10話--帰省と信頼--
あの後は普通に家に帰って「遅い」と機嫌を悪くした沙耶を構いながらアイスを食べた。食べた後は歯を磨いて寝た。
今は母さんのところ――実家に帰る準備をしているところだ。
日付が変わると同時に回帰前は感じることのなかった魔力が空気中に溢れかえったのを感じた。日本で一番最初に観測されたダンジョンのゲートは渋谷と大阪の梅田だった……はずだ。
『回答します。一番最初に出現したゲートは東京23区内に埋設された下水道に存在します』
「なんだって……?」
下水道ダンジョン……回帰前はゴブリンが出現する持続型ダンジョンとして存在していた。
都心がゴブリンで溢れかえり、大量の死者が出たことで世界にダンジョンの情報が公開された始まりの事件だ。
下水道という普段人目に付く場所ではなかったため、発見されずにゴブリン達が地上に出てきたことでダンジョンがあることが発覚した。
いつからあったか、は不明だったのだが……まさか一番最初に出現していたとは。
「お姉ちゃーん、トイレまだー?」
沙耶から早く出ろ、の意味が含まれているであろう問いかけが飛んできた。
危うく、考える人を再現してしまうところだった。
後始末をしてトイレを流す。ダンジョンの事は一旦置いて帰る準備をしよう。
「やっと出てきた。トイレで考え事はダメだって昨日も言ったじゃん」
「ごめんごめん、気を付けるよ」
昨日も沙耶に注意されたのを忘れて考え込んでしまった。
入れ替わりで沙耶がトイレに入っていった。
私は寝間着から運動着に着替えておく。既にゲートが現れていることから武器になりそうな物も携帯しておいた方がいいだろう。
ウエストポーチの中にキャンプ用品店で買った金属製のペグを数個忍ばせよう。本来の用途はテントを安定させるためのものだが……金属製のペグなら【剣術】スキルを適用して投げられそうなので案外武器として優秀なのかもしれない。
沙耶がトイレから出てきた。準備は万端のようで持ってきたリュックサックを背負って玄関の方へ向かう。
実家は長野なので高速を使って車で3時間ぐらいかかる。昼過ぎぐらいなので夕方には着くとは思う。帰省シーズンでもないし。
ポーチ以外の荷物を後部座席に置いて車に乗り込む。
「沙耶、ちゃんとシートベルト締めてね」
「はーい」
久しぶりの長距離運転だから集中して行かないと事故になってしまうかもしれないな……!
沙耶と話しながら高速を走っているとBGM感覚で流していたラジオから気になるニュースが聞こえてきた。
「速報です。長野県〇▲市在住の夫婦が遺体で発見されました。遺体には数十か所に及ぶ刺傷と殴打の痕があり、警察は殺人事件として捜査本部を設置しました。現場の状況から犯人はまだ近くに潜伏している可能性が高く、近隣住民に注意を呼びかけています」
……実家のある市だ。
沙耶も気づいた様子で私の方を見た。
「ねぇ、お姉ちゃん……お母さん、大丈夫かな……?」
「母さんなら大丈夫だと思うけど……ごめん、ちょっと飛ばすね」
ダンジョンの件もあるので嫌な予感が拭えない。
アクセルをベタで踏んで最速で向かわないと。
実家の近くに着いたのは日が傾き始めた夕焼けの眩しい時間帯だった。
田舎と呼ばれる部類の地域なので家と家の間隔が広い。駐車スペースに車を停めて母さんの安否を早く確かめ――。
「きゃぁっ!? なっ、何よあんた達!!」
「お母さんっ!?」
「沙耶は車の中に居て!」
右手に鉄パイプ、左手にペグを2本持って母さんの悲鳴が聞こえた方へ駆ける。
――庭の方か!
