51話--買い物と異常--


 風呂に入った後は特に何事もなく、翌日。カレンの部屋の家具と服などを買いに買い物へ出ていた。

 魔脈を解放したことで気を抜くと力が暴発してしまうので微塵にも気が抜けない。何も気にせず歩いたらアスファルトが削れた事に今でも衝撃を隠せない。

 3人とカレンは打ち解けており、普通に話している。先を歩く4人の後ろを私が着いて行っている感じだ。

 

「何で今日、お姉ちゃんはロボットみたいに動きが遅いの?」

「えっと……なんて言ったらいいんだろ。昨日、カレンから新しい技術を教わったんだけど力のコントロールができてない感じ」

「また一人で強くなろうとしてるんすか? ずるいっす、ウチにも教えるっす」

「わたしにも……」


 沙耶が足を止めて私に言うと七海と小森ちゃんも群がった。

 初めて魔力増加法をやった時とは比べ物にならないほど痛かったし、実際に体が傷んでいるわけではないようでどれだけ痛くても意識が飛ばなかった。

 

「増加法より痛いけど、大丈夫……? 私でも二度とやりたくないってレベルだけど」


 そう言うと3人が固まった。そりゃそうだ、魔力増加法で3人は痛みのあまり気絶して相当後にも引いていた。

 痛いと知っていたなら私だって躊躇う。恨めしそうにカレンを見ると顔の横でダブルピースをした。相変わらず無表情で。


「うぅん……私はベンチに座って休んでるから4人で買い物してきて……」

「買い物始まってすらないけど……まあ、店回るペースが下がっちゃうからその方がいいかも」


 4人と別れてショッピングモール中心のベンチのある所へ向かう。

 今日の服装は髪を上にあげて帽子の中に隠してサングラス……と不審者にも見えなくはないが私が『銀の聖女』のリーダーだと分からなくするために必要だ、と3人に言われてこの格好をしている。

 肌寒くなってきた頃で良かった。夏にこの格好だったら暑くて耐え切れなかっただろう。

 

 なんとか座れるところまで辿り着いて座り込む。沙耶たちの買い物は非常に長いので抜け出せたのは僥倖かもしれない。

 パーティー用のゴールドを使っていいと言ってあるので自由に買い物をしてくるだろう。


「はぁ……制御苦手なんだよなぁ」


 小さく独り言を漏らして体の中を循環する魔力に集中する。

 今までは血流と同じ感じであった。今は絶え間なく高速で流れている状態だ。

 例えるなら……そうだな。用水路を流れる水と巨大な滝ぐらい違う。用水路を流れる水はある程度制御できるが滝のように流れる水は制御が難しい。

 私の体の中は今そんな感じだ。

 

 1時間ほど集中して制御していると遠くで悲鳴が聞こえた。

 何事だろうか……。焦りと恐怖に満ちた悲鳴だ。強盗か?

 悲鳴の方から逃げてきた人が来た。ベンチに座っている私に声を掛けてくれているようだ。

 

「そこのあんたも逃げた方がいいぞ!! ブレイクだ!」

「本当?」


 ブレイク――ハンター協会が名付けたダンジョンに関する言葉の一つで示す意味はダンジョンからモンスターが溢れ出した。という事だ。

 ベンチから立ち上がって足に力を込めて悲鳴の方へ跳躍する。跳んだ理由は逃げてくる民衆の頭上を抜けるため。

 一跳びで辿り着くことができたのは魔脈の力のおかげだろう。前を見るとダンジョンとその周辺にモンスターがいるのが分かった。

 三つ又の槍にトカゲのような顔と鱗に覆われた体表……リザードマンだ。回帰前では序盤の後期あたりから見かけるようになったモンスターだったはず。

 偶然居合わせたハンターが居たのか、リザードマン1体と4人が戦っている。

 ……おかしい。ブレイクならダンジョンから魔力が溢れ出るはずなのにソレがない。

 戦っているリザードマンは余裕そうで後ろに控えてる3体のリザードマンは笑ってハンターたちとの戦いを眺めている。

 劣勢だね。そもそもリザードマン自体がホブゴブリンと同じぐらいの強さだから今のレベルじゃあ普通のハンターはパーティーで戦っても苦戦する。

 

 ハンターたちが戦っているというのが分かっているからか、ただの野次馬か。ダンジョンから距離を置いてこちらの様子を伺っている人たちがいる。

 なんとも日本人らしい……。

 サングラスを外して帽子を取る。束ねていた髪を降ろして剣を出す。

 

「助太刀するよ」

「あぁ! 助かっ――えっ?」


 私の方を見ないで返事をした前衛をしているハンター。リザードマンの首を飛ばすと固まった。

 状況が呑み込めてないうちに片付ける――。戦いを眺めていた3体へ歩みを進める。槍を前に向けて私を威嚇している。

 先に戦っていたハンターたちは唖然としており動きがない。リザードマンが私を囲むように陣取った。なかなか知性があるようだ。

 

「【神速】」


 使わなくてもいい気がしたが使った状態で動いてみたいという好奇心に負けた。

 リザードマンは全くもって反応できておらず、1体、2体と切り刻んで3体目で私の姿が消えたことに気が付いたようだ。

 気が付いたところで反応できるわけもなく、細切れにする。

 元居た場所に戻って血を払う。それと同時にリザードマン3体が肉片となって地面に落ちた。

 

「これが……『銀の聖女』のリーダー……」


 先に戦ってたハンターの一人が呟いたのが聞こえた。

 私のことを知っているなら話が早い。

 

「状況がいまいち読めてないけど、ダンジョン内に人が迷い込んでないか見てくる。あなた達は一般人の避難と協会への報告をお願い」

「はっ、はい!! 承知しました!!!!」


 一番近くに居たハンターにお願いをすると直立不動の姿勢で返事をされた……【竜の威圧】は発動してないし、怖がらせるつもりもなかったんだけど……。

 周囲を一瞥して他のリザードマンの魔力が見えないのを確認してからダンジョンに入った。

 ジメっとした空気と靴の中に入ってくる泥が私を出迎えた。

 

「うげ、湿地かぁ」


 足跡も魔力の反応もないのでダンジョン内に人は迷い込んでなさそうだ。

 靴を脱ぎ捨てて素足で戦おう。このままだと逆に足を滑らせそうな気がする。

 リザードマンを見つけたので駆けつけて斬りかかる。魔脈で制御がし辛かった力加減が徐々に分かってきた。

 やっぱり実戦あるのみだね。

 

「あらぁ、どうしてこんなに早く人族が?」


 前の方から女の声が聞こえた。

 浅黒い肌に黄色い目は爬虫類のモノのように見えた。体表にも鱗のようなものが見える。

 こんな人間は居るはずがなく、1つだけ分かっていることは――。

 

「やっぱり魔族の仕業か」

「あら、私たちを知っているのね。お嬢ちゃん」


 女の魔族は姿を現して私に投げキッスをした。

 ……斬りかかって良いかな?

 

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