9話--買い物とコンビニ--

 あの後、生理痛が酷くて動くことができなかったので一日中家でのんびりした。

 痛み止めの薬を飲んでも治ることのない倦怠感と痛みで私は呻いているだけだったけれど……沙耶は楽しそうに買った服を着回してファッションショーを開いていた。

 翌日になると動けるぐらいには回復したので本来の予定であった食料や武器の調達に向かおうと思う。

 

「今日は何を買うの?」

「とりあえず日持ちする食料かな。缶詰とかインスタント食品とか」

「買っといて損はないもんね~。何事も無ければ食べればいいだけだし」


 1つ店で大量に買ってしまうのは申し訳ない気がするので数件行くことにした。

 食料品を買いつつ、ホームセンターなどでスコップや包丁、斧やハンマーと切り揃えた鉄パイプを数点買った。

 もれなく店員に怪しまれてしまい、新しくキャンプ場を経営するんです。と嘘をついて事なきを得た。

 沙耶は終始、そんなの買う必要ある? と言いたげな顔をしていた。

 

「お姉ちゃん、戦争にでも行くの……?」

「うーん……なんて説明したらいいんだろう……」

「別に言えないことなら無理に言わなくてもいいよー、私はお姉ちゃんを信じてるし」

「ありがとね、沙耶」


 言い逃れの出来ない状況になれば納得してもらえると思うんだけれど、現状じゃあ母さんの予感が……としか言えない。

 それだけでは説明出来ないのが歯痒い。ネットなどでダンジョンが――、ゲートが――と発信しても新しい陰謀論を言っている変な奴。と言われるだけだろう。

 私に強力な情報発信力は無いし、SNSも特にやっていないから手の届く範囲だけ守れれば良いんだ。


 数件のスーパーを回った後はキャンプ用品店でテントや火起こしセット、鉈などを買った。

 これで買いたい物は買い終えたはずだ。

 

「はぇー……いっぱい買ったね……」

「そうだね……軽自動車だったら絶対に入りきってない量だね」

「ファミリーカーだもんね。この車」


 そう、私が今乗っているのは7人乗りの車のため積載量は結構あるのだ。住んでいる場所は東京ではあるが23区内ではない。そのため車は必須だ。

 

「今日買った物は車の中で良いや……」

「明日はどうするの?」

「うーん……母さんの顔を見に一回帰ろうかな」


 実家には母さんが1人で暮らしており、父さんは幼い頃に事故で亡くなっている。

 母さんは人当たりの良い明るい性格をしていて話す事が好きなようだ。沙耶が学校に行っている間は何をしてるのか、と昨日沙耶に聞いたら動画配信サイトで配信をしているそうだ。

 そこまでインターネットを使いこなせているなら携帯電話を持ってくれ、と思うのだが持たない事が既に一種の拘りにまで昇華してる気がしてならない。

 私が家に帰る事を言うと沙耶がハッとした表情で言った。


「ほんと!? 夏休みの宿題忘れちゃったから取りに帰りたかったんだよねー!」


 本格的に居座るつもりのようだ。今の感じ的に宿題の事を完全に忘れていたような……? 無言で圧をかけると視線を私から逸らして吹けない口笛を吹いていた。



 家に着いた後は特に何もすることはなく昨日一昨日と同じように風呂に入った。

 髪を乾かしていると沙耶が唐突に私に言った。

 

「アイス食べたい」

「……確かに」


 冷凍庫の中にはアイスは不在で、昼の弁当を作るための冷凍食品が所狭しと入っていた。

 沙耶が言わなければ私とてアイスの気分にはならなかったのだが、もう体はアイスを欲している。

 

「――コンビニ行ってくる」

「流石お姉ちゃん! 私はスイカのやつね~」

「はーい」


 先日買った運動着に着替えて財布を持ってコンビニに向かう。

 ちょうど良いから体がどこまで動くか確かめてみよう。

 まずは柔軟性……180度の開脚は問題なくでき、I字バランスもできる。肩回りは……後ろで手首を余裕で掴めた。もしかして違うのは筋力だけ、か?

 

『回答します。再構築の際に女体のフレームが歪まない程度に筋肉も継承しています』

「ふむ、それは助かる」


 何故、そこまでしてくれるのに男のまま回帰させてくれなかったのかは問いかけても前と同じ答えしか返ってこないだろう。

 不毛な問答はするつもりはないので体の確認に戻る。

 コンビニまで全力疾走してみるか……ちょうど家から1kmも離れていない距離なのでちょうどいいだろう。

 

「ふっっ」


 勢いよく地面を蹴って走り出す。信号もない1本道だからあまり車を気にしなくていい。

 景色が後ろに飛んで行く。回帰前の1割程度の速度か……能力値通りと言えばそうなるな……。

 2分ほど走り続けるとコンビニに着いた。

 

「はぁっ、はぁっ……持久力が無いな……」


 心肺機能は引継いでいないようで、急に動いたから心臓と肺が痛い。久しぶりに感じる苦痛に思わず頬が緩む。

 ――あぁ、心地良い。

 運動をした後の辛さは単純な苦痛ではなく達成感があるため、全くもって苦ではなく気持ち良いぐらいだ。

 息を整えてコンビニに入る。

 

