21話--終わりと生還--
早く終わらせたくてミノタウロスを挑発したが、決めきれずにいた。
とてつもない速度の再生能力を持ち、数トンはくだらない両手斧を軽々と振り回す怪力を誇るモンスターで攻撃を1撃でも貰えば私のミンチが出来上がってしまう。
剣の切っ先を攻撃に合わせて受け流す際に力を加える。急に加速した斧に振られてミノタウロスが体勢を崩した。
足の健を斬りつけるが瞬時に再生されてしまう。
――想像以上に面倒だぞ、コイツ。
一撃で倒せるような技能が使えれば――いや、使えるか?
魔石を喰ったことで攻撃系の技能が使えるラインまで魔力が増えたはず……。
『回答します。現在の残存魔力の9割を消費することで技能名:【
【八閃花】とは魔力で出来た剣――魔力剣――を8本作り出して発動者の周りに展開させ中心となる場所を突き刺しすと8本の魔力剣が斬りつける。付いた跡が花のように見えることから名前が付けられた技能である……と、技能書に書いてあった。
問題があるとしたら魔力の9割を消費するところだ。魔力欠乏症にならなければ良いんだけど……。
『回答します。【八閃花】をミノタウロスの上体に行使。現在の攻撃力であればミノタウロスの上体は消し飛び、魔石が即座に獲得可能です』
なるほど。すぐにミノタウロスの魔石を喰って魔力を補充するのか。
やってみる価値はありそうだ。
【神速】を使ってミノタウロスの足をズタズタに斬りつける。これだけ斬ればいくら再生能力に優れているとは言え動きは止まる。
後ろに飛び退いて剣を上段に構え、切っ先をミノタウロスへ向ける。
大きく息を吸って――。
「【八閃花】」
唱えた瞬間、8本の魔力剣が私の周りに展開された。魔力が急激に無くなったせいで貧血のような症状が現れる。
……ここで倒れるわけには行かない。
「【神速】」
僅かに残った魔力を振り絞ってミノタウロスへと駆ける。視界が黒み掛かって手足から力が抜けていく。倒れそうになるが気力だけで持ちこたえミノタウロスの胸へ剣を突き立てる。
「さあ……花よ、咲け」
1本、2本と魔力剣がミノタウロスを斬りつける。8本が斬り終えると切っ先に魔力剣が集まり――爆ぜた。
最後の断末魔も上げることなくミノタウロスの上半身は吹き飛び、キラリと光を反射する物体が宙に取り残されている。
落下しながら手を伸ばし、ソレを掴む。
――魔石だ。
「ぐえっ」
受け身も取ることが出来ず、背中から落ちた。
潰れたカエルのような声が出たが今は気にしている余裕なんて無い。遠のく意識に抗いながら魔石を口に入れて、飲み込む。
『スキル名:【剛腕】とスキル名:【再生】を取得しました』
魔力が急速に回復していくのが分かる。あぁ……死ぬほど疲れた。
ダンジョンから溢れる魔力が普通の状態に戻っている。つまり、このミノタウロスで本当に最後だったんだ。
静寂が私を見守っている。寝転がったまま剣を上に掲げて全てが終わった事を示す。
……何の反応もないと悲しいんだけど。と思った矢先、一人拍手をし始めた。
拍手の音は次第に大きくなり、歓喜の叫びが上がり始めた。
「どうやって帰ろう……」
おっけー、全知。群衆とテレビ局のヘリコプターを振り切って帰る方法を教えてくれ……。
あの後は悲鳴を上げている体に鞭を打ち、【神速】を使って詰め寄ろうとしていた群衆の前から姿を消した。
駅から結構離れたところに停めた車の中で服を着替えて血濡れた髪を上で纏めて帽子を被る。
除菌シートで顔についている血を拭って駐車場から発進した。
下瞼と仲良くしようとしている上瞼に活を入れて運転をする。家につく頃には辺りは薄暗くなっていた。
鍵を開けて玄関ドアを引いて中に入る。
「ただいまー……」
「おかえりっ!」
沙耶が勢いよく飛びついてきた。受け止める気力もなく、そのまま押し倒されるかのように尻もちをついた。
目に涙を溜めて鼻を啜る沙耶は私の胸に顔を埋めた。
「心配かけて、ごめんね」
「本゛当゛だよ゛!! テレビ見てたらお姉ちゃんが映るしさ!! なんかでっかい牛と戦ってるしさ!!」
泣いている沙耶の頭を撫でて宥める。
本当に心配をかけてしまった。ミノタウロスと戦ってるのも見られて……ん? 見られてた?
