83話--悪質な物言い

 ダンジョンが攻略されない前提でこっちに来るこの姉妹が悪いのではないか?

 と、わざわざ言わなくていい言葉が零れそうになったが、ぐっと堪える。


「ん、過ぎたことは仕方ない。大丈夫、姉上。お父さんもお母さんも特に気にしてなかった」

「勝手に何も言わず飛び出した私が悪いんだけど……心配ぐらいしてくれても……」

「ムリ。姑息で陰湿で根暗な姉上を心配したところで、しぶとくどこかで生きてるって皆分かってる」

「ワァッ、妹から素直な罵倒。お姉ちゃん泣いちゃいそう」


 よしよし、とカレンがリシルの頭を撫でた。満足そうに笑みを浮かべているリシル。

 流石のカレンだ。飴と鞭の技術が高い。

 

「それでね~、魔界に帰れないって分かったから……こっちの世界で生き残ろうと頑張ったんだよ~」

「急に話戻るんだね」

「ん、姉上との会話はキャッチボールじゃなくて野球」

「幻影魔法で人間に姿を模してー……科学に魔法を合わせて遊んでたら色々な国の偉い人とか技術者とかに囲まれていっぱい教えてた!」


 ……なるほど。ゴールドで経済が回り始めたのはリシルが絡んでいたからか……。

 急速に世界が新しい様式に対応した謎も解けて一人で頷いていたら家のドアが叩かれた。

 

「沙耶、誰か来たみたいだよ」

「んー? 誰とも会う予定なんて無いんだけどなぁ……」


 首を傾げながら沙耶が玄関に向かった。

 気配的には複数の人間だ。何やら不穏な気がするので私も向かおう。

 

「はーい……どなたですかー?」


 沙耶がドアを開けるとそこに居たのは身なりの汚い中年の男と他6人が私に向けて憎悪の籠った視線を注いでいた。

 先頭に立っている男の体臭が鼻を突く。単純に臭い……ゴブリンといい勝負だ。

 

「あんたが『銀の聖女』か」

「……誰? 沙耶、知ってる?」

「うーんと……七海さーん! 名簿持ってきてー!」

「承知っすー!」


 七海が紙の束を持ってきた。

 顔写真と住んでいる場所が書かれているからこの集落に住んでいる人の名簿だろう。


「あー、あったあった。小牧さんだね、何の用?」

「何故もっと早くに教えなかったんだ!?」


 急に声を荒げる中年。汚い唾が飛ばないように中年と沙耶の間に手を入れ距離を取らせる。


「お前が知ってたって言ったな! ふざけるなよ!! もっと早くに教えてれば儂らが飢えで苦しむことなんてなかったんだ!!」

「……何の話? もっと具体的に、分かりやすく、簡潔に言ってくれない?」

「モンスターが食える事だ!! 何でもっと早くに教えなかったんだ!?」


 どうやらこの中年とその取り巻きはお腹が空いているらしい。

 お腹が空いていると怒りやすくなるよね、仕方ない……と流すわけがない。

 

「あの、小牧さん。食料は全員平等に同量支給しているはずですが」

「あんな少量で足りるわけがないだろ!? 小娘が威張って仕切りやがって……年長者をもっと敬え!!」


 周りが「そうだそうだ」と囃し立てる。

 皆が思い思いの事を喚いているが全て食料に関する事だった。


「……ねぇ、沙耶。この人たちは何でキレてるの?」


 わざと分かりきった質問を聞こえるように言った。

 これには沙耶も苦笑いを返した。

 

「こっ、の……小娘が……!!!」

「さっきさ、飢えで苦しんだって言ったけど本当?」

「言った通りだ!!」

「毎日3食分の配給がされてるのに? それって本当に飢えなの?」


 魔力を滲みだしながら一歩前に出る。

 少しばかり怒りがこみ上げてくる。

 

