35話--決意と魔族--
私がダンジョンに入ってから十数分しか経っていないことに出てから気が付いた。
沙耶たちに休んでおいて、と言ったのに十数分で次に行けば嫌でも気を遣わせてしまうだろう。現在地の近くには他に4つダンジョンが出現しているのでそこを攻略してから車に戻ろう。
【神速】を使って次のダンジョンへと走って向かうとしようか。
特に何事もなく4つのダンジョンの攻略が終わり、車の方へと歩いていた。
収穫としては【魔法】スキルの技能書で【水弾】と【土槍】が手に入った。後で沙耶に覚えてもらう。
他の技能書は私たちでは使えない【槍術】と【盾術】のスキルの技能書だったので対策本部に押し付けてきた。
アイテム袋に入りきらなかったため、左手に三冊の技能書を抱えている感じだ。
「戻ったよー」
車のドアを開けて戻ってきたことを伝えると沙耶が涙目で私を見ていた。
七海と小森ちゃんも心なしか落ち込んでいるように見える。
「お姉ちゃん、私たち、強くなりたい。どうすればお姉ちゃんについていけるの……?」
堰を切ったように沙耶の目から涙が零れた。気を遣ったつもりが追い詰めてしまっていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
どうすればいいか。と聞かれても沙耶たちと私で何か違うことをしている訳ではないんだけど――。
「あ、魔力増加法って教えたっけ?」
「ぞうかほう? 教えてもらってないよ」
これだ。魔力増加法に慣れるまでは呼吸で魔力を取り入れるため心肺機能の強化もされる。体力の差は間違いなくコレだろう。
3人に魔力が感じ取れるかを聞いて3人とも頷いた。
「めいっぱい深呼吸するつもりで一緒に魔力も取り入れると体力も魔力もつくよ」
「最近お姉ちゃんが家で瞑想してるのはソレ……?」
「そうだね。最初は死んだ方がマシだって思えるぐらいの激痛が全身に走るから教えてもやりたくないだろうなって思って教えてなかったや」
回帰前の私は舐めてかかって泡吹いて気絶したからね……。
隊列を他の人と組んだ時には盛り上がる話の一つだ。中には失禁して泣きながら後始末をした人も居た。
念入りに覚悟するように伝える。本気で強くなりたいって思っているなら、やらないと見えないところで差がつくから早いうちからやっておくに越したことはない。
「どのぐらい痛いんっすか……?」
「今まで感じた痛みが可愛いものだって思えるぐらいには痛いよ。でも、安心して……死ぬことはないから」
笑ってそう伝える。車内の空気が凍り付いた気がした。
七海の頬が引き攣っている。何か間違ったことを言ったのだろうか……?
「私、やってみる。やらないと無力感でどうにかなっちゃいそう……」
「うちもやるっす!」
「わたしも……」
3人ともやるそうだ。後部座席を倒して横になってもらおう。
次のダンジョンに向かうべく車を発進させる。
少しすると沙耶の「せーのっ」の声がした後、呻き声と息が詰まるような声が車中に木霊した。
数分、車を走らせていると後ろが静かになった。信号で止まったので後部座席を見ると3人ともぐったりとしていた。
呼吸はしているようなので大丈夫そうだ。痛みで気絶しただけだろう。そこから数分車を走らせると次のダンジョンの近くの駐車場に着いた。
誰か起きるまで待つか、と思った矢先に小森ちゃんが起き上がった。
「お、一番乗りじゃん」
「橘さん……すごかったです……胸がきゅう、と痛くなって波のように激痛が全身に広がって……魔力を取り込むのが止めれなくって、どんどんと痛くなって……急に全身の力が抜けて気が付いたら今でした……」
「すごい鮮明に覚えてるね……」
小森ちゃんが初めての魔力増加法の感想を述べてくれた。
本当に死ぬかと思いました。と頬を掻いて小森ちゃんが言った。皆で一斉にやって正解だと思う。
誰かが苦しむ様を見ると絶対にやる気がなくなるから……。
「でも、分かります。さっきのをやる前より魔力の感じ方が違うことが……」
「おめでとう。これをちゃんと毎日続けると痛みもなくなるし、体も整うし……いいこと尽くしだよ」
沙耶と七海が起きるのを見守っておいて、と小森ちゃんに言って私は車を後にした。
本部の人に許可証を見せてゲートの前に行く。
……このゲート、大きいな。私より1mはある。
気を引き締めてから触れてダンジョンに入ると草原が見えた瞬間――数十本の矢が飛んできた。
小さく舌打ちをして矢を全て斬って落とす。私の足元には囚人服であろう服を着た死体が転がっていた。
