23話--目覚め--

 30分ぐらいすると七海が戻ってきた。

 息を切らしており、少し紅潮している頬を見るに走ってきたのだろうか。

 冷蔵庫に入っている冷たい麦茶をコップに注いで七海に渡す。

 

「ぜぇ……ぜぇ……んくっ。ぷはーっ、助かったっす!」

「別にこの後予定とか詰まってないから急がなくてよかったのに」


 一気に飲み干した七海はカバンの中からクリアファイルに入った書類を取り出した。

 受け取って中身を見る。どうやら会社からの伝達事項のようだ。


「へぇ……この前の渋谷駅の出来事を鑑みて社会情勢が落ち着くまで業務停止するのかぁ」

「それは建前っすね……」

「本音は?」

「渋谷本社がモンスター? に襲撃されたみたいで自衛隊が倒してくれたらしいんすけど、顧客管理名簿や管理サーバー等々が焼けたっす。仕事ができねぇ、が本音っすね」


 回帰前と変わっていないずさんな管理に頭を抱えた。流石弊社である。

 確か回帰前は管理名簿だけ持って社長が支社に逃げたから事なきを得た記憶があるが……私が戦ったから未来が変わったのか?

 どっちにせよ、仕事の事を考えなくていいのは僥倖だ。好き放題ダンジョンに行ける。


「まあ、いっか」


 それ以外特に重要なことは書かれていないので書類はそのままシュレッダーに食べさせた。

 七海がスーツ姿ということは、ついさっき会社で言われて帰るところで私に書類を持っていけと言われたのだろうか。


「このぐらいの事だったら電話でもよかったのに」

「休みの期間は端末の電源落として絶対に繋がらないようにしてるのは誰っすかね……」

「そんな奴がいるんだね……」


 七海の言ったことに、とぼけはしたが間違いなく私の事だろう。気まぐれで電源を入れて良かった……のか?

 ブラックの珈琲が飲めない七海は用意した珈琲に角砂糖を6つ入れてかき混ぜている。前にも喫茶店で同じことをしていたなぁ。少し貰ったけど甘すぎてびっくりした記憶がある。

 2杯目の珈琲を啜っているとテレビから「追跡! 謎の銀髪少女は実在した!」とテロップが流れてナレーションが聞こえた。何やら特集番組らしい。

 番組を見ながらアマゾンの奥地には行かないのか……と思っていると七海が爆弾発言を投げてきた。

 

「これ、先輩っすよね?」

「……さぁ?」


 思わずはぐらかした。黒い布マスクしかしていなかったため、分かる人には分かると沙耶に言われていたが直接聞かれるとは思わなかった。

 ……そういえばメッセージにも書かれてたっけ。

 寝室から沙耶が出てきて七海の問いに答えた。


「お姉ちゃんだよ」

「沙耶!?」

「そうっすよね~、右目の涙ほくろと長い銀髪が見えている時点で隠せてないっすよ?」


 まさかの裏切りをされた。沙耶なら一緒に誤魔化してくれると思っていたのに……。

 七海よ。その2つの情報だけで私と特定するには早計過ぎやしないか?

 この場で多数決をとりたい気分にもなったが私の味方が誰一人として居ない。

 

「こんな調子でバレるなら本当に気軽に外出できないや……」

「大丈夫。任せてお姉ちゃん」


 沙耶が私の両肩をがっしりと掴んで言った。何かしらの策があるのだろうか。

 ガサゴソとこの前買った服を取り出して私に着るように言った。

 

「とりあえず湿布全部剥がしてコレ着よっか」

「ちょっと、沙耶? 目が笑ってなくて怖いんだけど――」

「良いから早く着て?」

「……はい」


 圧に負けて沙耶から渡された服を持って寝室で着替える。

 丈が長めのスカートにふんわりとした生地の服……買い物のときに沙耶がガーリッシュな感じで~みたいなことを言っていた気がする。コレのことなのだろうか……。

 問題なく着ることが出来たが、最近は運動着しか着ていなかったため若干の羞恥を感じる。


「沙耶……? 着たけど……」

「うん、じゃあバッグはこれね」


 いつも通りのウエストポーチを付けようとしたら沙耶に回収され、中身を移した肩から掛ける小さな鞄を渡された。肩紐を胸の中心に通して鞄を掛ける。

 何だか胸が強調されており羞恥が増したのだが……。

 