外から庭の方へ回るとそこには深い緑色の体皮をしたモンスター――ゴブリンが3匹で母さんに迫っていた。
母さんは包丁を持ってゴブリンを牽制しているが今にもゴブリン達は飛び掛かろうとしている。
「母さん!! 伏せて!!」
私に気が付いて母さんが伏せる。ゴブリンは私の声を聞いてこっちを振り返った。
全力でゴブリンの頭目掛けてペグを投げ、そのまま1匹に接近して鉄パイプで頭を振り抜く。
鈍い音がした。確かに当たった感覚と同時にゴブリンの頭が弾け飛び、ペグ投げで頭を貫いたゴブリン2匹が倒れた。
伏せている母さんの前に立ち、見える範囲にゴブリンが居ないのを確認して問いかける。
「母さん、大丈夫? 怪我はない?」
「あきちゃん……? 東京のお仕事はどうしたの!?」
「こんな時ぐらいは自分の心配してよ……」
ゴブリンに襲われかけて開口一番に聞いたことが仕事の心配って……母さんらしい。仕事は休みであることを伝えてゴブリンの残党処理をしなければ。
ダンジョンの外にゴブリンが出る際は必ずと言っていいほど4匹のチームで動く。3匹で斥候をして他と比べて頭の良い1匹が茂みに隠れているはずだ。
目に見える範囲のゴブリンを倒して油断をしていれば隙を見せたタイミングで奇襲。油断も隙もなくて自身で倒せそうにないとゴブリンが判断すれば過ぎ去るのを待ち、ダンジョンへ戻って情報を住処の長に伝える。
何故ゴブリンがもう既にダンジョンから出てきているかは置いておき、集中して気配を探る。
――庭の茂みから呼吸音が僅かに聞こえた。
「そこっ!」
ペグを投げると刺さった音と共にゴブリンの呻き声が聞こえた。
まだ、生きている。追い打ちをかけるべく茂みの方へ歩みを進めるとゴブリンが茂みから飛び出してきた。鉄パイプを振り下ろして地面に叩きつけ、頭に鉄パイプを突き刺して止めを刺す。
ゴブリンが2チームで動くことは滅多にないが、その場合は1チームがやられたら逃げていくはずなので周囲にはもういないだろう。
車の中に居る沙耶を迎えに行ってキャンプ用の小さな斧を渡し、母さんのところに行くように言った。使えるとは思ってはいないがゴブリンは人間が武器を持っていると警戒して慎重になる。お守りのような感覚だ。
念には念を入れるため、車の下や家の周りなどのゴブリンが隠れられそうな場所を見て回っておく。
……よし、居ないな。
家の中に入ると倒れている母さんを沙耶が必死に呼びかけていた。
「お母さん! お母さん!! ねぇ、どうしたの!?」
「沙耶、何があったか話せる?」
「分かんない……お姉ちゃんに言われた通りに家に入って、お母さんと話してたら急に倒れて……」
呼吸が浅く、熱がある。唇も紫色に変色している……。
ゴブリンの毒の症状にも見えるが……。
『回答します。これはゴブリンが人間を狩るときに用いる生成された猛毒です。中毒症状のフェーズ1のため現時点から8時間以内に解毒しないと命はありません』
【全知】が淡々と告げた。
母さんのズボンを見ると何かに切りつけられたかのような跡があり、小さい切り傷が見えた。
「沙耶。冷たい水に濡らしたタオルと保冷剤とかで大きな血管が通ってるところを冷やして」
「わっ、わかった。持ってくる!」
ゴブリンの毒は血液に溶ける性質を持つ……3匹を倒したときに気が付いて毒を吸い出しておけばここまで回らなかったはずだ。
いつもと変わらない母さんを見て傷の確認までしなかった私の落ち度だ。
「……【全知】。この周囲にゲートは出現してるのか」
『回答します。現在地より北西に2km進んだ森の中に出現している魔力の流れを感じます』
「それ以外は?」
『回答します。その場所以外のゲートは50km圏内には存在しません』
北西に2km……そこからゴブリンが来たという事で間違いなさそうだ。
ゴブリンのダンジョンなら宝箱に解毒薬は確定で入っているはずだ。急いで取りに行こう。
「持ってきたよ!」
「ありがとう。私は母さんを布団に運ぶから看病をお願い」
「うん……」
母さんを抱き上げていつも寝ているであろう畳の部屋へと運ぶ。押し入れから布団を出して綺麗に敷いてから、そこに母さんを寝かせた。
苦しそうに呻いている……。
「沙耶、私が戻ってくるまで……母さんを頼んだよ」
「私……信じてる。お姉ちゃんの事……。でも、戻ってきたら……説明してほしい、かな……」
「わかった、説明するよ」
泣きそうな顔をして私の方を見た。そんな沙耶の頭を撫でてから抱き寄せて背中を擦りながら言った。
「大丈夫。すぐ、戻るから」
顔は見えないが沙耶から鼻を啜る音が聞こえた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになったが今は一刻を争う時――。
沙耶を離して、振り返ることなく玄関へと歩みを進めた。
「――私、待ってるから……お姉ちゃん」
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