6話--風呂と妹--

 風呂場のドアを開けると入浴剤の香りが私たちを出迎えた。ドラッグストアで売られている市販のものだが気に入っているため備蓄している香りのものだ。

 一人で風呂に入るときは順序とか気にせず真っ先に浴槽に浸かって少ししてから上がって体を洗い始めるのだが……今日は沙耶が一緒にいるため体を洗ってから浸かろうと思う。

 どちらが先に洗うかなのだが……どうするべきなのだろうか。

 

「お姉ちゃん、先洗う?」

「うーん。沙耶が先で」

「いや、ここはお姉ちゃんが――」


 譲り合いの精神が衝突し、互いに不毛な争いが始まってしまった。

 ここは年長者らしく沙耶の言うことに従うべきか? などと考えていると沙耶が争いに終止符を打つ発言をした。

 

「あっ! 洗いっこすればいいんじゃない!?」

「……その手が! じゃあ先に沙耶が洗われる側ね」

「えっ、あ、うん……」


 最後に一緒に風呂に入った時も互いに洗い合っていたから問題はないのだろう。

 沙耶を風呂椅子に座らせて髪をシャワーで濡らす。


「かけるぞー」

「事後確認じゃん……やっぱり自分で洗おうかな……?」

「たまにはいいじゃん」

「……うん」


 沙耶の髪をシャワーで湿らせてシャンプーを泡立てていく。髪が痛まないようにゆっくりと洗ってゆく。

 改めてこの状況を記憶と照らし合わせると懐かしい記憶が蘇った。


「確か昔、沙耶はシャンプーハットが無いと頭洗えなかったよね……」

「いつの話してるの! いっ、今はちゃんと洗えるし!」

「はははっ、そうだね」


 焦り声で否定をした。高校三年生にもなってシャンプーハットを使っていたらどうしようかと思った。

 友達の家とかに泊まりに行くときとか大変だろう、と思ったが取り越し苦労だったようだ。

 

「流すよー」

「はーい」


 洗い流して髪全体にトリートメントをつけていく。

 回帰前はシャンプーで洗って終わり、とかだったからとても手間がかかる工程だ。

 馴染ませるまでの間に体を洗ってしまうべくボディタオルを手取った。


「そういえばさ、揉まれると大きくなるってネットで見たけど自分で揉んだんじゃ意味ないそうなんだよねー……」


 沙耶の背中を洗っていると爆弾といっても過言ではない発言を沙耶が投下した。

 ……つまり私に揉めと遠回しに言っているのか? いや、それは考えすぎだろうが一応聞いてみないといけないな!?


「もっ、揉もうか……?」

「ふぇっ? あ、え、お願いしマス……?」


 冗談交じりで言ったつもりが、まさか承諾されるとは思わなんだ。

 洗う手を止めて、するり、と脇の下から前に手を通す。最大限に気を遣って――。


「ひゃっ!? あっ……おねぇ、ちゃん……」


 沙耶の嬌声が浴室に響いた。

 両の手に感じられる確かな柔らかさは癖になりそうな感触だ。

 嬌声を抑えるかのように口を紡いで、力なく私の手を抑えようと小さな抵抗が感じられる。


 ――5分ぐらい経っただろうか。

 沙耶の膝が、がくがくとし始めたので流石に可哀そうに思い止めた。

 力なく私に寄りかかる沙耶は涙目で私をキッっと睨んだ。

 なるほど、嗜虐心というのはこのようにして生まれるのか。と思いつつも流石にやりすぎた感も否めないため謝るとしよう。


「悪かったね、沙耶……」

「……今日中にぜっっっっっったい仕返しするから覚悟しててね……お姉ちゃん?」

「ははは……今度はちゃんと体を洗ってあげるから許しておくれ……」

「えっ? きゃっ!」


 寄りかかっていた沙耶の姿勢を正して片手で支える。

 ひとしきり洗い終えたら疑問そうに沙耶が聞いてきた。


「お姉ちゃん、そんなに力あったっけ?」

「ははっ、姉たるもの妹ぐらい支えられないとね」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくって……」


 危ない。能力値が上がって少なからず日常生活での力も上がっている事を忘れていた。

 適当なことを言って誤魔化しておこう。


 洗った時の泡やトリートメントを流すためにシャワーを出して湯の温度を確かめる。うん、問題ない。

 観念してされるがままに洗われ、流されている沙耶は、もう何も言ってこなくなった。


「よし、完了!」

「わーい……」


 元気のない声が沙耶から発された。

 沙耶のトリートメントもコンディショナーもし終えて完全に終了した。

 しかし、自身が女体だとこのような役得があるのか――などと考えながら自分の髪をシャワーで濡らそうとしたら沙耶に奪われた。


「――――次は、お姉ちゃんの番だよね」


 ――忘れていた。洗い合う約束であったことを。

 光が灯っていない瞳で沙耶は、私に淡々と告げた。


「えっ、あっ、ちょっと待とう、沙耶? ね?」


 命乞いに近しい何かを沙耶に言ったが止まるはずもなく、私は洗われた――。


『愛の神が貴女たちを祝福しました』


 目の前に青い画面が出てきて正気を取り戻した。画面を消して現状の確認をするために何があったかを思い出す。

 確か全身を隅から隅まで洗われて、自分がしたことを倍に返された私は浴室の床に倒れ伏していたのだ。

 経験のない感覚に晒されて、もうやめてくれと懇願してしまうほどに仕返しをされた。途中から沙耶の表情が恍惚としていたので間違いなく姉を虐げるのを楽しんでいたのだろう。


「もうだめだぁ……およめにいけないなぁ……」


 などと行くつもりもない事を呟いた。

 沙耶からの返答はというと、声としては何もなく冷たい水が頭に掛けられただけであった。

 なるほど。頭を冷やせということだろう。火照っていた顔を冷やすのに丁度いい。

 立ち上がれる程度には回復した私は浴槽を一瞥した。

 広々と浴槽を使って歌を歌っている沙耶が居た。

 私も浴槽に入ろうと思い横に立って沙耶に無言の圧力をかける。


 大きさとしては一人で入る分には足が伸ばしきれるほどの大きさだ。

 少し膝を曲げて前にズレてくれれば私も入れる。

 私の方を見たがズレる気配すら見せない沙耶。なるほど、そう出るなら私にだって考えはある。


「下敷きにしていいということだね」

「あーっ! だめだめ!! ちゃんと退くから!!」


 沙耶を下敷きにするつもりで浴槽に入ろうと足を延ばしたら慌てて退いた。

 後ろを空けたのでそこに浸かる。

 私を背もたれに沙耶が浸かっているような感じだ。


「あ゛ーー…………」

「お姉ちゃん……そのおっさんみたいな声どっから出してんのさ」

「風呂は染みるねぇ……」


 やはり風呂はいいものだ。

 過去に戻る前はダンジョンの中で過ごす時間の方が長かったため、身だしなみは最低限しか整えていなかったから回帰前から換算すると風呂に浸かるのは数年ぶりかもしれない。


「ふかふか……」

「沙耶も柔らかかったよ」


 なにが、とは言わない。

 沙耶の頭部は私の胸の上にあり後頭部で私の胸を押している状態……つまりは寄りかかっている状態だ。


「違うんだよ、お姉ちゃん。私のも柔らかいかもしれない。だけどね、違うんだよ」

「何が違うの……」

「量。そして質。あと、自身の胸には寄りかかれないでしょ?」

「あっ、はい」


 ――だから、と熱弁を続ける沙耶。

 何やら思うことが沢山あるらしい。

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