努力だけで剣聖と呼ばれた男は過去に戻り『全知』スキルと共に再び頂きを目指す
鬼田野
1章
1話--回帰と転性--
ダンジョンと呼ばれる別世界のモノが現れてから45年が経った。
世界の至る所に出現したダンジョンは大量の資源に満ちていたがダンジョン内には宝や資源を守るために大量の異形の生物――モンスターが存在していた。
ダンジョンが現れると人々は特殊な能力――【スキル】に目覚め始めた。
戦闘系の【スキル】を得た人々はモンスターを狩る者……『ハンター』と呼ばれるようになり、モンスターを倒して得た素材を売って生計を立てるようになっていった。
当時二十歳だった私は戦闘系最低限クラスと言われていた【剣術】のスキルに覚醒したことでハンターになる資格を得ることができた。
覚醒したスキルは頭で念じるとスキルの詳細を思い浮かべることができるようだった。
試しに今、思い浮かべてみよう。
スキル名:【剣術】
効果:剣を装備時、攻撃力が+100。素早さが+20上昇する。
そして、世界の在り方が変わったのか自身の能力値が分かるようになった。
それも同様に念じれば思い浮かんでくる。
個体:橘アキラ Lv.420
種族:人族
性別:男
【能力値】
攻撃力:2000(+100)
素早さ:800(+20)
防御力:40
所有スキル
【剣術】
我ながら寂しい能力値だ。 スキルは1つしか無いし、防御力に至って強力なモンスターの攻撃を前にしては紙に等しい。
非凡な者は3つや4つスキルを覚醒すると風のうわさで耳にした。
どうやらモンスターを倒すとレベルが上がり、所有スキルに応じて能力値が自動で上がる仕組みのようだった。
家族を失い死に場所を探していた私は最前線でモンスターと戦い続けていたら人々からは『剣聖』や『剣鬼』などと呼ばれるまでに至っていた。
今年で65歳になるが能力に覚醒した者は肉体の老化が遅くなり、見た目では30後半ぐらいに見えているだろう。
人類最強と声高々に言われている『勇者』という者のレベルが250。攻撃力は何も装備していない状態で600だそうだ。
勇者の存在は人類にとって希望であり、その象徴だ。
それを上回る者がいる……ということだけで良からぬことを企んだりする者が現れることを懸念して私は能力値を公開しなかった。
ある時、勇者の方から共にダンジョンを攻略しよう。と提案され、無下にすることもできず私はそれを承諾した。
私にも仲間と呼ばれる者たちは居たが皆、モンスターとの戦いで亡くなってしまい20年近くは一人でダンジョンに潜っていた。
久しぶりの仲間と呼ぶに相応しい正義感に溢れたパーティーだった。私は人当たりの良い勇者の仲間たちに気を許していた。
――今、思えばそこが間違いだったのだろう。
高難易度のダンジョンの攻略中の食事の時に毒が混入していた……。手足が痺れ始めてから気がつくほど無味で無臭の毒であった。
何かがおかしい。と食事当番だった勇者に問い詰めたところ、勇者は舌打ちをして私に向かって剣を抜いた。
「ちっ、ヒュドラの麻痺毒だってのによ……黙ってくたばっていればいいものの……」
心底面倒そうに勇者は私に言い放った。剣を抜くということが意味するのは"敵対"だ。
勇者と他のパーティーメンバーは明らかに私に対して敵意を孕んだ視線を向けていた。
毒が回って声も出せなくなり、呼吸が浅くなっていく。手足の感覚も次第に薄れていった。
まともに動けない私の必死の抵抗は空しく終わり、勇者に手足の腱を切り落とされ、モンスターの巣窟に投げ込まれた。
辛うじて頭だけを動かして上を見た。私の目に映った光景は勇者とその仲間は私を嗤って、眺めている姿だった。
――まるで、見世物のように。
そこで理解した。理解してしまった。勇者より強い者や実力が近い者の名が聞こえてこないことに。
勇者たちは摘んでいたのだ。自分たちより強い者、近い実力の者を私のように罠に嵌めて。
生きたままモンスターに足を食われ、腹を裂かれ私という存在が放った声にならぬ慟哭は頭を踏み砕かれて消え去った。
あぁ、願わくば下卑た同族殺しの勇者に復讐の機会を――。
――――――その願い、叶えてやろう――――――
開くはずのない目が開いた。アレは……夢だったのだろうか?
飛び込んできた景色は見慣れた天井のように見える。
私が45年間暮らし続けたアパートの天井はこれほどまでにキレイではない……まるで新築のようだ。
ベッドから起き上がり、周囲を見回すとやけに物が少ない。
いつでも取り出せるようにとベッドの横に置いていた長年愛用している剣も無い。
唐突に地震が起きて絨毯にぶちまけたカレーうどんのシミも消えている。
「何があったんだ……?」
声が、上ずったのだろうか。
自分から発せられたとは思えないほど高い声であった。顔でも洗うか、と洗面台に向かう意思を捻り出す。
のそり、と気だるげに立ち上がる。やっとの思いで洗面台にたどり着き、顔を洗う。
顔を拭いて鏡を見るとそこには――見知らぬ女が居た。
「何者だッッ!!!」
長い年月を経て体――いや、魂にすら染みついているだろう抜剣の動き。
腰に下げている鞘を掴み剣を――しまった!! 剣が無い!