無数の矢が突き刺さっており入った瞬間、私と同じように矢に撃たれたのだろう。
飛んでくる矢が止み、飛んできた方向を見ると黒い体表で白黒反転した瞳、長い耳と白い髪が特徴であるダークエルフがゲートを囲むようにして立っていた。
ダークエルフは縄張り意識が強く、ダンジョンに入ったものは容赦せずに殺すことで知られているモンスターだ。強すぎる縄張り意識のせいで溢れ出ても自らゲートに入って帰っていく習性があり、ダンジョン内でしかお目に掛かれないモンスター……のはずだ。
「ダークエルフが最初に確認されたのってもっと先のはずなんだけどなぁ」
問題は時期である。回帰前はダンジョンができ始めてから10年が経ったくらいに名前を聞き始めたくらいだった。
それがこんな序盤から居るのは想定外だ。
想定外ではあるが……今の私ならば不足はない。剣を構えて一番近いダークエルフへと駆ける。
「マッテ、人族ノ娘」
声が、聞こえた。後ろからだ。
【神速】を使って目の前のダークエルフの首を撥ねて声の主から距離を取る。
そこにはダークエルフと似たような肌の色をしている。私より背は一回り小さく小悪魔のような尾がある。耳は長くなく、髪も青で瞳が赤色の――。
「……魔族?」
「私ヲ見テ一目デ魔族ト分カル……ソウカ、貴女ガ……」
対峙している少女の魔族は私を上から下へと舐めるように見てそう言った。
片言ではあるけれど前に会った魔族よりは話が通じるのか……?
魔族の少女は剣を構えている私に対して全く敵意や殺意を感じさせていない。相当な力を持ってるのか……?
一挙手一投足を見逃さぬように全力で集中する。前回会った魔族より底が見えないのがさらに警戒度を高めた。
「ソウ警戒シナイデイイ。ワタ……私は、戦う気ない」
「急に饒舌になるのか……そう、悪いけどその言葉は信用できない」
「ん。これは、"
魔族の少女はゲートの入り口を指さして言った。
相変わらず、魔族は何をしたいのかが分からない。このダンジョンがテスト?
「む、まだ信用してない? 戦わないと信じてくれないタイプ? でも、それもありかも。貴女、とてもいい匂い」
すぅ、と首筋が寒くなった。瞬時に振り向きながら剣を振った。
金属音と共に剣が止まり、魔族の少女が無表情のまま短剣で防いでいた。
「お、すごい。これに反応する、流石。殺す気は、ない。でも……ちょっと味見したい」
目で追いきれないほどの速度で魔族の少女が切りかかってきた。【神速】を使って応戦する。
武器の長さの差か、魔族の少女の方が手数が多く防ぎきれず服を掠る斬撃が増えてきた。
このままじゃジリ貧だ。
左肩に短剣が当たった。幸い切り傷程度で、少し血が滲んでいた。毒が塗られている可能性があるので距離を取ってアイテム袋から解毒薬を取り出して飲み込んだ。
「追撃してこない……?」
魔族の少女はその場で短剣を眺めており、私に追撃をすることなく佇んでいた。
普通なら追撃をして、解毒薬なんて飲ませる隙を与えるはずなんてしないはず……。
「ん。もう、いい? 私、戦うつもりない……そうだ。ね、自己紹介しよう? 私は、カレン・アート・ザレンツァ。カレンって呼んで?」
「……橘アキラ。好きに呼ぶといいよ」
その場で回りながら急に自己紹介を始める魔族の少女――カレン。先ほどの強烈な殺気を除けば見た目相応の少女を見ているようであった。
私が名前を言うとピタリと止まって頬に手を当てた。
「ん。アキラ……じゃあ、あーちゃん。もう、時間だから……追い出すね? また、ね。"
カレンがそう言うとダンジョンをクリアした時のような感覚に襲われた。瞬きをした後にはゲートの前に立っていた。
少しするとゲートが消え、目の前からダンジョン特有の魔力反応が消えて本当にダンジョンが消失していた。
「本当に、何なんだ……魔族は何がしたいんだ?」
草原に少女が1人立っていた。
無表情の少女は短剣に付着した……先ほど対峙した人族の少女の血を指で掬った。
その指を自身の口に運び目を大きく見開いた。
「ん……あぁっ、おいしい」
指先を名残惜しそうに眺める少女は大の字に寝転がって空を仰ぐ。
少し綻んだ口元を手で押さえて少女は言った。
「次は、いつ会えるかな……あーちゃん」
とても小さく、蚊の鳴くような小さな声は草原に吹く風の音によってかき消された。
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