50話--魔脈--


 家に帰りカレンの手を引いて私の部屋に連れて行った。

 椅子とかは無いため、一人で寝たい時用のベッドに座らせる。

 

「カレン。なんで怒られるか分かってる?」

「何も言わず、動いたから……?」

「違うよ。カレンがルールを破ったからだ。カレンの国ではさっきの奴らは万死に値する事かもしれない。だけど、それはカレンの国でしか適用されないルールなんだ。こっちにはこっちのルールがあって、こっちに居るならソレに従わないといけない」

「でもっ、あいつら、あーちゃんたちを狙って……」

「そうだね。私達を思って動いてくれた事はすごい嬉しいよ」


 あまり怒られることに慣れていないのか涙目になっているカレンの頭を優しく撫でる。

 何だか反抗期のときの沙耶を見ている気分だ。


「ちゃんとルールを教えてない私も悪かったしあまり気に病まないでね」

「……次からは、攻撃するときは、あーちゃんの許可取るようにする」

「うん、私がやれっていったら好きなだけ暴れていいからさ」

「そうする。あーちゃんに迷惑は掛けたくない」


 聞き分けが良くて助かった。これでカレンの手綱は握れただろうか。犠牲になった数名に襲撃者には悪いけど見せしめになってもらおう……。

 後で林さんに特定してもらって生活に困らないぐらいのゴールドの送金もしておくとしよう。

 隣に座っているのを良いことに体を引っ付けるカレン。そのままグイっと後ろに引っ張られて私が押し倒されたかのような体勢になった。

 

「ところで、あーちゃん。淫魔と同じベッドに座るって……誘ってる?」

「そんなつもりは微塵にもないんだけど……こらっ、どこ触って――!」


 カレンの手を掴んで引き剥がす。カレンは無表情のまま唇を尖らせて頬を膨らませた。

 食事を前にしてお預けを食らっている犬のようだ。

 

「むう、据え膳……。今回は我慢する」

「うん。そうしてくれると助かるんだけど……何でがっしり抱き着いてるの?」


 手を離したが今度は身動きが取れないぐらいに抱き着かれた。

 腕は上から抑えられ、足は絡められ。まるで私を拘束しているかのようにも思えた。

 

「ん。密着したほうが魔力が感じやすい。私の魔力、少しずつあーちゃんに入ってるの……わかる?」

「えっ、あぁ。最初は少し異物感があったけど馴染んだね。少しずつ流してきてるけど、これは?」

「順応性が高い。流石……あーちゃんに魔力の使い方、教える。えっとね――」


 カレンが説明してくれた。

 魔力を持たない生物が魔力を一定以上体内に取り入れると魔石が作られる。徐々に蓄積して大きくなるのだが急激に取り入れると激痛を生じる……この辺は魔力増加法で分かっていたことだ。なるほど、あの痛みは魔石ができるときの痛みだったのか。

 そして私が今使っている魔力は全身に張り巡らされた血管内を使って体内を循環している……。ここまでは私でも分かっていた。

 

 驚くべきは次からだった。

 魔石が一定以上の大きさになると取り入れた魔力を使って全身に見えないほど小さな根を張るそうだ。カレンはこれを魔脈と呼んでいて血管に沿ってはいるそうだが魔力を通せる量が違うらしい。

 1本ではなく血管に囲むように無数に張っているそうで私とカレンの力の差は魔脈が使えているかどうか、とのことだ。

 カレンが言うには魔族として名が知られている者は皆、魔脈が使えており私が遺跡で倒した魔族――ジルドも普通に使えていたそうだ。

 これで疑問が氷解した。なるほど、それで2重に詠唱した【神速】での斬撃も防がれたのか、と。

 

