81話--青髪の姉妹--

 拠点に着いたが人が慌ただしく動いている様子はない。

 家の玄関前にカレンが立っており、知らぬ者がその場にへたり込んでいる。

 何かに怯えて震えているようにも見えた。

 

「カレン、その人……? 誰?」

「ひぃっ!」


 私がカレンに声を掛けるとへたり込んでいた人が奇声を上げた。

 化け物でも見るかのような目で私の事を震えながら見ている。

 カレンが手招きをしている。状況を話してくれるのだろうか?

 

「あっ、ぁぅ……」


 じわり、とへたり込んでいる人の地面が濡れて水溜りが広がっていく。

 温かい液体のようで湯気が立っておりアンモニア臭が鼻を突いた。

 

「えぇっ……?」


 困惑する私、鼻を鳴らして泣き始めたへたり込んだ人。ニヨニヨを笑うカレン。

 家の中から沙耶たちも出てきて事態は混沌を極めていた。

 

「ん、紹介する。これ、姉上」


 カレンがへたり込んでいる人を指さして言った。

 確かに言われてみれば同じ髪の色をしている。カレンよりも髪が短くて白衣のようなものを着ている。眼鏡を掛けているが顔立ちは幼く、少年と言われても納得できるような顔をしていた。


「よーしよし、姉上、泣かない泣かない」

「うぐっ、ひっぐ……だっで、だっでぇ……」


 ガチ泣きだ。私を指さして泣いているのだが……私が何をしたというのだろう。カレンに手招きされて近づいただけなんだけど……。

 カレンの後ろで見ている沙耶たちに助けを求める視線を送る。

 沙耶は「またか……」と言いたげな表情をした。

 七海は笑いを堪えている。小森ちゃんは黙って首を振った。


「ん、どうせ姉上の事だから……自分を上に見せようとあーちゃんに力を誇示しようとして返り討ちにあったんでしょ?」

「怖かっだ……私の事殺すって……」


 わんわんと泣き続けるカレンの姉。

 沙耶たちは興味を失ったのか家の中に戻っていった。

 え、これ私が収拾しないといけないの?

 殺すだなんて言ったの……スライムを操ってた本体にしか――まさか?

 

「あの時のスライムの……?」

「ん、どの時かは知らないけど姉上は良くスライムを使う」

「黒剣使って本気で殺すって言っちゃったよ……」

「わお……姉上、ご愁傷様」


 カレンより年上のはずなのに未だに泣き続けているカレンの姉。

 どうしたものかと頭を悩ませているとカレンが私の手を取った。

 

「ん、簡単。姉上はハイエルフと吸血鬼の血しか引いてない。だからこうして――」


 何も言わずにカレンは短剣で私の人差し指の腹を切った。割と深くいったのか血が滴った。

 

「……痛いんだけど」

「ん。切ったよ」

「できれば事前に報告してほしかったかなぁ」


 地面にポタポタと垂れる私の血。魔力を流せば治癒できると思うがカレンなりに何か考えがあるようなので治癒せずに居よう。

 そういえば泣き声が聞こえなくなった気が――。

 

「じー……」


 私の指から流れる血をカレンの姉が凝視している。

 ……そうか、吸血鬼の血を引いているってことはカレンと同じで血液から魔力を補給するのか。

 カレンも口の端から涎を垂らして見ている。

 

「……はっ! ん、姉上は栄養失調。体内魔力が異様に薄い……多分長らく血飲んでない」


 そうカレンが言うと盛大な腹の虫の音が聞こえた。

 音の主は恥ずかしそうにお腹を押さえて私を見て口を開いた。

 

「あぅ……あのっ、その……えっと……カレン、何て言えばいい……?」


 私に聞こえないぐらいの小さな声でカレンに助けを求めたようだ。残念ながら全部聞こえている。

 カレンと私を交互に見るカレンの姉。おい、カレン。わざと反応しないで居るだろ。

 ……じれったい。

 

「そいっ」

「むぐっ!?」


 面倒になった私はカレンの姉の口に血の出ている指を突っ込んだ。

 一瞬戸惑ったが少し経つと美味しそうに吸い始めた。

 吸血されるのにはだいぶ慣れたと思ったが全然違った。カレンよりも腰に響くような感覚が大きく、気を抜くと腰が抜けてしまいそうな気がした。

 

「ん、姉上は吸血鬼の血が濃い。だから快感は目測私の2倍。ぶぃっ」

「……そういうっ、大切なことは……っ、先に言えとっ……さっき……!」


 全神経を集中させて抗わないと白昼堂々と健全ではなくなってしまう。

 カレンの姉を見ると肌が若干艶やかになってきているのが分かる。そろそろいいだろう――。

 

「えっ、力つっよ!?」


 私の手をがっちりと掴んで離さない。

 結構な力で引っ張っているのにビクともしない。

 

「姉上の純粋な力の強さはお父さんと同じぐらい……あーちゃんじゃ多分振りほどけないから、諦めて?」

「……治すか」


 魔力を流して傷を癒す。急に血が出なくなったことに気が付いたのか私の指をひとしきり舐めまわした後、咥えたまま私を見た。

 

「無言の圧かけてもダメ。もう終わりだよ」

「……怖い人、おいしかった。もっと欲しい……だめ?」

「ダメ。いくらカレンのお姉さんと言えども名前も知らないし」

「リシル・アート・ザレンツァ。教えた。貰うね?」


 そう言うとカレンの姉――リシルは目にもとまらぬ速さで私に抱き着いてきた。

 ――まずい、と思ったと同時に手を首筋に滑り込ませてリシルの顔を掴む。

 

「ん、姉上はお父さんに似てとても我儘だから……ご愁傷様?」

「こんな細い腕のどこに力があるんだ!? カレンも見てないで助けてよ……」

「やだ」


 全力で押し返しているが徐々に押され始めている。

 カレンに助けを求めたが口を尖らせて拒絶された。

 

「あーちゃん、こっちきてから構ってくれない。だから私は姉上の味方する。一緒にあーちゃん美味しく頂く」


 どこで判断を間違えたのだろうか……。

 思い出してみれば私の血を見た時からカレンの目が座っていたのだ。まるで獲物を見据えているかのように。

 ……これは腹を括ろう。

 

「ん、どこに行くの?」

「……せめて部屋でお願い……玄関先じゃ色々不都合が……」

「ん、人生諦めが肝心」


 自分の足で自身の部屋まで歩いていく。これが処刑台に登る罪人の気持ちか……。

 部屋につくとカレンが指を鳴らした。魔界でよく使っていた防音の魔法だ。

 服は……普段着だから大丈夫だろう。

 そのままベッドに座ってリシルを抑えている腕の力を――抜いた。

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