39話--遺跡の主--


 辺りが少し明るくなり始めた。朝露でじっとりと湿度が高く、非常に不愉快だった。

 一晩中起きて見張りをしていたがゴブリンの気配はなかった。

 闇夜の中で移動したのと匂い消しが効いているのだろう。立ち上がって伸びをして散策という名の見回りをしよう。

 

「昨日襲撃した場所まで行ってみるかな」


 私達が居た場所には泥団子が数個置いてあり、ゴブリンが来ていたら間違いなく踏み潰されているだろう。

 警戒をしながら歩みを進めて昨日の場所まで来た。そこには潰れた泥団子があり、ゴブリンの足跡がくっきりと残っていた。

 周囲の気配を探るがゴブリンの気配は感じない。もう既に遺跡に帰った後だろう。

 確認したかったこともできたので3人が寝ている木に戻った。

 


「今日は大きく迂回して反対側の出入り口を狙おう」


 携帯食料を食べながら皆に言った。

 慣れていない環境だからか、3人の疲労が見て取れる。

 

「野宿って思ってたよりしんどいね……」

「わかるっす……木の上ってのが更に疲労が溜まってくっす……」

「コレが、おさるさんの気持ち……」


 三者三様に思うことはあるだろうけど、小森ちゃんのそれは違うと思う。

 反対側に着いたら全員に疲労回復のマッサージをしてあげよう。非常に痛いけどやらないよりはマシだ。

 

 私の足元にはマッサージにより出来上がった3つの屍が転がっていた。

 声を上げられると面倒なので半ば強制的に口の中に着ていない運動着の上着の袖を詰めたのが駄目だったのだろうか……。

 3人共素直に口を開けたので、コレは合意の上での出来事である。

 

「死ぬほど痛かったけど楽になったよ……お姉ちゃん、ありがと」

「どういたしまして」


 沙耶が立ち上がりながら言った。沙耶にはコレから昨日と同じことをしてもらうから念入りにマッサージをしておいた。

 いつの間にか全員が立ち上がっていたので出入り口を狙えそうな場所まで移動する。


「沙耶、この辺からいけそう?」

「うーん。多分大丈夫だと思うけど……昨日より距離あるから使った後に倒れちゃうかも」

「ちゃんと介抱するから気にせずやっちゃっていいよ」

「わかった!」


 昨日と同じく集中して詠唱をする沙耶。技能名を唱えると共に横に倒れそうに傾いた。

 肩を引き寄せて私に寄りかからせる。出入り口の方を見るとしっかりと【土槍】が突き刺さっており、ゴブリンたちが慌ただしく喚いていた。

 

「よし、結構後ろまで撤退するよ」

「ちょっ、これはっ……はずかしいから……」


 大粒の汗をかいて呼吸を荒くしている沙耶を姫抱きする。

 降ろしてくれ、と私の服を掴んで涙目で訴える沙耶を無視して私たちは今日の拠点とする場所まで戻った。

 昨日と違って早い時間に遺跡を襲撃したので何か起きるかもしれない。

 沙耶を寝かせて七海と小森ちゃんに木に巻き付いている蔦を集めてくるように言う。簡易的だけど罠を作っておこう……。

 

 

 用心したけど、その後は何事もなくスムーズに事が進んだ。3方向を塞いで残すは一番大きい出入り口だけとなった。

 日付的には遺跡に入って4日目だ。3人の目の下には薄っすらと隈が出来ていた。疲労は抜けても慣れない環境で十分な睡眠が取れるというのはまた別なことなのだ。


「今日、クリアするから帰ったら沢山寝ようね」

「うん……その前にお風呂入りたい……」


 水で濡らしたタオルで拭いてはいたけど正直匂いはキツい。誰かのを指摘してしまうと全員に飛び火してしまうので匂いに関しては突っ込んではいけない暗黙の了解ができている。

 私は回帰する前に慣れたので大丈夫だが……女性の体からも普通に匂いはするんだな……。隊列を組んでいたときのメンバーがどれだけ気を遣っていたのかが理解できた。

 これからは衛生用品も持ち歩こう。

 

 遺跡の唯一の出入り口となったところが見える場所まで移動した。各方向に配置されていたゴブリンがここの一箇所に集まっているようで、見える範囲に100匹は居る。

 ただ、ここからは私の出番だ。

 

「私が注目を集めるように歩いて遺跡まで行くから沙耶と七海は壁の上に居るのを始末して。私が遺跡に着いたら登ったやつを随時撃つのと出入り口から逃げてくる打ち漏らしたヤツをここから撃ってね。小森ちゃんは2人に技能を切らさないように立ち回ってほしい」


 3人に伝え、返事は聞かずに剣を抜いてゆっくりと遺跡へ歩みを進める。

 遺跡まで100mといったところで1匹のゴブリンが私に気がついた。何か鳴いて私に向けて弓を構えている。

 ゴブリンの腕力では50m先に矢を届かせるので精一杯のはず。左手を上げて七海へ【回収】を使うように合図を送る。

 引き絞って今にも撃つぞ。と構えていたゴブリンの弓から矢が消えた。

 分かりやすいざわめきが遺跡から聞こえる。それと同時に私は地面を蹴って遺跡へと駆けた。

 日頃の鬱憤を晴らすように乱雑にゴブリンを斬り捨てる。七海の矢と沙耶の【炎球】が壁の上にいるゴブリンたちを襲ってるのが確認できた。

 唯一の出入り口に私が陣取って出てくるものを全て斬り伏せる。想像以上に出てくるゴブリンは沙耶が昔やっていた大量の敵に突っ込んで無双するゲームを思い出させた。

 私が歩いた後ろにゴブリンの死体が道を作っている。500を超えたあたりからゴブリンが防具を装備していなかったり、武器を持っていなかったりと質の低下が見られた。

 

 少しすると遺跡の中から一際大きいゴブリンの叫び声がした。

 渋谷で倒したゴブリン以上のサイズのゴブリンが遺跡の中から姿を現した。オークにも引けを取らない体躯と隆起した筋肉……ゴブリンキングか。

 強さ的にはミノタウロスと同等か弱いぐらいだ。大きな石棍棒を振りかぶって私に振り下ろした。

 受け流して腕を斬り飛ばす。脚を斬って崩れ落ちたところを真っ二つにした。

 ――結構楽に倒せたなぁ、などと思っていると遺跡の中から同じようなゴブリンキングが4匹出てきた。

 投げつけられた岩を避けながら思わず口から漏れた。

 

「うっそでしょ……」


 4匹の後ろに1匹、異質な空気を纏っている小柄なゴブリンが居た。

 薄緑色の肌が特徴のゴブリンとは違って肌が恐ろしく白い。

 回帰前では厄災と呼ばれていたほどの力を持つゴブリンを統べし者……ゴブリンロードだ。

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