8話--変化と恐怖--

 カーテンから零れた光が顔に当たり、眠りから覚めた。目覚ましが鳴っていないことから起きる時間では無いということは分かった。

 右腕が上がらない……のは沙耶の頭が私の腕の上にあるからか。

 時計を見ると7時ちょうど。休みの日ではあるが起きるにはいい時間だ。起きるとしよう。


「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、沙耶。何時から起きてたの?」

「……5時?」


 2時間も何をしていたんだ……? 寝起きの布団の中は異様なまでに心地よいから何もしていなくても2時間は余裕で過ごせなくないが……。

 妙にスッキリとした顔をしているのは起きてから時間が経っているからだろうか。私は一度寝ると決めて寝たら余程のことが無い限り起きることはない。

 回帰前は結構苦労したが極限状態で寝ることが多かったため些細な物音でも起きれるようになっていたが……この体ではまだ無理なようだ。


「相変わらず、お姉ちゃんは寝ると起きないよね」

「そう、だね……?」


 くっついて寝たから少しばかり左手に汗をかいているようだ。何だかやけにしっとりしている。

 やはり慣れない寝方は想像以上に負担が掛かるのだろう。両腕を上にし「くぁ」と声を上げて伸びをする。朝ごはんの支度をしよう。


「朝ごはん食べよっか。軽めでいい?」

「うん! え、もしかして重めもあるの?」


 確か冷蔵庫の中に売上1位とかの表彰で貰った高い肉が入っていたような気がする。

 一人で高い肉を食べるのは何だか勿体なく感じてしまい、食べれていない。

 朝から肉……食べれなくはないが厳しいものがある。一応沙耶に聞いてみよう。


「貰った高いステーキ肉ならあるけど……」

「朝から肉は食べれないかなぁ……」

「分かったー」


 同じ考えで良かった。と思いつつベッドから離れると沙耶が毛布を被りなおした。

 二度寝とまでは行かないが、もう少しゴロゴロとするのだろう。


「ごはんできたら呼ぶから」

「はーい」


 寝室を後にしてドアを閉める。

 クマの恰好でキッチンに向かい、トースターで食パンを焼いてベーコンを取り出し目玉焼きと一緒に焼く。

 冷蔵庫に作り置きしてあるサラダを皿に盛ってプチトマトを添える。

 煮物は昨日の夜に消費したから……そうだ、ソーセージを茹でよう。

 鍋に水を入れて火にかける。

 火、と言ってもIHなのでそれらしい炎は見えない。


「湯が沸くまで何するかな……」

『魔力増加法を推奨します』


 急に【全知】が話し始めたから少しばかり肩が跳ねた。

 沙耶と一緒に居るときは青い画面以外出てこなかったので忘れかけていたぞ……。


「ダンジョンが出現しないと地上に魔力は溢れないんじゃないのか?」

『微量ではありますが魔力の存在が確認できます』

「本当だ。昨日は感じなかったんだが……」


 ダンジョンが出現する予兆のようなものなのだろうか。

 魔力増加法というのは体内に保持できる魔力の量を増やすためにやることだ。

 自身から魔力が漏れないように意識して大気中の魔力を体内に集め続ける。風船と同じ要領で最大限まで膨らませて通常時の器の容量を増やすんだ。

 特にこれと言って難しくはないのだが……序盤は非常に苦痛を伴う。


「……ったぁ」


 痛みで思わず声が漏れる。

 分かりやすく表現すると股間を強打した痛みが腹部から全身に響き渡るような感じに近い。

 身構えていたから大丈夫だったが、何も知らない人がやったら気絶する可能性だってある。


「あ、湯が沸いた」


 鍋蓋が沸騰したことでカタカタと音を立てている。ソーセージを袋から取り出して茹で……破裂しないように少し切れ目を入れておこう。

 食べ方は人それぞれだが……今日はケチャップとマスタードで食べよう。パンも焼き終えており、皿に取り分けてマーガリンを冷蔵庫から取り出す。

 私は何も塗らずにそのまま食べる派なので、このマーガリンは沙耶用だ。

 テーブルに並べ終え、沙耶を呼ぶ。


「沙耶ー」

「わかったー、今行くー」


 返事が聞こえてきてから少しすると沙耶が寝室から出てきた。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 沙耶が元気よく言って黙々と食べ始めた。

 うん、おいしい。朝ごはんを食べると食べないだと一日の気力のエンジンのかかり方が違う気がする。

 もそもそ、とパンを齧っていると魔力増加法をしてから拭えていない違和感が気になってきた。

 ――下腹部がピリピリと痛い。

 

「……ちょっとトイレ」

「んー」


 沙耶に断りを入れて席を立つ。

 腹を下した時とは違った違和感だが、嫌な予感はする。

 ズボンを脱いで便器に座ると何やらドロッとしたものが垂れた気がした。恐る恐る便器を覗くと血の海が広がっていた。

 

「――――――ッッッ!?」


 心底驚いて声にならない叫びを上げた。

 ぜっ、【全知】! これは何だ!?


『回答します。魔力増加法の副次的な効果によって体が整いました』

「つまりどういうことだ……」

『不順であった月経が整いました。つまり生理です』

 

 思い当たる記憶を総動員する。

 そうだ、私の生理は非常に不定期で前回来たのが42日前。仕事のストレスなどで遅れることが多々あり、特徴として非常に重い。仕事を休むことも度々あった。

 回帰前では感じたことのない痛みがこれから襲ってくると考えると憂鬱になる……。

 トイレに常備しているナプキンを取り出して下着に付けよう。脱いだズボンに下着は……あれ? 無い。

 しまった……寝起きだから下着を付けていない……。このままトイレから出ると殺人現場を作ってしまうので沙耶に助けを求めることにしよう。

 

「沙耶ー……悪いんだけど私の下着持ってきてー……」


 ドアを少しだけ開け、沙耶にお願いをする。

 3分ぐらい経つと沙耶が私の下着を持って来た。助かった……。

 

「すんすん……来たんだね!」

「ひぇ……」


 戦慄してしまった。ホラー映画よりリアルで恐怖だった……。

 沙耶から下着を受け取ってナプキンを装着する。

 

「沙耶……それ怖いからやめな……?」

「お姉ちゃん以外にはしないよ?!」

「それならいいんだけ……ど……? いや、よくないよ」


 勢いで正常な判断が出来ないところだった。

 誰にでもやってはいけないと思う。

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