38話--遺跡1日目--


 ダンジョンには基本的に決まったモンスターしか出現しない、はずだが……屋外のダンジョンであったり極稀に例外が存在する。

 ゴブリンに捕まっているエルフであったり、森の中に居る野生のモンスターであったり。

 どこからどう見ても猪の見た目をした生物が火を纏って突っ込んできたときは衝撃を覚えたものだ。

 そう言った野生のモンスターから身を隠すためにも野営装備が無い場合は木に登って寝るのが一番だ。もちろん、寝心地は度外視することになる。

 

 3人に携帯食料と水を渡して食べるように言う。私も食べておかないと……うん、不味い。

 沙耶を見ると顔を顰めていて、七海を見ると口に咥えたまま固まっていて、小森ちゃんは苦い顔で携帯食料を水で流し込んでいた。

 小森ちゃんの順応性は3人の中で一番だろう……。

 

「先輩、これ何すか?? 甘いけどしょっぱいし、口の中の水分は持っていくけどねっちゃりしてるっす……」

「美味しそうに聞こえない食レポありがとう。人体が1日で必要な栄養素の半分が入ってる、味と食感さえ目を瞑れば完全無欠な携帯食料だよ」

「味と食感って食事に一番大切な部分なんだよなぁ……」

「沙耶ちゃん、七海ちゃん……お腹に入れば全部一緒だよ……こんなに食べてて楽しくないものは初めてです……」


 文句を言う沙耶と七海に対して小森ちゃんが虚ろな目で言った。

 酷評なのは回帰前も同じで、コレでも携帯食料の中でマシな方なんだ……。

 全員が携帯食料を水で流し込み終えてため息を吐いた。これを食べた後は温かい食事が恋しくなる……。

 

「さあ、気を取り直して3人はそこの木に登って寝ること。見張りは私に任せて」

「うへぇ……聞きはしてたっすけど、今回はマジで苦行っすね……」


 次に登る人が前の人の尻を押して登る手伝いをしている。

 このダンジョンが終わったら余裕ができるから少し休んでリフレッシュしてもらおう……。

 少しすると3人が寝息を立てて寝ているのが聞こえる。寝ている木を背もたれにして魔力増加法で時間を潰そう。

 ゴブリンが居る遺跡から結構な距離が離れているため、ここまでは来ないだろう。


 辺りが薄暗くなり始めてきたので3人を起こす。眠りが浅かったのか、いつも寝起きが悪い沙耶が一番に起き上がって木から降りた。続けて七海と小森ちゃんが降りてきた。

 

「くぁ……。んで、先輩。夜に狙撃って言ってたっすけど、どの辺からやるんすか?」

「寝る前に沙耶が魔法を使った場所辺りからかな。200mぐらいかな? 正しい距離は【計測】を使って測ってね」

「うす! パーフェクト七海ちゃんの実力見せるっすよー!」


 肩を回してやる気を表す七海。因みに仕事でもよく言っている言葉で、これを言ったときは何か知らないけどいい方向へ転がる。

 七海なりの暗示みたいなものだろう。

 いつの間にか日が完全に落ちて、一筋の光もない闇が周囲に広がっていた。

 鈴虫のような虫の鳴き声が闇夜の森に響いている。


「うっわ……本当に何にも見えないんだね……」


 私を先頭に手を繋いで、はぐれないようにして目的地に向かう途中で沙耶が言った。

 暗くなる前に目を瞑っていれば闇に眼が慣れる――などもあるが、微塵にも光が無い場合はそんなことをしても見えない。虫の鳴き声と自身の指で音を小さく出して反響音を頼りに森を進む。

 回帰前に訓練して真っ暗闇の中でも動けるようにしておいた甲斐があった。感覚とかは回帰前とほとんど同じにしてくれたようだ。

 

「ストップ。七海、ここから遺跡の周囲で松明を持っているゴブリンを射れる?」

「この暗闇で光を灯すとこんなにも分かりやすいんすね……【計測】、うっす。208mで風は向かい風1m……たぶん行けるっす」

「任せた。やれれば連射で的確に頭を射ってね」

「さらっと無茶な事言うっすよね……」


 七海が弦を引き絞って撃つ。慣れた動作で続けて5本の矢を撃った。

 壁の上に居た松明を持ったゴブリン5匹の頭に全て同時に着弾した。

 

「うし、観測されないように高さと強さを変えて弾着のタイミングを同時にしたんすけど、成功したっすね」

「やるじゃん。流石私が認めた後輩だね」


 褒めて欲しそうな空気を醸し出していた七海を撫でまわす。暗闇で顔が見えないのが残念だ。

 射抜かれたゴブリンが壁の下に落ちると遺跡の方が慌ただしく、喧騒の声が聞こえてきた。

 正面の出入口は寝る前に塞いであるので左右からゴブリンが集まり、【土槍】の前に集まってきた。


「七海、乱射でいいから撃ちまくって」

「承知っす」


 撃てる限りの矢を撃ち尽くす勢いで矢を射る七海。

 群がっているゴブリンに五月雨のような矢が襲いかかる。この暗闇の中で矢が視認範囲に入った時点でもう手遅れであるためゴブリンたちは抗う術なく矢の餌食となった。

 撃ち漏らしをペグを投げて仕留める。200mなら投げてから1秒もかからないな。

 

「先輩、矢があと3本しかないっす。終了っすかね?」

「はい。あと1800本あるから気にせず撃ってね」

「……うっす」

 

 アイテム袋から100本セットの矢を七海に渡す。

 破壊されなければ【回収】もあるし、1ダンジョン100本で事足りてしまうから七海には最初の100本しか渡していなかった。今回は【回収】を使わないので6セット目ぐらいは行きそうだ。

 ゴブリン達が顔を出すのを待っていると壁の内側から外に向かって松明が投げられた。私たちの位置は特定できていないみたいだけれど……遺跡から森までの距離を全て松明で照らして虱潰しに探索するつもりか。


「七海。壁の上に登ったゴブリンが居たら撃って。沙耶と小森ちゃんは撤退するから準備を」

「はぁーい。って特に何もしてないけどね……」

「橘さん、本当に泥団子作ってるだけでよかったんですか……?」


 小森ちゃんと沙耶には生えていた薬草を磨り潰して泥団子を作ってもらっていた。薬草は磨り潰すと独特な匂いが出てくる。

 一度匂いが鼻に着くと中々落ちないぐらい強い匂いであり数時間は正しく匂いが判別できなくなる。この特性を利用してゴブリン達に私たちの匂いで追跡をさせないための匂い消しをしてもらっていた。

 児戯にしか見えないが必要なことだ。

 

「先輩、松明投げてくるゴブリンが多すぎて撃ち漏らしが多数っす。後100mぐらいでここまで松明が届くっす」

「ありがとう。撤退しよう」


 行きと同じように手を繋いで森の奥へと踵を返した。

 その後は3人には木の上に登って寝てもらい、1日目は幕を閉じた。

 

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