82話--元凶--


 私が部屋に行ったのが夕方ぐらいだった気がした。

 そして今の時刻は朝の6時。

 右側にカレン。左側にリシルが服も何も着ていない姿で静かに寝息を立てていた。

 ……まさか一晩中??

 頭が現実を受け入れようとしていない。実際のところ頭に漬物石でも乗っているのかと思えるぐらいに頭が重かった。

 

 2人を起こさないようにベッドから出て全身の映る鏡の前に立った。

 首筋だけではない体中至る所にある噛み痕やらなんやらで全てを理解した。この頭の重さは貧血か……。

 吸血された際の反動とカレンの淫魔としての力で理性が飛んでいたため記憶が殆ど残っていない。

 何故か尻にくっきりと残っている歯形は間違いなくカレンがつけたものだろうから後でとっちめておこう。

 

 何か変なことはしていないか気になったのでリシルが被っている毛布を剥いで確認した。

 首回りと背中、太ももからふくらはぎにかけて点々とうっ血したかのような痕が残っているのを見てそっと毛布を戻した。

 服を着てリビングに向かうと庭で沙耶が瞑想しているのが見えた。

 

「おはよ、魔力の循環試してるんだね」

「……あっ、お姉ちゃん。おはよう~。この前カレンさんから教わったからさ、毎朝の日課にしてるの」

「流石私の妹……偉い……」


 よしよし、と頭を撫でる。沙耶は照れくさそうに笑った。

 そうしていると七海と小森ちゃんが庭を仕切る柵を飛び越えて外から中庭に入ってきた。

 

「まーたイチャイチャしてるっすよ」

「沙耶ちゃんばかりズルいよねーっ」


 まるで口裏を合わせたかのように2人が言った。

 七海の発言はとても自然だったが小森ちゃんの発言は抑揚があまりなく棒読みに近い感じだった。

 さては無理やり言わせたな……?

 

「確かに七海の言う通り……よし、今度時間作るよ」

「いいんすか? やけに聞き分けのいいような……さては偽物……!?」

「七海は別にいいのかぁ。じゃあその分小森ちゃんに――」

「あーー! 嘘っす! 冗談っすよ!!」


 焦って否定をする七海。

 それっぽい理由を並べて弁明をする七海をあしらって小森ちゃんの方へと歩み寄る。

 こっちに返ってきてから初めてまじまじと見た気がするけど……全く変わってない気がする。老化が止まっているのか疑うレベルだ。

 

「ぁの……そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」

「あぁ、ごめん……初めて会った時から全然見た目が変わってないように見えてさ……」

「そう! それ!!!」


 小森ちゃんと話していると沙耶が大きな声を出して入ってきた。

 七海も沙耶の頭の上に顎を乗せて会話に入ってきた。

 

「スキンケアとか何か秘訣があるっすか? それか老化を止める技能でも持ってるんすか!??」

「えっと、遺伝的な……感じかな? お母さんの家系が凄い童顔揃いで……」

「やっぱりかぁ、そうなると私は母さんみたいに愉快なババアの道を進むことに……」


 七海の問いに答えた小森ちゃんの回答を聞いて沙耶がため息を吐いた。

 確かに母さんは愉快な人だけれど……私の居ないうちにもっと騒がs――愉快になったらしい。

 こんな状況になっても相変わらず元気そうだった。

 3人が和気あいあいと女子トークをしていると欠伸をしながらカレンが庭に出て来た。

 

「ちょっ、カレンさん!?」


 沙耶が目を丸くしてカレンを家の中に押し戻した。

 疑問に思っていたが理解した。服を着ていないんだ。魔界で全裸でうろつくカレンを見慣れ過ぎて一瞬何のことか分からなかった。

 魔界だと服を着ていなくても強ければ許される場所なので何の問題もなかった。そもそも人の形をしているのは特定の魔族だけなので気にされることすら少ない。

 首を傾げた後、カレンは何かを思い出したかのように手を叩いて部屋へ戻っていった。

 

「そういえば先輩昨日どのぐらいダンジョン潰したんすか?」

「んー? そこからここまでの間にあるところ全部」


 指を指して北から南東まで動かす。

 全体の三分の一ぐらいの範囲だ。よくもまあ、こんなにもダンジョンが沢山作られたものだと感心した。

 

 服を着たカレンと毛布に包まったリシルがリビングに居るのが分かった。

 沙耶がこっちに戻ってきて言った。

 

「お姉ちゃん、何かカレンさんが皆に話があるって」

「おっけー。今行くよ」


 皆でリビングに戻ってテーブルを囲むとカレンが顔の前で手を組んで何やら話し始めた。

 

「ん。紹介、私の姉上……ほら、姉上。自己紹介」

「あっ、うん。リシルです……」


 昨日までとは打って変わって借りて来た猫みたいな感じに余所余所しい。

 カレンが人と話すのが苦手って言ってたっけな? どう返していいか分からないから拍手をすると皆も同じように拍手した。

 スッとカレンが手を挙げて拍手を止める――。なんだこれ?

 

「ん、姉上がこっちに来た変遷……姉上、どうぞ」

「えっと……あれは私が権限を貰ってゲートを立ててこっちの世界を知ったときだったかな……」


 ぽつりぽつりとリシルが話し始めた。

 リシルの話だと人気のないところにダンジョンのゲートを繋いでこっちを探索していたらしい。

 時期的にはダンジョンが現れ始めた最初期の頃から探索を行っていたらしく、見たことのない建造物等に心惹かれてダンジョンを放置していたそうだ。

 

「それでね、一回帰って……こっちの世界の人の実力じゃ倒せないボスを配置してもう一回来たんだけど……」

「確かにリシルの言ってた時期ならダンジョンの存在自体認知されてない時期だろうし、モンスターすら倒せない可能性もあるね」

「うん……なのに攻略されて無くなってたの……ビッグスライムのスラちゃんを配置してたから安全って思ってたんだけど……」


 ……ビッグスライム? 何だか見覚えのあるような……。

 顎に手を当てて考え込んでいると沙耶が手を挙げて質問した。

 

「あのっ、ビッグスライムって大きさ3mぐらいの大きい緑のやつですか……?」

「うん……スライム自体見つけにくいように背丈の高い草原をダンジョンにしたんだけどね……」


 沙耶が私の方を見た。

 ……思い出した。私と沙耶が初めて一緒に入ったダンジョンに情報が酷似している。

 私にしか聞こえないぐらいの小さな声で沙耶が耳打ちした。

 

「これってさ、多分最初のダンジョンだよね……?」

「……多分そう。確かにあのビッグスライムは最初期のスキルとかの使い方が確立していない状況だったら倒せないモンスターだし」


 ひそひそと沙耶と話す。

 どうやらカレンには聞こえていたみたいでカレンが笑いを堪えて肩を震わせている。

 

「っく……。ん、つまり、あーちゃんは姉上もこっちに閉じ込めてたってこと」

「いや、まだ決まってない。リシル、ゲートの繋いだ場所の特徴って覚えてる?」

「えっと……石がいっぱいあった。あ、こっちじゃあの石はお墓なんだっけ? それが沢山ある陰気なところ!」

「……ごめん」


 間違いなくダンジョンを攻略した犯人は私たちだ。


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