56話--決定戦1戦目(前半)--
訓練の日とダンジョンを攻略する日を交互に挟んで、いつの間にかトーナメントの日がやってきた。
格闘技の試合のように東京ドームを貸し切っての開催だ。結構お金がかかっているようにも見える。
「ほへぇ、なかなかでっかい会場っすね」
「あ、ここって僕と握手! のところだよね!」
「野球観戦以外で初めて来ました!」
3人がはしゃいでいる。東京に住んでいても特別な用事がない限り来ることは無い場所だから気持ちは分からなくない。
……カレンはどこに行った?
気が付いたら居ない。またよからぬことをしているのか、と思ったが周囲に敵意はないので違うはずだ。
周囲を見回していると帰ってきた。右手に串焼き、左手にりんご飴を持って。
「随分と馴染んでるね……」
「ん。郷に入っては郷に従え、あーちゃんが言ってた。その通り」
「確かに言ったけど」
個人戦に出場しないカレンからすれば祭りみたいなものなのだろう。
私たち『銀の聖女』の出番は一番最後。本日中に決勝戦まで終わらせる予定だそうだ。
団体戦は明日で、計二日間の開催となっている。
受付を済ませるとドーム内へ案内された。
「すみません。選手以外の控室入りは規定で禁止されてまして……」
振り返ると小森ちゃんとカレンが止められていた。
カレンの眉が少しだけ上がった。ここ最近、一緒に過ごす様になって微妙な変化で察せられるようなった。今は少しばかりイラついている状態だ。
「カレン、小森ちゃん。規定だから仕方ないよ。出店とか色々あるから時間を潰しててほしいかな?」
「ん。あーちゃんがそう言うならそうする」
カレンから漏れ出ていた殺気が収まった。
戻って小森ちゃんに耳打ちする。
「悪いけど、カレンの手綱握っといて……パーティー用の資金とか使ってもいいから」
「ひっ、ひゃい……あの、耳弱いので少し離れて……」
「ごめん。じゃあ、よろしくね」
茹蛸のように真っ赤になってしまった小森ちゃんに罪悪感を覚えながら控室の方へ向かう。
最近、カレンは娯楽としての食事を覚えたので魔力が含まれていなくても普通に味を楽しんで食べている。とてもいい傾向だ。
動けるだけの栄養素だけ補給できればいいと考えていた回帰前の私を見ているようで心苦しかった。
控室に到着した。私たちのパーティー名の札が貼られている。
中に入ると簡素な椅子とテーブルが置いてあり、テーブルの上にはお茶と弁当が置いてあった。
「テレビでよく見かける芸能人の楽屋みたいだね」
「確かに。テレビで戦闘の状況を中継してくれるみたい」
「そうなんすね、ウチらの出番は……14時っすか。5時間も待つのはしんどいっすね」
「もうすぐ1試合目が始まるからそれ見てからどうするか決めよっか」
今の時間は9時を少し過ぎたところ。テレビをつけると選手紹介がされていた。
プロレスのような紹介だ。自分たちがどう紹介されるのか今から怖くなってきた。
1試合目は名前も聞いたことのないパーティー同士の戦いだ。
その辺は沙耶が詳しいだろうと思い、沙耶の方を見た。
「『先導者』対『影潜』だね。盤石な構成の『先導者』。パーティー全員が【短剣術】持ちで構成されてる『影潜』……どっちかっていうと『先導者』が有利かな」
「ウチは『影潜』のほうが好みっすね! 全員が忍者みたいな格好してるってコンセプト的に良くないっすか?」
沙耶と七海がどっちに勝つか賭け始めた。掛け金は互いに1ゴールドらしい。
テーブルの上に金貨が一枚ずつ置かれている。
両者の戦いの火ぶたが切って落とされた。
20分もしないで1試合目が終わった。
言葉も出ないような試合内容に私たちは重苦しい空気を醸し出していた。
「え、ちょっと待って。あんなのと戦わないといけないの!?」
