5話--妹と風呂準備--
夕食を食べ終えると沙耶がそわそわし始めた。
何か言おうとして悩んでは止めて、を繰り返している様子だった。
私の知らない食後の習慣があるのだろうか? と見つめていると沙耶が口を開いた。
「お姉ちゃん……あのさ……」
「うん?」
「久々にお風呂一緒に入らない? お姉ちゃん家のお風呂場広いし……」
沙耶がなんとも答えにくい提案をした。記憶の中では最後に沙耶と一緒に風呂に入ったのは私が社会人になる前だったようだ。
社会人になってから沙耶は泊りに来ていたが私が仕事で忙しかったり、家に仕事を持ち帰ってきていたりしていたため一緒に入る機会が無く沙耶の悲しそうな顔が記憶の端に残っている。
感覚は回帰前の男の状態であるけれど記憶が馴染んできたのか、一緒に風呂に入ることに対して抵抗感がない。
むしろ、久しぶりに妹の成長を確認するチャンスだと思っている私もいる。
「んーー……いいよ。入ろうか」
「やったー!」
両手を上げて喜ぶ沙耶。そこまで喜んでくれるとは思ってもいなかった。
再度自分に言い聞かせる。うん、姉妹で一緒にお風呂に入るのは問題の無いことだ。
静かな部屋の中に風呂が沸いたと知らせる音楽が鳴ると沙耶は少し肩を縮めて驚いたような反応を見せた。
そして少し経った後、恥ずかしそうに私の顔を見て改めて言った。
「久々に一緒に入るね……?」
「そうだね~」
落ち着かず、そわそわとしている沙耶を見ているとなんだか私までむず痒くなってきた。
沙耶は持ってきたリュックの中から自分の寝間着を取り出して――。
「もしかして最初から泊まる気だったでしょ」
「そうだけど?」
「母さんには言ってあるの?」
「言ってあるよ! 何泊でもしてこいって言われたよ~。だからお姉ちゃんが嫌だって言うまで泊るつもり! 夏休みだし!」
……母さん。昔から沙耶には甘い性格なのは変わっていないようだ。
事あるごとに沙耶を私に面倒見させようとしてくるのも相変わらずで安心した。
「あ、そうだ。お母さんから手紙預かってるよ」
「まだ手紙なんだ……いい加減携帯ぐらい持てばいいのに」
沙耶から母さんの手紙を受け取る。
母さんは今だに携帯電話を持たずに手紙でやり取りすることに拘っている。
異様なまでの達筆のため読むのに苦労をするが要約するとこうだ。
「沙耶を泊めてあげてね」
「早く孫の顔を見せろ」
「なんだか嫌な予感がするから、しばらく沙耶をよろしくね」
「私より先に天国か地獄に行ったら許さない」
「私が一番乗りだ」
以上だ。
結婚を急かしてくるのは昔からだからもう気にしていない。
私が結婚できる――16の歳から言っていたので話半分に聞き流すのがベストだろう。
3つ目の何か嫌な予感がする。これはダンジョンの開放を第六感的なもので察知しているのだろうか。
母さんは感覚が非常に鋭く、大地震とかが来る前に何かを察知して3日ぐらい前から保存できる食料と水を買い込んでいた。多分だが、金属バッドなどの武器になりそうなものとかを買っているのだろう。
ダンジョンが出現し始めたら一回実家に帰らないとな。
最後の2つは口癖みたいなものだ。
私より先に死ぬのは許さない、といつも言っている。
母さんへ、私は結婚せずに60過ぎまで生きるから安心してくれ。
「なんて書いてあったの?」
「変な予感がするから、しばらく沙耶をこっちで面倒見てくれってさ」
「いいの!? あ、でもお姉ちゃん仕事か……」
「沙耶は夏休みだよね、私は使ってなかった有休を今日からまとめて取っているから問題ないよ」
記憶によると会社から有休を取らないと会社が罰金払わないといけないから7月末まで有休取ってくれと言われたので二つ返事で承諾した。
有給休暇を取らないと罰金はいいご時世になったものだ。
通常の休みの日も含まれているので7月末まで休みということになる。ちょっとした大型連休だ。
回帰する前の私はやることがないな~、と思っていたがダンジョンの出現を知ってしまった今はやれることだけやっておきたい。
どうせ8月の中旬にもなればモンスターが溢れ出して仕事どころじゃなくなるのだから。
「お姉ちゃん、明日は何をするの?」
「うーん、母さんが嫌な予感って言ってるから当面の食料とか買っておこうかな」
「確かに。外れないもんね、お母さんの予感」
どういう風に沙耶に食料を買い集めることを説明しようか、と思っていたけれど母さんの手紙のおかげで嘘をつかずに済んだ。
私が一人で大量の食材の買い出し、とか言っていたら疑われてしまっただろう。
沙耶がリュックの中から続けて何かを取り出した。明日の服とかだろうか?
