79話--食糧問題--


 カレンにこっそりと耳打ちする。

 

「追跡できる魔法とかって使えたりする?」

「ん。使える。任せて」


 クリスさんの手を縛っていたロープをカレンが短剣で切った。

 その際に背中に手を当てて少しだけ魔力を流したのが分かった。

 ……注視して見ていないと何をしたか分からないぐらいの精度だ。

 

 魔法のスキル持ちである沙耶は気が付いたようで私たちを見て小さく頷いた。

 

「組織の犬さん、もう帰っていいよ」

「……なんだか怪しいのだけれども、私を逃がすことで貴女たちに何のメリットが?」


 疑い深く私たちに視線を送った。

 正直に追跡魔法を付けてます! などと言う訳にはいかず、何て帰そうか悩んでいると沙耶が口を開いた。

 

「え、死にたかったなら言ってくれれば良かったのに……七海さん、私の杖持ってきて~」

「了解っすー」

「あっ、うん! 逃がしてくれるならそれに越したことはないわね! もう会うことは無いでしょうけど、さようなら!!」


 真顔で沙耶が言い放った。

 冗談交じりではあったが、クリスさんがその場に留まっていたら本気で殺すつもりの顔だった。

 5年という月日はこうも人を変えてしまうのか……。

 

「お姉ちゃんが全然帰ってこなかったせいで荒んだんだよ?」

「……何で考えてたことが分かったの?」

「顔に出てるっす。なんかやけに遠い目をしてたっすよ」


 目の笑っていない笑顔で私の顔を覗き込んでくる沙耶に少しばかり戦慄を覚えたのは言うまでもない。

 このまま沙耶の圧に流されて立つ瀬がなくなり、尻に敷かれてしまう未来も遠くはないのだろうか……。

 そうなる前に姉としての威厳を取り戻さねば……!

 

『愛の神が腕を組んで頷いています』

『全能の神が後方親面で腕を組んでいます』


 私がこっちに帰ってきてから神たちがまた活発にメッセージを送ってくるようになった。

 ……暇なのだろうか。

 画面を消して沙耶の頭をくしゃくしゃにしながら次にすべきことを考える。

 魔力を一瞬だけ広範囲に、誰にも影響がないような濃度で放出する。

 

 魔力を持つモノすべては自分の魔力と違う魔力が当たった時、その魔力を反発する性質がある。

 それを利用して周囲にあるダンジョンの位置を特定する算段だ。

 原理的には魚探やソナーに近い。

 

 問題があるとすれば魔力の扱いに慣れている者であれば発信源を簡単に見つけることができてしまうため、お互いの位置が分からない状態とかで索敵として使用するのはオススメしない。

 自分がここに居ますよ! と大声で叫んでいるようなものだ。

 索敵として使うのであればこっちの位置が完全にバレていて自分は相手の位置が分からない時ぐらいだろう。

 

「お姉ちゃん何してるの……?」

「あぁ、ごめん。この周囲にあるダンジョンの位置を特定してた」

「なるほど……魔力にそんな使い方があったんだね」


 沙耶がポケットからメモ帳を取り出して書き込んだ。

 後ろから少し覗いてみたが左側のページに「お姉ちゃんが居なくなって1829日」と書いてあって何だか申し訳ない気持ちになった。

 

 そうこうしている間にダンジョンの位置が特定できたので周辺の地図を出してもらってマークしていく。

 拠点となっている私の実家の半径5kmは石壁で覆われていてダンジョンも見つからなかった。

 整備はしていたのだろう。

 

「ここと……ここ、あと……」

「戦闘系のスキル持ちがおおかったときは攻撃隊とか組んで遠征してダンジョンを攻略してたんだけどね……」

「他の拠点に引き抜かれたりモンスターにやられて戦えなくなっちゃったりでこの拠点守るので精一杯になったんすよねぇ」

「人は無限にいるわけじゃないですからね……」


 周辺にも拠点はあるらしいが結構距離が離れていて気軽に行き来できる距離には無いそうだ。

 一番近くても数十km離れているとのことで大量にモンスターが居ることを考えたら行くだけでも死を覚悟して行かないとならないらしい。

 

「よし、印付け終わった。私の立ってる位置から半径20kmの距離だとダンジョンは304個だね」

「そんなにあったんすね……」


 こんなにあればあのモンスターの数も頷ける。

 片っ端からダンジョンを潰していくとしよう。

 

「そういえばダンジョン入るのに許可とか必要?」

「その制度は東京が壊滅してから機能しなくなったよ。自由に入って大丈夫」

「了解、あとさ、やり取りできる端末的なのって無いの?」


 袋から使えなくなった端末を取り出す。

 圏外だし受電も無い。

 沙耶と七海が骨董品を見るかのような目つきで私が取り出した端末を手に取った。

 

「今使われてるのはコレだね、魔石内蔵型の通信端末」


 沙耶がポケットから端末を取り出した。

 見た目は普通のスマホに見える。

 目を凝らすと魔石の魔力とは別の魔力が内包されているような……。

 

「……この端末の開発者って誰?」

「んー、分からないんだよねぇ。相田さんが国際連合の場で貰った~って言ってて便利だから皆使ってる感じ」

「普通にネットサーフィンもできるっすからねぇ」

「ただ分解すると壊れて使えなくなっちゃうので、そこだけ注意ですね」


 うーん、怪しい。

 先ほどの秘密の錬金術師たちの息が掛かってそうなんだけど……。

 分解して使えなくなるのは困るだろうし、相田さんが帰ってきて余っているのがあれば貰って調査しよう。

 

「あっ、そうだ……バタバタしてて忘れてたけど、もう食料が底を尽きそうなんだよね」

「そこら辺にいっぱい転がってるじゃん、それじゃダメなの……?」

「転がってる? もしかしてモンスターの事を言ってるんすか!?」

「そうだけど……言ってなかったっけ……?」


 食えるモンスターは存在する。

 オークは豚肉の味がするしミノタウロスは筋っぽいが牛肉だ。

 コカトリスは毒抜きをしないと全身に麻痺毒が回って死に至るが毒抜きすればさっぱりとした鶏肉だ。

 

 3人がジト目で私を見てくる。

 あれっ、伝えてなかったっけな……。

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