「飽食の時代に生まれ育って、食に困ることなくのうのうと生きて来た人間に飢えが分かるの? そのだらしない腹で?」


 回帰前の話だけれども、私は嫌と言うほど苦しんだ。

 アイテム袋も戦闘食料も無かった時期。ダンジョンの大きさを見誤って持っていく食料が少なかった。

 猛烈な空腹を感じている間はまだ希望が持てた。洞窟型のダンジョンだった。辺りに草も木もあるはずがなく口に入れられるのは夜露だけ。

 次第に空腹を感じなくなっていき、気温は変わっていないはずなのに暑く感じたり寒く感じるようになる。

 剣を握る力すら振り絞ることもできず布で手に剣を縛り付けゾンビのようにふらつき、剣を振り、転び……文字通り死力を尽くしてダンジョンを攻略した。

 外に転送され起き上がる力も残っていない私はそのまま地面に生えていた草を土ごと喰らった。

 あれほど土と草が美味いと感じたのはこれまでの人生でそれっきりだ。

 

「本当に、死ぬほど飢えてたなら何でモンスターを食べようとしなかったの?」

「そっ、それは食えると知らなかったからだろ!!」

「昔の人ってさ、食べれるか食べれないか最初から知ってた訳じゃないよね。食べるものが無くて、あるのは見たことのない物。食べれるかどうかなんて知らないけど飢えには勝てなくって口に運ぶ。食べれなくても調理法を模索して食べれる方法を探した。そうして今の私たちの食べ物の知識があるんでしょ?」


 早口で、笑顔で捲し立てる。

 眼前に居る中年を含めた7人の手を見る。

 ……戦闘職ではないね。かと言って何か重要なことをやっているようには見えない。

 

「偉そうに講釈垂れやがって……」

「うん、私にはその権利があるからね。この集落に住んでいる皆が受け取っている配給の食料ってさ、私の懐のお金で買ったから」


 あまり理解していなさそうなのでもう少し細かく説明する。

 

「分かる? 配給している食料は全部私のお金で買った物。つまり所有者は私。あなた達は私たちの善意でタダで食料を貰ってるんだよ?」


 理解したのか口をつぐんだ。

 そう、コレは食料を人質にした脅しだ。

 あたかも配給すら自分のものだと言い張りそうな勢いだったから私も手段は選ばない。

 

「そうだね。これを機に本当に飢えてみるのはどう? 沙耶、ここにいる人たちの配給を――」

「す、すまなかった……!」


 止める、と言おうとしたら一番声を荒げていた中年が小さな声で謝罪をした。

 しっかり聞こえるまで聞き返すとしよう。


「んーーー? なんか言った?」

「怒鳴り散らして申し訳なかった!! 儂らが悪かった……。だから、配給だけは……」


 小さくため息を吐いて沙耶の方を見る。

 私に隠れて欠伸をしようとしていたようだ。まるで興味のない反応をしているのでデコピンをしておく。

 

「こんな朝から人の家に押し掛ける元気があるんだったらモンスターの解体でも手伝ってきたら? 1日手伝えば肉1ブロックぐらいは手間賃として渡してるはずだよ」

「ん~。そうだね、集落の掲示板に書いてあるはずなんだけど……」


 どんどんと中年たちが小さくなっていくように見える。

 これ以上はいじめになっちゃうから解散してもらおう。

 

「働かざるもの食うべからず、だよ。今回の件は聞かなかったことにしてあげるからお腹が空いてるなら解体場の方に行ってきな」

「はっ、はい……ほんと、すいませんでした……」


 そう言って中年達は解体場の方へと向かってった。

 沙耶が何か言いたそうに私の方を見ている。

 

「お姉ちゃんは優しいねぇ。問答無用で首跳ねなくて良かったの?」

「発想がすっごい物騒だね……。特に暴力を振るってくる感じじゃなかったから言葉だけで済ませたけど……沙耶ならどうしてた?」

「うーん。てきとーに聞き流して次のモンスターの襲撃の時に最前線に出てもらうかなぁ」


 光の灯ってない目で遠くを見ながら沙耶が言った。

 私の居ない間に何度も、あのような輩に絡まれたんだな……。一人が大きな声で不満を漏らすと周りが同調して抑えられなくなる事がある。それを危惧して秘密裏に処理してたんだろう……。

 まだ若いのに辛い決断をさせてしまったことに罪悪感を覚えた。

 

 沙耶を後ろから抱きしめて頭の上に顎を置く。

 嬉しそうに笑う沙耶とじゃれ合いながら私たちは家の中に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

努力だけで剣聖と呼ばれた男は過去に戻り『全知』スキルと共に再び頂きを目指す 鬼田野 @kitano_sushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