75話--洗礼--

 ――見渡す限り瓦礫しかない場所だった。

 一体この場所で何が起きたんだろう。

 

「カレン。ゲートの出る先間違えてたりしない?」

「ん……、そんなことは無い」

「だよねぇ。私の住んでいた所だけなのかな……見渡す限り瓦礫の山だけど」


 残っている高層ビルすらも無い。

 人の気配も感じない。居るのはモンスターだけ。

 都心の方に向かえば誰かしら居るだろうと思い立ち、襲い掛かってくるホブゴブリンやコボルト、オークを斬り捨てて進んだ。

 探索しながら2時間ほど。渋谷の駅があったであろう場所に辿り着いた。

 飼い主を待ち続けた犬の像は無残にも壊されていた。

 

 瓦礫の陰から出てくる大量のモンスター。

 数万は越えているだろう、あっという間に取り囲まれてしまった。

 

「カレン、この周囲に生きている人間の魔力反応はある?」

「ん、無い」

「おっけー。殲滅技使う」


 剣を縦に構えて魔力を大量に流し込む。剣の先から魔力で出来た刃が伸びた。

 雲を貫くほど長く伸びた剣を一回転して振るう。

 反応すらできない速度の斬撃は私が剣を仕舞ってからモンスター達は自身が斬られた事に気が付いたかのように2つになった。

 この技はカレンの父さんから盗んだ技術の一つだ。

 近くに誰も味方が居ないことを確認しないと使えないけどね。

 

「あーちゃん、どうするの?」

「うーん……正直想定外だなぁ。端末も使えなくなってるから沙耶たちとも連絡が取れないし……」


 協会から支給された端末を開いても圏外と表示されるだけだった。

 さて、どうしたものか。

 これだけ荒廃していると闇雲に探し回ったら迷子になりそうだ。


「あ、そうだ。何かあったら母さんのところに行けって言った気がする」

「ん。言ってた気がする」


 ココが渋谷駅の入り口だから……大体あっちの方角か。

 まっすぐ進めば何とかなる!

 カレンに向かう方向を指示して互いに駆け出す。道すがら飛び掛かってきたモンスター達は刻んでいこう。

 

 

 走り続けて半日。人と会うことは無く、モンスターとしか遭遇しなかった。

 人類は既に滅んでしまっているのか、と疑いたくなる。

 

「なんか、昔の東京の喧騒が懐かしいよ」


 誰も居ない山を駆け抜ける。

 山の中にもゴブリンなどのモンスターが跋扈していた。

 倒して魔石も回収しておく。駅で殲滅したモンスターの魔石もちゃんと全部回収した。

 手作業で回収したのではなく、カレンが魔法を使って魔石だけ取り出してくれた。

 流石に数万のモンスターから魔石を手作業で抜き取るとなると数日かかってしまうので諦めようとしていたが助かった。

 

 日が暮れて辺りが見えなくなるほど暗くなったため状況整理も兼ねて山の中で野宿をしよう。


「カレン。魔法で土の壁で覆って」

「ん。任せて」


 土で出来たかまくらのような形だ。

 魔界から持ってきた寝袋を敷いて寝転がる。


「……カレン。寝袋ってのは1人用なんだよ?」

「ん。今更寂しいこと言わない。私とあーちゃんの仲」


 カレンが私の寝袋に入ろうとしてきた。大きめの寝袋ではあるが2人で入るには狭い。入れなくはないが、私の身動きが取れなくなる。

 父親譲りの我儘な性格はきっちり継承されているようで5年一緒に居て分かったが、こうなると止まらない。

 私が折れるか、代わりのものに意識を逸らさせるか。もう既に寝袋の侵入を完遂したカレンは私に身動きを取らせないように引っ付いている。器用に尻尾で寝袋のチャックまで閉める始末だ。

 

「肌寒いし、まあいいか」

「ん。こっち、寒いね」


 私が魔界でいた場所は年中を通して比較的温暖な場所だったため、寒いという概念を久しく感じていなかった。

 身動きが取れず狭苦しいが温かい。明日には家に着くといいな、と考えながら私は眠りに落ちた。

 

 朝は胸元が冷たくて目が覚めた。カレンがよだれを垂らして寝ている。

 手を前に回して寝袋のチャックを開ける。そしてカレンに頭突きをする。

 鈍い音がかまくら内に響いた。

 

「……痛い。どうして」

「おはよう。出発するよ」


 頭突きをされたことが不服そうに頬を膨らまして私を睨んでいる。

 軽く頭を撫でで立ち上がる。かまくらの外に出て空を見上げる。


「曇りかぁ」


 どんより、とした雲が空を覆っており青色の空は見えなかった。

 カレンが指を鳴らすとかまくらが消える。寝袋を回収して私たちは再出発した。

 

 おいしくない携帯食料を口に含みながら走っていると見たことある建造物が目に映った。


「これは……高速の出口だ」


 方角は間違っていなかったようでいつも母さんのところに行くときに使っていた高速道路の料金所に着いた。

 これなら後2時間もしないで実家に着く。沙耶たちが居ることを願って……母さんたちが無事であることを祈って駆け出した。

 

 しばらく走るとモンスターの大群が目に映った。数万はくだらないだろう。

 大群を牽制するように飛んで行く魔法が見える。さらにその奥には大量の弓矢が飛び交っているのも見えた。

 壁の上に目をやると、そこには銀髪の少女。多分、沙耶だ。あどけない見た目だったのが大人の女性としてちゃんと成長している。

 遠目からなので良くは見えないが、あれは間違いなく沙耶だ。

 

「う、うわぁあああぁぁ!!!」

「人の声? あ、モンスターと戦ってるのか」


 叫び声が聞こえて来た方向を見ると数十人がモンスターの大群と戦っている……が押されている。

 彼らの後ろは私の実家のある方向だ。なるほど、拠点として守っているのかな?

 

「カレン、私はこっち側を片してから行くから先に飛んで沙耶たちと合流して」

「ん、わかった」


 翼を展開してカレンが高く飛んだ。

 私はモンスターと戦っている人たちの方へ駆け出した。

 久しく使っていなかった技能を使おう。【神速】を使って速度を上げる。目にも止まらぬ速さで彼らの近くに居るモンスターを切り刻んだ。

 無事なことを確認して大群へと駆ける。自然と笑みが零れていた。

 周囲には誰も居ないので剣を魔力で伸ばす。3mぐらいだろうか。重さは変わらないので振る速度も変わらない。

 モンスターを刻みながら進んでいくと炎の塊が私目掛けて飛んできた。

 

 ――懐かしいな。

 沙耶とスライムのダンジョンに初めて行ったときを思い出した。あの時は私が【炎球】を誘導したんだっけ。

 同じように空気で道を作って炎の塊を曲げ、モンスターに直撃させる。

 

 暫くすると空を埋め尽くすほどの魔法と矢が私の方に飛んでくる。

 

「えっ、ちょっ、何で!?」


 赤い血の槍とかも混ざってる!? カレンの魔法??


「ちょっと待って!! この数は聞いてないって!!」


 私の慟哭にも似た叫びは戦場に木霊するだけで無残にも大量の矢と魔法は飛んできた。

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