刺客を前にし何という体たらくだ!! 下唇をぎりり、と噛み締める。
恐る恐る正面を見ると私と同じく抜剣しようと固まっている女が鏡に写っていた。
「まさか――これは私なのか……?」
『【全知】構築完了しました。疑問に答えます』
無機質な声が私の頭に響き渡る。
疑問……? この、鏡に写っているのが私であるかという疑問だろうか。
『是。現在より45年後の時間軸にて個体名【橘アキラ】はジェネラルオークに踏み潰され絶命しています』
「……45年後の時間軸。つまりここは過去なのか?」
『是。我が創造主があなたを気に入っていました』
「創造主、とは?」
『――該当世界線での通称を学習。神と呼ばれる存在たちです』
「神……だと……?」
実在していたのか。神が。
私に【剣術】のスキルしか与えてくれなかった神が。
幾度もの死地で何一つ加護を与えてくれなかった神が。
――存在しているのか。
『是。あなたの死後、あなたの存在が迷宮――ダンジョンに取り込まれる前に神があなたの存在を回収し再構築、過去の時間軸へ送りました』
「ほう。それは非常に有難い事だが……何故女子の肉体になっている?」
『再構築の際に生殖器の使用歴を確認。子孫繁栄行動が行われていないことを鑑みて神が不要と判断し、男性体ではなく女性体での再構築が実行されました』
「……確かに私はダンジョンに入り浸っていて男女の関係など皆無であった。皆無であったが……何故、女体なのだ!!!!」
『子孫繁栄行動が行われていないため神が不要と判断しました』
二回も言わないで結構だ……。
自身で慰めることは時折あった。使っていないと言われれば使っていなかった。確かに世間一般で言えば童貞と呼ばれる部類だろう。
しかし! 無くなると言えば話は別だ! 六十数年間寄り添った息子はそこにはいない。
私は亡き息子を想起した――あぁ、本当に申し訳ない。お前を……使ってやれなかった。
……年を取ると感情の流れが緩やかになってしまう。今、自分の身に起きていることではあるのに何処か他人事かのように感じてしまっている次第だ。
本来であれば驚嘆して恥じらい、男子らしく女体の何たるかを探求するのだろうが……。
改めて鏡を見て自身の姿を確認する。
腰ぐらいまである銀色の髪に、翡翠色の瞳。
キレイに整っている顔立ちだが幼い印象だ。
胸は慎ましくはなく、膨らんで主張をしていて凹凸がはっきりと体のラインに表れていた。
顔の見た目からして……15,6歳だろうか。
『人族換算の年齢は20歳です』
「そうか、45年前の私は二十歳だな」
この見た目で20歳なのか。少女、と言ってもまかり通るだろう。
待て……20歳だと? 私は洗面台から離れ、カレンダーを見る。
過ぎた日にはバツ印を付けてあるため日付はすぐに分かった。
「統一歴2030年、7月23日……」
『この世界で初めてダンジョンが確認される日付は同年同月の25日です』
助かる。つまり、だ。
あと2日後に世界で初めてのダンジョンが確認される。そこからモンスターが溢れてくるまで10日。
合計で12日間は余裕がある、が……言い換えると12日しかない。
ハンターへ覚醒するにはダンジョンの中に入るかダンジョンの魔力を纏っているものに触れることで覚醒できる。
覚醒すると脳内に自身の能力値が浮かんできて【スキル】の有無を確認することができるようになる。
現状の能力値を見ることのできない現状ではやれることが――。
個体:橘アキラ Lv.1
種族:人族
性別:女
【能力値】
攻撃力:208
素早さ:85
防御力:4
所有スキル
【全知】、【剣術】
能力値が見れるだと……?
それに初期値にしては能力値が異様に高くないか……?
確か私が覚醒した当初は全て1桁だったような記憶がある。
『疑問に回答します。再構築の際に能力値の1割を現状の能力値に加算しました。また、再構築の際に覚醒は済んでいるため能力値の確認が可能となっております』
なるほど。それは僥倖だ。覚醒していない状況でモンスターを倒してもレベルは上がらないし、能力値が加算されているのも助かる。
200の攻撃力……。これがどの程度の力か分かりやすく説明すると、石を握って砂にできる。
軽く握るだけで覚醒していない人の骨が砕けるほどだ。
攻撃力が高いと日常生活で不便ではないか? と最初は思っていたのだが、この力は私が明確に"攻撃する"と意思をもたないと発揮されないようになっている。
ただ、初期値が高かろうと私には……戦うためのスキルが剣術しかない。
やれることは回帰する前と同じか、と肩を落とす。
『回答します。覚醒後にスキルを取得する方法は存在します』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます