないの？」

「今日はね。明日10時に迎えが来る」

「怪しい団体とかじゃないっすか？　大丈夫っすか？」

　沙耶も七海も小森ちゃんも心配そうに私を見ている。

　そんなに私って危なっかしいだろうか。いざとなったら【神速】を使って逃げよう。

「この前の渋谷駅でのことが国にバレちゃって呼び出されたって言えば分かりやすいか」

「お姉ちゃんバレたんだ……どうやって見つけたのか聞いて来てよ」

　何故バレたか私にも分からない。それは明日聞くとしよう。

　食事も終わり、歯を磨いて寝る準備に入る。

　特にこれと言ったことはしていないが気疲れをしている。大変な一日だったなぁ。

　いそいそと寝床を作っていると皆が入ってきた。そうだ、寝る場所はここしかないんだった。

「どういう感じで寝る？」

　決めるのが面倒なので3人に聞いた。どうやらじゃんけんで決めるようだ。

　勝敗を見守ると今度は七海が最初に勝ち、沙耶が負けて小森ちゃんが2番目だった。

　出来れば私は端っこがいいのだが……真ん中だと寝相で複数人巻き込んでしまうかもしれない。

「ウチは沙耶ちゃんと話があるんで、左側貰うっす」

「えー……」

「わっ、わたしは橘さんの隣……？」

「そうなるんじゃないかな？」

　順番が沙耶、七海、小森ちゃん、私の順で決まった。

　全員が寝転がるとキングサイズのベッドと言えど狭い。朝起きたらベッドから転げ落ちてそうだな……。

「わひゃっ！？」

「あ、ごめん、小森ちゃん……いやだったらぬけだして……」

　ここ最近沙耶とくっ付いて寝すぎたせいか、近くにあるものを無意識に抱き枕にする癖がついてしまったようだ。

　解放するにも小森ちゃんの体温が高く、眠気も相まってか離す気分にならなかった。

　あくびをして毛布を被る。小森ちゃんは私と同じ――沙耶と七海が居る――方向を向いている。本格的に眠気に抗えなくなってきたので部屋の電気を消して眠りに落ちた。

　目覚ましアラームで目が覚めた。このアラーム音は……遅刻アラームではないか？

　7時から1時間毎にかけており全て音が違う。この音は9時でも起きなかった時の9時45分の奴だ。仕事であれば完全に遅刻しているぞ、のアラームだ。

「くぁ……よく寝た」

「おあようごじゃいます……」

「え、あ……おはよう、小森ちゃん。もしかして寝れなかった？」

　寝ている間、小森ちゃんをがっちりとホールドしていたようでくっ付いていた部分が寝汗をかいている。

　小森ちゃんは寝れなかった様子で目の下に薄くクマができていた。

　……申し訳ないことをした。

「あーあ、これは大変だ。小森さん、大変ですよ」

「確かにヤバいっすね。ウチでも分かるっす」

「そんなに……？　ごめん、私が悪いんだけど……10時に昨日の人たちが迎えに来るんだ……」

　力なくぐったりとしている小森ちゃんに再度謝罪をする。夜更かしは乙女の天敵と聞いたことがある。沙耶と七海に介抱をお願いして急いで寝室を出る。　顔を洗い歯を磨き、運動着に着替えて髪を後ろで縛る。昨日沙耶に没収されたウエストポーチにアイテム袋と財布と携帯を入れて腰に巻く。

　準備が終わったと同時にチャイムが鳴った。一応3人に声をかけてから行こう。

「ここまでスイッチ入ってたら処理しないと辛いだけっすね」

「私は指派。七海さんは？」

「ウチもっす。小森ちゃんはどっちっすか？」

「なに、それぇ？　わかんないよぅ……」

　寝室で会話しているのだろう。ドアを開けて行くことを伝える。

「じゃあ、行ってくるから。本当に悪いんだけど、小森ちゃんの介抱お願いね」

「うっす！　手取り足取り介抱するっす！」

「私たちに任せてよ！　お姉ちゃん！」

　やけに気合十分な沙耶と七海。小森ちゃんは相変わらずぐったりとしている。

　――本当に申し訳ない。

　寝室のドアを閉める前に七海が「やり方を知らないなら教えるところからっすね」と言っていたので献身的に介抱してくれているようだ。

　安心して玄関に向かう。

「お待ちしておりました。それでは行きましょうか」

「よろしく」

　紳士的な黒服が待っており、案内されて車に乗った。

　車中では特に話などは無く私は流れゆく景色を眺めていた。