「え、ちょっと待って。もしかしてテレビ中継されて私ってバレてた?」
「黒い布のマスクはしてたみたいだからお姉ちゃんを知らない人はわからないと思うけど……今はネットもテレビもお姉ちゃんの正体の話題でいっぱいだよ?」
「しばらく家から出られないね……」
「だねー」
しばらくは無茶をした代償と言う名の筋肉痛に悩まされるだろうから家で療養しよう。
沙耶と話して気が抜けたのか抱きつく沙耶を引き剥がす力も残っていない。
肝心の沙耶はというと顔を埋めたまま深呼吸をしている。
「すごい汗かいたから臭くない?」
自分でも汗臭いと感じているぐらいだから他人からすれば耐え難いはず……。
谷間と下乳は特に汗をかきやすいから尚更だ。
「うん! くさい!」
「臭いなら嗅がないでよ……って、何でこんな時だけ力が強いの!!」
「これが濃密なお姉ちゃんの匂い……うへっ……くっさぁ……」
よく分からないことを言っている沙耶の頭に拳骨を落とす。
私の胸の中で「痛い」と不満を漏らした。意地でも離すつもりはないらしい。
引き剥がすのを諦めてその場で大の字になる。
沙耶が離れたのはそれから30分後の事だった。
満足したのか、満面の笑みを浮かべて離れた沙耶にもう一度拳骨を落として風呂を沸かした。
下着類や着ていた服を洗濯機に投げ入れ、洗濯機を回そうとボタンを押していると沙耶が制止してきた。
「待って、お姉ちゃん」
「……今度は何?」
「私も洗濯物があるからまだ回さないで。私が全部やっとくから疲れてるお姉ちゃんは先にゆっくりとお風呂に入ってていいよ」
目が血走っているようにも感じるが、気のせいだろう。
疲れが限界のため沙耶の様子にツッコミを入れる気力もなく、沙耶に任せて浴室に入りドアを閉めた。
温かいシャワーが身に染みる……。髪を洗ってケアをして、体を洗う。トリートメントを流して浴槽に浸かると体が溶け出した。
そう感じるほどに温かい湯が体に染み渡る。
「ほんと、疲れたなぁ……」
口まで浸かってぶくぶくと空気を出す。ミノタウロスの魔石で取得したスキルを見てなかった。
スキル名:【剛腕】
効果:常時発動スキル。攻撃力が20上昇する。腕に意識的に魔力を流すと物理的な腕力が増す。
スキル名:【再生】
効果:任意発動スキル。魔力を消費することで傷を再生する。
良いスキルだ。特に【再生】は前線で戦う私には非常に助かる。
【剛腕】も悪くない……ミノタウロスがあれだけ巨大な斧を振り回していたのはこのスキルのおかげだろう。
腕や腰、そして脚と疲れが溜まっているであろう部分も揉みほぐしていく。一通りほぐし終わり伸びをして浴槽から上がる。
1時間ぐらい浴槽でのんびりしていたが沙耶は入ってこなかった。
浴室のドアを開けると、ちょうど洗濯物を持った沙耶が脱衣所に入ってきた。
「何でもう服脱いでるの……?」
「あっ、えっと……すぐ入れるように?」
抱えた洗濯物を洗濯機に入れてボタンを押す沙耶。挙動不審ではある……が。
振り返ってチラチラと私の方を見てくるのでちょうどいい位置にあった尻を叩く。
「ひゃん!?」
ぺちん、と小気味良い音と共に沙耶が声を上げた。
何やら気まずい空気が流れる。
「リビングで髪乾かすね……?」
「うん……」
私はそれ以外の言葉を何も言わずにドライヤーを持って脱衣所から出た。
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