「流石としか言いようが無いっす。やっぱり分かってるっすね、沙耶ちゃん」

「でしょー? これからメイクしてあげるからお姉ちゃんはそこ座って、早く」


 いつの間にか用意されていた椅子に座ることを強要される。

 私がやれるメイクは仕事用の薄いものしかできない。沙耶の言われるがままに椅子に座った。

 メイク道具が入ったポーチを沙耶が持ってくると七海は私の後ろに立った。

 

「髪はウチに任せるっす!」

「七海さん、ありがとう。いい感じに編んじゃって!」

「任せろっす!」


 一体いつの間に連携が取れるほど仲良くなったんだ!?

 微動だにすることも許されず、されるがままだ。もう、何も言うまい……。

 

 数十分後、やりきった表情の沙耶と七海がハイタッチをした。

 ようやく終わったのか、と立ち上がる。どんな感じになっているのか気になったので姿鏡の前へ向かう。


「これが……私?」


 いつもの自分の顔とは違う感じに戸惑いを隠せない。

 回帰してから、まじまじと鏡を見ていない、というのもあるが……まるで自分ではないようだ。

 正直に感想を述べるとしたら、回帰前に今の私を見かけたら立ち止まって凝視しているだろう。

 それほどまでに美しく蠱惑的な見た目をしていた。

 七海が編んだ髪もメイクした私を引き立てているかのようだった。

 鏡を凝視したりスカートの端を掴んで回ってみたりしていると視界の隅にニヤニヤとしながらスマホを構えている沙耶と七海が見えた。

 何かいけないものを見られた気分になり、のぼせたかのように顔が真っ赤になるのが分かった。

 

「あーあ、バレちゃった」

「コレは永久保存っすねぇ」

「これを機にお姉ちゃんが目覚めてくれると楽なんだけどなぁ」

「大丈夫っす。今の感じなら素質あるっすよ」

「聞こえてるからね?」


 アイテム袋から古代竜骨の鞘を取り出して七海と沙耶に歩み寄る。

 ものにぶつからないように素振り音を出す。沙耶と七海の顔が引き攣った笑みになるのが分かった。


「ようし、一列に並ぼうか」

「お、お姉ちゃん? 一旦落ち着こう? せっかく綺麗にしたのに崩れちゃうよ?」

「そうっすよ! 落ち着くっすよ!」


 沙耶に言われて一旦静止する。

 ……確かにそうだ。若干ではあるが気に入りつつある現状を、こんな些細な事で無に帰すのは手間暇をかけてくれた沙耶と七海に申し訳が立たない。

 鞘をアイテム袋に収納して二人にデコピンをする。コンっと小さな音が二人の額からした。


「撮ってたことはコレで許してあげる。あと……色々とありがとう」


 笑って素直に感謝の意を伝える。

 すると沙耶と七海は固く握手をして互いの背中を叩くように抱擁していた。スポーツの試合後の対戦相手同士のやつみたいだ。


「あ、お姉ちゃん。後はサングラスがあれば、だけど……外には出れると思うよ?」

「そうっすね。持ってるんでウチのやつ貸すっすよ」

「ありがと。せっかくだし皆で外食でもしよっか」

「さんせー! 私も支度してくるね!」


 沙耶が洗面所へ向かった。スーツ姿の七海はどうするのだろう。

 

「車に着替えあるんで持ってきてここで着替えてもいいっすか?」

「持ってきてるんだ……いいよ」

「うっす! 取ってくるっす!」


 駆け足で七海が玄関に向かった。

 誰かと二人で外食、ならよくあったが三人でってなると初めてか?

 二人だと座る場所を気にしなくていいが三人だとどう座るのが良いんだろう……せめて四人ならなぁ。


「あ、そうだ。小森ちゃんも呼んじゃえ」


 この後、一緒に食事でもどうか。とメッセージを送ると即答で「行きます!」と返答が来た。

 迎えに行くことも伝えると家の住所が送られてきた。結構近場なので問題ない。

 支度ができ次第向かうと伝え、椅子に座って沙耶と七海の支度が終わるのを待つ。よし、これで四人だからファミレスとかでも席を気にしなくて済むだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る