22話--妹と後輩--

 髪を乾かして寝る支度をしてベッドに寝転がってからの記憶がない。

 筋肉痛によって軋む体とカーテンから差し込む太陽の光は私が寝たのだと物語っていた。

 寝間着を着たはずなのに下着姿になっており、腕や腰。背中に脚の要所に冷湿布が貼ってあった。


「寝る前に貼ったっけ……?」

「やっと起きたんだね、おはよ。お姉ちゃん」

「おはよう、沙耶。やっと……って?」

「何もかにも2日も寝てたんだよ。寝苦しそうにしてたから脱がせて湿布貼っておいたよ」


 なんて気が利くんだ、と感謝をして添い寝している沙耶を抱き寄せる。沙耶はもっと褒めるが良いぞ。と言わんばかりにドヤ顔をした。

 素直に助かったので両手で沙耶の頬をもみくちゃにした。手を止めるとここぞとばかりに私の胸に顔を埋めた。

 

「湿布くさっ!!」

「沙耶が貼ったんでしょ……」


 冷湿布特有のハッカの匂いに顔を顰めて沙耶が離れた。これに関しては自業自得だ。

 それにしても、2日間も寝てしまったのか……。

 沙耶を離して仕事用の端末を立ち上げる。不在着信40件、未読メッセージ30件……。

 着信の内訳は小森ちゃんと職場の後輩だった。メッセージも同様だ。

 内容を確認すると2人は私がミノタウロスと戦っていたことを疑っており、それを確認したくてメッセージを送ってきたようだ。安否の確認も送られている。

 

「何みてるの?」

「昨日一昨日に送られてきた通知」

「へぇ……小森さん? からは来てた?」

「来てたよー」


 沙耶が珍しく人の事を気にしている。やはり沙耶も友達になれそうだと思っているのだろう。

 無事を伝えると共に今度食事でも一緒にどうか、と誘ってみよう。

 返事を送ると即座に「行きます!」と返信が来た。いつにしようか予定を立てないとな……。と、考えていると家のチャイムが鳴った。

 同時にメッセージで職場の後輩から「伝えることがあるんで出てほしいっす」と送られてきた。つまり、このチャイムは後輩だろう。

 玄関モニターを確認すると後輩が一人立っていた。玄関に向かい、ドアを開ける。

 

「ちっす! せんぱ――、って何て格好で出てくるんすか!?」

「あ、そうだ。下着だった……まあいいや。上がって」

「よくないっすよ!? ウチが狼だったら貞操の危機っすよ??」

 

 いつも通り元気で騒がしく、いらないところまで気が利く奴だ。

 家に上がるなり騒がしい後輩こと小島こじま 七海ななみはくりっとした大きな瞳に短めの金髪で髪型はツインテール。

 身長は150cmぐらいで胸はそこそこあり、語尾に「っす」を付ければ敬語になると思い込んでいる奴だ。


「相変わらず殺風景……あれ? あの美少女だれっすか?」

「2つ下の妹の沙耶だよ。沙耶、この騒がしいのは職場の後輩の七海」

「小島 七海っす! よろしくっす! 妹さん!」

「……沙耶です。私の姉がいつもお世話になっております」


 社交辞令的な挨拶する沙耶。知らない人にする態度に急変した沙耶の顔からは笑顔が消えている。

 沙耶は少し人見知りなところがあるからなぁ。威圧感を放つ沙耶を見て、七海は目を光らせて沙耶に近づいて耳打ちした。

 

「妹さん……同盟組まないっすか?」

「同盟……? 何のこと?」

「ウチには分かってるっす。妹さんも同類っすよね?」

「勝手に一緒にしないでもらえますか? 私は姉に気づかれることなく発散してるんで……そんな欲丸出しな視線を送る貴女とは違います」


 ひそひそと2人で話している。

 私には聞こえない大きさの声で話しているので何を話しているかは分からない。

 蚊帳の外になってしまったので台所で珈琲の準備をしてるが2人の秘密話はまだ続いているようだ。

 

「知らないっすよね? 仕事中の先輩の姿」

「うぐっ……確かに知りませんけど私は幼少期からの姿を……」


 湯が沸くまで暇なので2人を観察する。どうやら沙耶が何かうろたえているようだ。

 年も近いし2人も仲良くしてくれるといいんだが……。

 七海がスマホを沙耶に見せている。

 

「これは仕事中、髪が邪魔で後ろで縛る先輩っす」

「っす――――」

「そしてこっちはクソみたいな条件を出してきた会社の外でその会社の看板に中指を立てる先輩っす」

「……組みましょうか、同盟」

「そうこなくちゃっす」

「ID教えるので後で送ってください。私も厳選したの送ります」

「助かったっす。捗るっす。タメ語でいいっすよ」

「じゃあ七海さんで」

「ウチは沙耶ちゃん呼ばせてもらうっすね」


 湯が沸いて珈琲を作る。作るといってもインスタントなので湯に溶かすだけだ。

 コップをトレーに載せてリビングに向かうと七海と沙耶が握手をしていた。

 

「これからよろしくっす! 沙耶ちゃん!」

「七海さんもよろしくね!」


 どうやら仲良くできそうな気配だ。良かった。

 トレーをテーブルに置いて寝間着を着る。やけにニコニコとした沙耶が私と入れ違いで寝室に入っていった。

 丁度いい。七海から要件を聞いてしまおう。

 

「七海、伝えることって?」

「そのことなんすけど……あれっ!? 車の中に忘れ物したんで取ってきていいっすか!?」

「いいよ」


 七海は鞄を持って玄関へ駆け足で向かった。

 誰も居なくなったリビングで珈琲を啜る。

 騒がしかった空間が一気に静かになると少しばかり寂しさを感じた。

 気を紛らわすためにテレビを付けるとお天気占いがやっている。ちょうど順位の発表のタイミングだ。


「一位の星座はかに座の方! 恋愛運が急上昇!? もしかすると複数の人から狙われるかもっ!」


 私は……7月3日生まれなので、かに座だ。

 1位だったけれど当たってもいない占いを小さく鼻で笑った。

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