77話--監視--


 ドアがノックされて目が覚めた。時計を見ると昼過ぎだ。

 寝たのが明け方だから仕方ないだろう。

 

「せんぱーい、そろそろ起きてくださいっす」


 七海の声が聞こえてきた。

 どうやらノックしている主は七海のようだ。小さくあくびをしながらドアに向かう。

 内鍵を開けてドアを引く。

 

「ごめん、今起きたところ」

「あっ、はい」


 妙に余所余所しい七海に疑問を抱きながら部屋から出ようと歩みを再開すると七海が立ちふさがった。

 ……何かあるのだろうか?

 

「あの、先輩……今の自分の姿に何か疑問はないんすか……?」

「疑問? こっちのセリフなんだけど……」


 七海の発言の意図がわからない。

 自分の姿……? あっ。

 

「服着てないじゃんか……ありがとう、寝ぼけてた」

「気づいてくれて助かったっす。先輩の服は沙耶ちゃんが後生大事に持っているはずっすからクローゼット漁ればあるっすよ」

「わかった、着替えるから閉めるね」


 裸を見せておきながら今更、と思うが見ていてもうれしいものではないだろう。

 ドアを閉めて沙耶を起こす。

 

「沙耶ー。起きてー」

「……起きてる。布団がお姉ちゃんの匂いがする。助かる」


 相変わらず布団に包まってもぞもぞとしているのは変わりないようだ。

 近づいて馬乗りになる。

 

「沙耶。私の服は?」

「ひゅっ……それは、駄目だよ。お姉ちゃん……」


 何がダメなのだろう。

 5年の間に沙耶の分からない部分が増えた気がする。

 沙耶が体を起こすとちょうど私の胸元に顔が来た。邪魔だろうから退くとしよう。

 私が退くとフラフラと沙耶がクローゼットに向かって歩いて行った。腰に手を当てて服を持って戻ってきた。

 

「いてて……お姉ちゃんのせいで筋肉痛なんだけど」

「求めたのは沙耶だから私のせいじゃない」


 下着を付けようとしたがブラはキツくて付けることができなかった。

 自分のアイテム袋から布を取り出して胸に巻き付ける。晒みたいなものだ。

 他の服を受け取って袖を通す。私が良く着ていたTシャツとズボンだ。

 

 服を着終えると沙耶も着替え終わっていた。

 ドアを開けてリビングに向かう。

 リビングのテーブルには食事が準備されていた。やけにツヤツヤとしているカレンと心なしかゲッソリとしている七海と小森ちゃん。

 ……何があったかは一目瞭然なので何も聞かないでおこう。

 全員が座り、食事が始まった。他愛のない会話をしながら箸を進めているとあっという間に終わった。

 

「そういえば、ハンター協会ってどうなった?」

「……一応あるよ。お姉ちゃんが居なくなる前ほど力はないけど」

「そうっすね。今、相田のおっちゃんが海外で日本への侵略行為を止めるように交渉してるはずっす」

「支部のようなものがこの村にあります。実質、本部みたいなものですけどね……」

「ん。やっぱり、こっちの食事はおいしい」


 私の疑問に答えてくれる3人。カレンは相変わらずマイペースだ。

 色々と変わっているんだなぁ、としみじみ思いながら伸びをした。


「最近は物騒だよねぇ。ここ以外の村のスパイとかが発電所の魔石を盗みに来たりするし」

「あ、よかった。ここ以外にも人が集まってるところがあるんだね」

「うん。私の知ってる範囲だと8つかな? 規模は皆同じぐらいだと思う」

「なるほどね……あ、ここに来るまでに倒したモンスターの魔石って使う?」


 大量に倒してきたから数十万個はあるだろう。

 今でも魔石はライフラインとして必要不可欠になっているのが分かる。

 どれだけあっても困ることはないだろう。もう少し魔石を扱う加工技術が上がれば技能の効果を増幅させたりするのに使えたりすることができるようになるはずだ。

 問題は生きていくことすら難しいと感じるようなこの環境でどうやって技術を育むか、か……。

 

「使わないなら欲しいかなぁ。昨日攻めて来たモンスターの魔石もあるから当分は大丈夫だけど」

「わかった。必要になったら言ってね」


 これから何をするか……ここまで荒廃していなければ沙耶たちと普通に暮らそうかと思っていたのだけれども。

 娯楽も無い先が見えない現状じゃあ必ずどこかで良くない何かが起きる。

 

「とりあえず私は周囲のモンスターを殲滅しつつ、ダンジョンを見つけたら攻略して発生源を潰す。でいいかな?」

「うん……自由に動ける戦力がお姉ちゃんとカレンさんしかいないから悪いけど……」

「大丈夫だよ。人を纏めるのは苦手だし、戦うだけなら得意分野だ」


 カレンの方を見ると鼻息を荒くして頷いている。

 食事も摂ったし一仕事といこうかな。

 

 先ほどからこっちの方向を見ている異質な魔力の元へと向かおう。

 カレンも感じているようで方角を指して向かうことを指で合図すると小さく頷いた。

 私たちが向かっているのに気が付いたのか魔力が動き出した。

 ――残念だが、遅い。

 

「私は先回りするからカレンはそのまま追いかけて」

「ん。了解」


 全力で地面を蹴って追い抜く。

 剣を構えて姿が見えるまで待つ。抜かされたことに気が付いていないのかそのまま出て来た。


「なっ、何で前に!?」

「……日本語? 人間……かな?」


 全身を映画などで見かける機械で出来たスーツに身を包んだ者が確かに日本語を発した。

 魔族なら足の1本や2本斬って動けなくして話を聞こうと思ったんだけど……多分人間だろう。

 カレンも追い付いて挟まれた逃げていた者は両手を上に挙げて話し始めた。

 

「降参。まさか、私を追い抜くような力を持つ者が日本に残っているなんて思いもしなかったわ」

「……日本にってことは、海外の人?」

「所属は明かせないけど、そうね。このパワードスーツには翻訳機能も付いているの」


 随分と近未来的なものだ。

 じっと見続けていると向こうが私を指差した。

 

「あ、貴女、『銀の聖女』ね? 昔のメディアの記事と一致したわ。失踪したと聞いたけど、生きていたのね」

「つい最近戻ってきたんだよ。色々とあってね」


 素性の知れない者に細かく説明する必要はないだろう。

 適当にお茶を濁しておこう。


「私の名前はクリス。偽名だけどそう呼んでちょうだい」

「そう。クリスさんは、何で私たちの拠点を監視してたの?」

「……答えないと駄目かしら?」

「拒否権は無いよ。両手足とお別れしたくなければ答えた方がいい」


 殺気を込めて脅す。

 本気でそうする気はないけれど、返答次第では致し方ない。

 魔界に居た期間で割と物騒な考えに浸ってしまっているのかもしれないなぁ。

 乾いた笑いを零して私の問いに答えてくれた。

 

「上からの命令よ。日本の生存者が暮らしている拠点を監視しろってね」

「何のために?」

「私たちの国が得をするように。強ければ同盟を、弱ければ支援を餌に労働力として飼い殺すのよ」


 ……それだけではないような気もするけど、どうするべきだろうか。

 この荒廃した世界で他人を支援できるような力のある国だ。ここで始末して全面戦争とかになったら面倒だ。

 一度拠点に戻って沙耶たちに意見を仰ぐとしよう。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る