「沙耶はスイカ……私は何にしよう」


 何にするか2,3分悩んだがバニラ味のカップのアイスに決めた。

 夜にコンビニに来ると必要なものだけ買うつもりで来ているのに余計なものを買ってしまうのはどうしてなのだろうか。

 ……買い物かごを持つのがいけないのか? かごの中に入っているスナック菓子とは裏腹に何かデザートを買おうか考えてしまっている。


「エクレア……買ってこ……」


 甘いものの誘惑に完全に敗北した私は観念してエクレアを2つ、かごに入れてレジに向かった。

 何やらレジ側が騒がしい。

 

「ねぇ、お姉さん可愛いね~、電話番号教えてよ」

「勤務中ですので……」


 若いナンパ男がレジに居る小柄な店員の女性に話しかけていた。

 黒い髪で身長は私より小さく、どことなく小動物感を漂わせているようにも感じる。この時間のコンビニは店員が一人しか居ないため、店員の女性は困った顔でナンパ男の相手をしていた。

 

「じゃあお仕事終わるまで待とうかなぁ」

「そういうのは困ります……」


 ナンパ男がレジに居座っているため、私の会計の順番がやってこない。

 早くしないとアイスが溶けてしまう……。

 

「店員さん、コレ、客?」

「あぁ!? 何だ、テメェ!?」

「いえ……何も買われてないです」


 痺れを切らせてしまい、指でナンパ男を指しながら店員に聞く。

 ナンパ男は自身の求愛行動を邪魔されて腹が立ったのか私に怒声を浴びせた。

 店員はナンパ男が何も買っていないことを私に告げてくれた。

 つまり、会計中ではないという事だ。

 

「邪魔なんだけど。会計したいから退いてくれる?」

「へぇ、よく見ればいい女じゃねぇか」

「日本語、通じてない? 退けって言ってるんだけど」

「気の強い女はなぁ……分からせてやらねぇとなァ!」


 ナンパ男が近づいてきて突き飛ばすかのように私の肩を――押した。体重が軽いため、少しだけ押されはしたが足を一歩後ろに下げて持ち直す。

 私とナンパ男は頭一つ分の身長差があり、指を鳴らしながら私の目の前に立った。

 

「――押したね?」

「だから何だってんだ!? 女に何ができるってンだ!?」

「カメラの角度的に……写ってるね。よし、正当防衛だ」

「何をブツブツと言って――」


 ナンパ男に対して明確な敵意を持って胸倉を掴んだ。

 そのまま上に持ち上げて出入口まで運ぶ。自動ドアが開いたのを確認してナンパ男を放り投げる。

 受け身が取れないように腹から落としたのでナンパ男は悶絶していた。

 

「……よかった。力加減ができて」


 敵意を持って掴んだのは攻撃力による力の増加を使うため。

 回帰前と同じように加減をすればそれに応じた力になることが分かった。全力でしか投げれなかったらナンパ男は下手するとミンチになっていたかもしれない。

 胸倉を掴むときに床に置いた買い物かごを回収してレジに持っていく。

 

「やっと静かになったね」

「そうですね……? あ、あの……ありがとうございます」

「気にしないでいいよ、私が勝手にやったことだし」

「いえ……そういうわけには……あっ、アイス溶けちゃってますね! 新しいのにしてきます!」


 忙しなくアイスのコーナーへ向かう様は小動物を想起させた。

 戻ってきて「へへへっ」と照れくさそうに笑っていた。早く戻らないと沙耶に文句を言われてしまう……。

 結局2000円近く買い物をしてしまったみたいで大きめの袋に買ったものを入れてもらった。会計を済ませて袋を受け取って帰ろうとしたら呼び止められた。

 

「ちょっと待ってください! あのっ、これっ!」

「メモ紙……?」


 折り曲げてあり、中を確認するとIDのようなものが書かれていた。

 これは……メッセージアプリのIDだろうか?


「私、小森って言います! 小森こもり あいです! 何かあったらご連絡したいのでっ、連絡先を教えてくれませんか!?」

「あぁ、なるほどね……あの男を警察に突き出すときとか私の証言必要だよね」

 

 ドア越しに見えるナンパ男は未だに外で丸まっていた。

 渡されたメモ紙とは別の紙に仕事用の電話番号と名前を書いて渡す。

 橘さんですね……と小さく呟いたのが聞こえた。

 

「呼び止めちゃってすいません……今日はありがとうございました! 連絡待ってます!」

「ん? あぁ、気にしないで仕事頑張ってね」

「はいっ!」


 元気に見送られてコンビニを出る。

 丸まっていたナンパ男から僅かに殺気を感じる。

 

「この、クソアマがぁぁぁ!!」


 手にキラりと光る物を持ってこっちに突進してくる。刃渡り的に折り畳みナイフだろうか。


「物騒だなぁ……」


 買い物袋を持っていない右手の親指と人差し指で挟んでナイフを止めて奪い取る。

 そのままナンパ男の足を蹴り払って地面に転がし、奪ったナイフを顔面目掛けて――。

 

「ひぃっ」


 ナンパ男が情けない声を上げる。

 ナイフはナンパ男には刺さらず、駐車場のアスファルトに根元まで突き刺さった。

 私はナイフを離してナンパ男の首に手を当てた。

 

「次は無いよ」


 そう言って手に力を込めて首を圧迫する。数秒すると暴れていた男が静かになった。

 鼻に手を当てて……うん、生きてるね。

 店員さん――小森ちゃんが警察に通報してくれているはずなので来る前に立ち去ろう。このまま居たら面倒なことになるのは目に見えてるからね……。

 私は駆け足で帰路に就いた。


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