「お姉ちゃんのパジャマも持ってきたんだよ!」
「また余計なものを買って……夏なのにそんなにもこもこしたの着てられないよ……?」
「えーーーー! いいじゃん!! 着ようよーー?」
沙耶が持ってきたというパジャマは全身がもこもことした暖かそうな素材で出来ており、とても夏に着るようなものとは思えない。
広げて見てみると薄いピンクの兎のような見た目で、耳付きのフードもついており、とても可愛らしい寝間着だ。
「それは私の~、お姉ちゃんのはこっち」
そう言って沙耶から渡された毛玉を広げる。
先ほど広げた寝間着と違って兎の見た目ではなく茶色のクマのような見た目であった。
……女物の服を着ることは甘んじて享受したが――これを着るのはまたハードルが高く感じる。
「これ着て二人で自撮りするの!」
「へぇ……それが自撮り棒ってやつなんだ……持っている人、初めて見た」
回帰前の記憶で何かに既視感を感じている。何だっただろうか……。
思い出した、特殊警棒だ。田舎の不良たちがおもむろに取り出して伸ばすアレ。
安物を勢いよく出しすぎると元に戻らなくなってしまうので注意が必要だ。
それからね~、と話を続けようとする沙耶。
自分から風呂に入ろうと誘ってきた沙耶だが何か時間を稼ごうとしているように思える。
「とりあえず、風呂行こうか」
「あっ、うん……。お姉ちゃん、先行ってて……?」
話を遮って風呂に行くことを言うと視線を私から逸らして、もじもじとし始めた。
私としては何か動く系の悪戯をされると回帰前の反射行動でそれを破壊してしまう可能性が無くはないので沙耶に何かさせる前に一緒に風呂に連れて行ってしまおう。
「何か悪戯するつもりでしょ。一緒に行くよ」
「えっ、あっ、ちょっと……まだ心の準備が……」
沙耶が何かもごもごと言っていたがよく聞こえなかった。
脱衣所についたが一向に服を脱ぎ始めない沙耶を気にすることなく服を脱いだ。
胸に付けている下着――いわゆるブラジャーを外そうとしたら沙耶に止められた。
「待って、待ってお姉ちゃん」
「ん?」
訝しむ視線を沙耶に送る。
目の焦点が合っておらず口が少し半開いている。混乱の状態異常の魔法を食らった時の状態に見える。
とりあえず何かを言おうとしていたので待ってみる。
「私が……外していい……?」
何を言い出すんだ、この妹は。
両の手をワキワキとしていて目がぐるぐるして正気ではないことは確かだった。
「ていっ」
外部からの衝撃を与えれば混乱状態は治る可能性が高い……はずなので沙耶に手刀を喰らわせた。
頭を抱えてしゃがみ込んだ沙耶は正気を取り戻したかのように、きょろきょろと周りを見た。
「いたっ……、あれ? 私は何を……?」
「この手に限る」
「あ、そっか。お姉ちゃんとお風呂で……」
元に戻ったと思ったら急に赤くして下を見た。
体調が悪いのだろうか、と顔を覗き込むと両の手で顔を隠された。
ううむ、困ったものだ……。
どうしたものか、と顎に手を当てて悩んでいるが解決策が浮かぶこともなく強行策で行くことに決めた。
「そいっ、そーい」
ブラジャーを外し、パンツを脱ぎ捨てる。
固まる沙耶の前で仁王立ちをしているが何一つ返答がない。
「仕方ない。自分で脱げないというのならばこの姉が脱がしてあげよう……」
「えっ……?」
私が何を言っているか理解ができていないような表情をして目を見開いた。
しめしめ、と沙耶の服に手を掛けると慌てて私の手を掴んだ
「だっ、だめ! 自分で脱ぐからっ!」
「よし、3分以内に脱がなかったら脱がせるからね」
「うぅぅ……わかった……」
今は姉妹と言えど私の心は回帰前の記憶のほうが長いため男寄りだ。そう、私とて恥ずかしい。
劣情を抱くと自己主張をし始める息子が居ないことに今は感謝をした。
沙耶が苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。服を脱ぎ終えたようだ。
足はすらり、と細いように見えるが肉が無いという訳ではない。
ウエストもしっかりと引き締まっており、日ごろの努力が伺える。そして発展途上ではあるが小ぶりな胸も――。
「ちょっと、お姉ちゃん、今私の胸見て小さいって思ったでしょ」
まるで心を読まれたのか、と思えるほど鋭い感覚を発揮して私に指摘をした。
舐めるような視線を送っていれば気が付いてしまうか。次は横目で見るとしよう。
「そっ、そんなことはないよ! さーて、風呂に入るかー」
「むー……。私も早く大きくなりたいなぁ……」
自分の胸に手を当てて沙耶がポツリと呟いた。
私の胸は沙耶よりは大きいのは確かで、下着のタグにはGと書いてあった。道理で時々肩こりが顔を出すわけだ……。
沙耶の下着を回収し、洗濯ネットに入れるついでに見てみるとBと書いてあった。
……小さくはない。
家系的に大きくなるから気にしないでいいと思うよ。と言おうと思ったが私が言ってしまうと煽りにしか聞こえなくなってしまうのでやめておこう。
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