「ウチも沙耶ちゃんに同感っす。まさか――」
「あんなにレベルが低いなんてねぇ……」
全員で肩を落とした。
戦いが始まってから沙耶が『先導者』と『影潜』のメンバーのレベルを調べたが、30後半といったところだった。
手に汗握る戦いを期待していた私が悪いのだが……思い出した。
そうだ、今、パーティーを作って戦っている人たちは殆どが今まで普通に働いてきて戦いとは無縁の状態から覚醒を経てハンターになった人たちだ。
最初から研鑽されているわけもなく、卓越した技術を持っているのはごく一部の者たちだけなのだ。
「沙耶、七海……力加減間違えないようにね」
「うっす。本気出したら多分、大変なことになるっすよね」
「子供同士のちゃんばらを見てるようだったなぁ。間違いなくお姉ちゃん達のせいで目が肥えたのかな」
私とカレンの模擬戦を比較対象にすると可哀そうなことになるからやめてあげて……。
児戯にも等しい戦いに観客たちは盛り上がるわけもなく、『先導者』の勝ちで終わった。
それから私たちは中継のテレビを消してどうやったら盛り上がるかを話し合った。
「1戦目のメンバー表に1人だけ書くってのはどう?」
「いいね。相手に舐めてるのか、って思わせて圧勝しよう」
「誰が行くっすか?」
「沙耶か七海のどっちかかな。私は決勝とかまで控えるよ」
「そうしたほうがいいっすね。沙耶ちゃん、じゃんけんっす」
沙耶と七海がじゃんけんをして七海が負けた。
ちょうど1戦目のメンバー表を運営スタッフが回収しに来たので沙耶の名前を書いて渡した。青い顔をしているので興行としての出来の悪さに怒られた後なのだろうか。
女性スタッフはメンバー表を見て目を丸くしている。
「あのっ、一人しか書かれてないようですが……」
「合ってるよ。1戦目は一人……。派手に煽ってね?」
「……はいっ!」
私の意図が通じたのか笑顔になって走っていった。
どうやら私たちの前に別ブロックで『開拓者』がやっていたそうで、6人でエントリーして3人で勝ったそうだ。
意図的に喧嘩を買うつもりは無いけれど、自然とそういう形になってしまったのなら仕方ない。
「沙耶。技能は使っていいみたいだから殺さない程度に派手に使っちゃって」
「わかったよー、派手に、ね。行ってくる!」
「近くまで行くけどね」
「あっ、うん……」
意気揚々と控室から飛び出したがリングサイドまでは行くつもりだ。
沙耶と七海と談笑しながら向かっていく。会場の方から『銀の聖女』を紹介するようなアナウンスが聞こえてきた。
「さあ、予選1回戦目の大トリはやはりこのパーティー! 6人まで登録できるこの個人戦に登録した選手は……3人!? しかもこの試合に挑むのは1人と来たぞ!? 強者の余裕か!? 弱者の
「……この放送の後に入りたくないんだけど」
「まあ、行ってきなって」
歩みを止めた沙耶の背中を押して会場のスポットライトが当たるところへ向かわせる。
沙耶が出ていくと会場を揺らすほどの歓声が聞こえた。
相手の人数は5人。武器を見る限り、タンク1の前衛2の後衛2でバランスの取れたパーティーだ。
「あっ、ウチらの一回戦目の相手って……」
「どうしたの、七海。何か問題あった?」
「いやっ……大企業っすよ? 居酒屋で有名な」
企業のパーティーだったのか。上質な防具を着けてるわけだ。
順番を見ると1戦目はタンク。2戦目は魔法使いの後衛。3戦目は剣士の前衛。4戦目は弓使いの後衛。最後がリーダーらしき者でひと際防具が輝いている。武器は大剣だ。
正直な話、負けても大丈夫とは伝えてあるから気負わずに戦ってくれるといいなぁ。
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