「魔脈、最初は閉じてる。開かないといけない……」

「なるほど。それで、この格好と何の関係が?」

「魔石が出来る時の数百倍は痛い。全身が引き裂かれるような痛みで我を失って暴れないように――」

「へっ?」


 カレンがそう言った瞬間、カレンから流れてくる魔力が爆増した。体を這いずる異物感に吐き気すら覚えるがカレンの魔力は私の魔石を目指して進んでいるようであった。

 胸の中心部にある魔石へカレンの魔力がたどり着き、私の魔石を包んだ。するとカレンが「えっ……まあ、いっか」と呟いた瞬間。経験したことのない激痛が私を襲った。

 体を切り刻まれ、捩じられ、潰されるような痛みで気が狂いそうになる。

 

「落ち着いて……だいじょうぶ。あーちゃんなら、できる」


 カレンがそう耳元で呟くと少しだけ痛みが引いた。それでも痛いのには変わらない。感覚的には真っ二つになるところが皮一枚繋がっているようなものだ。

 振りほどいてのたうち回りたい衝動に駆られる。だが、それを見越してのカレンによる抱きしめ拘束なのだと理解した。

 数分、数十分、数時間にも感じた痛みは徐々に引いて何とか我慢できるレベルまで下がった。

 

「ありがとう、カレン。【魅了】も助かったよ」

「ん、どういたしまして。バレてなければ徐々に強くして私の虜にできたのに……残念」


 拘束を解いて私の横に寝転がるカレン。頭を撫でて労おう。目を細めて心地よさそうにしている……他3人も良くこういう顔をするが何か違うのだろうか……。

 前に沙耶に聞いたが何も答えてくれなかった。

 カレンにも聞いてみるか。

 

「撫でられて、落ち着くの?」

「ん。今のあーちゃんは、魔力が制御できてないから漏れてる。こっち、魔力薄い。あーちゃんの周りは濃い、だから息苦しくない。魔力がおいしい」

「だから私の周りにずっといるんだね……私もそういえば息苦しくないな」

「ん、私、制御苦手。する気もないから、垂れ流し」


 なるほど。知らないうちにカレンの魔力で助かってたのか……。

 完全に痛みが引くと確かに分かった。体の隅々に大量の魔力が行き渡っていることに。

 これは……感覚が違いすぎる。【竜体】を得た時より苦労しそうだ。

 

「あれっ、注視しなくても魔力の流れが見える」

「ん、魔脈が開いたから……あーちゃん。今まで見えてなかったの……?」

「うん。目に魔力を意図的に集めてフィルターのような感じで見てたぐらい」

「それ、教えちゃダメだよ? 加減間違えると、眼球パーンって、なる」


 カレンが目の前に手をやってグーからパーにした。

 ……眼球破裂する可能性があったのか。便利だからって沙耶たちに教えようと思ってたけど教えないでおこう。

 痛みのせいでシャツが汗で湿っている……ついでに風呂に入って今日は寝よう。


「さあて、風呂でも入るかな」

「お風呂? 私も入りたい」


 そう言って私と一緒に立ち上がったカレン。そういえばカレンの服を買ってないな、と気が付いた。明日は皆で買い物だな。

 今日は私の服で我慢してもらおう。

 多めに買ってあるTシャツと短パンを渡す。下着は――。

 

「なんでもう脱いでるのさ……」

「私、お風呂、好き」


 待ちきれん、と言わんばかりに着ていた服を脱ぎ捨てた。

 床に置かれた服を回収する……。


「あれっ、カレン。下着は?」

「邪魔だから着けてない。着ける胸もない……」


 ううむ。

 胸に手を当てながらカレンが言った。そう言われると私は何も言えない。

 沙耶と同じだからだ。闇雲に何か言うと地雷原に突っ込んでしまう。

 今日は良しとして明日買って着けてもらおう。

 

 沙耶たちが自室に籠っているのを確認して風呂場に向かう。私も服を脱いで洗濯カゴに入れる。

 まじまじと私が脱ぐのを見ているカレン。そんなに見ても脱ぎたての服しか出ないぞ……。

 全て脱ぎ終えて浴室に入る。

 あぁ、何で一緒に入ることになっているのかと思ったが単純に使い方が分からないのだろう。ついでなので説明しながらカレンも洗ってあげよう……。

 

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