66話--闇竜--


 カレンが向かった方で戦闘が始まったのを肌で感じた。

 高い密度の魔力が私たちの居る方まで届いている。

 わざわざ離れたということはカレンなりに何か考えていることがあるのだろう。

 私たちは私たちの仕事をしよう。闇竜に絶え間なく攻撃を当てている沙耶と七海。どちらかにヘイトが向きそうになったら私が剣を投げて【竜の威圧】を当てて挑発する。

 案外知性が残っているみたいで、馬鹿にされているということは理解しているようだ。

 闇竜が息吹を吐こうとした瞬間、体が傾いた。

 沙耶と七海の渾身の一撃が命中して闇竜が地に落ちた。


「よくやった! 距離を保ちつつ後方に下がって! 後は――私がやる」


 魔力の残量が尽きかけている3人を下がらせて地に落ちた闇竜へと駆けた。

 翼に魔力が集中している。治して再度飛ぶ気だな!?

 

「させるかっ!!」


 【八剣】の1本を投げて回復の妨害をする。投げすぎたせいで【八剣】が残り2本しかない。多分再度唱えれば出てくるだろう。

 闇竜が飛べないように翼の根元に斬りかかる。固い音がして剣が弾かれた。

 ――想像以上の強度だ。

 斬りつけた場所を見ると小さな傷ができているのが分かった。

 

「傷が付くなら斬れるね。さあ、何回で斬れるかな?」


 闇竜の攻撃を防いだり逸らしたりしながら同じ場所を寸分の狂いもなく同じ角度で幾度も斬りつける。

 攻撃を防いでいるときは2本の【八剣】が、【八剣】に気を取られているときは私が。数十、数百、数千と斬りつけて万に差しかかろうとした頃――その時が来た。

 剣が弾かれることなく一閃した。

 闇竜の左翼が地面に落ちる。大気を揺るがす咆哮がダンジョンに響き渡った。

 片翼が無くなったことで闇竜はもう飛ぶことはできない。

 尾での薙ぎ払いを剣で受け流して懐に潜る。胴体には肉がまだ残っており骨に沿って剣を中に突き刺すと硬いものに当たった。

 

「胸の中心……魔石か!」


 ゾンビ化した状態の闇竜は生きている判定なのだろうか? 可能なら魔石を手に入れて食べることができれば……。

 

『回答します。現在、闇竜は生体としての活動は停止していますが魔石からの魔力信号が脳へ通達されて動いています』

「……うん? 結局死んでいるのか?」

『生きています。操っていた魔族の死が原典に登録されていますので殺せば死ぬでしょう』


 なるほど。つまりカレンは勝ったんだな。

 先ほどから感じてたヤバそうな魔力はカレンのモノだったか。今はもう感じないけど。

 じゃあ早く帰るためにも終わらせないとね。

 魔脈を全開に。そして――意識的に魔石から魔力を引き出す。

 今までは無意識に魔力を使っていたんだけど、魔石からの流れを意識すると魔力の質のようなものが違うのが分かった。

 憶測でしかないが私の【竜の心臓ドラゴンハート】に含まれている古代竜の魔力……なのだろう。

 その魔力を使って魔脈に循環させて地を蹴った。瞬きする間も無く闇竜へ肉薄する。

 残像すら残らない幾万の斬撃は闇竜の頭が消失してから音が響いた。

 

『完全討伐報酬を挑戦者たちに送ります』


 闇竜が倒れると同時に攻略完了のアナウンスが聞こえた。この闇竜がゾンビじゃなかったら、こんなに楽に倒せていないだろう。ちゃんと生きていれば知性があり人間より狡猾に攻撃してくる。

 ブレスを囮に魔法を展開したり、物理攻撃だって単調なものではなくフェイントを織り交ぜてくるはずだ。古代竜がそうであったように――。

 既に倒してしまったものに思いを馳せても虚しいだけだ。後ろを振り返ると少し離れた場所で3人がハイタッチしているのが分かった。私はそこに混ざることなく闇竜の胸の中心部を開いて魔石を取り出した。


「……くっさぁ」


 腐敗した肉の匂いが魔石に染みついている。

 口元に持っていこうとしたが吐き気を催した。アイテム袋に入れている除菌シートで拭いてからにしよう。

 少しはマシになったので雑念を捨てて口に当てて流し込んだ。

 体の内側から魔力が溢れ出そうになるのが分かった。無秩序に外に出ようとする魔力を循環させて魔石へを格納していく。

 大粒の汗が額から落ちた。沙耶たちに気づかれないように魔力を漏らさずに歩く。

 歩いているうちに徐々に楽になっていったが――瓦礫に躓いてしまった。魔力の制御に手一杯で足元の確認を怠ったか……。

 このまま顔面を強打することは甘んじて受け入れよう――と思っていたが一向に地面に衝突しない。

 

「あーちゃん、大丈夫?」

「あぁ、カレン。ありがとう、大丈夫だよ」


 倒れそうな私をカレンが支えてくれた。

 カレンの服は至る所が破けており戦闘の激しさを物語っているようだった。


「手こずったんだね、服がボロボロじゃん」

「ん。この服の破れは封印を解除した時に破けた。翼出したり、棘生えたりした」

「そうなんだ……その姿見てみたかったな」


 戦いで破れた訳ではないそうだ。

 よく見れば怪我など一切ない。流石カレンだね。

 そのまま肩を貸してもらって沙耶たちと合流した。

 

『スキル名:【闇】を取得しました』

『スキル名:【器】を生成しました。スキル名:【闇】は【器】に格納されます』


 魔石の吸収が終わったのか暴れていた魔力も収まってスキルも獲得できた。

 よくわからないスキルも獲得……いや、今確かに生成って聞こえたぞ……?

 心の中で【全知】に聞こうとしても何も応答がない。

 

『叡智の神が時を待てと言っています』

『愛の神が反応してほしそうに貴女を見ています』


 ふむ、叡智の神は何でも知っているんだな……そう言っているんなら深く考えなくていいだろう。

 沙耶に闇竜の肉を燃やして骨だけにしよう。と言うとカレンが反応した。

 

「あーちゃん……闇竜はどうするつもり……?」

「肉を燃やして骨だけにして骨を持って帰って武器や防具の素材として使おうかなって思ってたけど……」

「可能なら、やめてほしい。お父さんに言って、亡骸だけでも国に……」


 闇竜に近づきながらカレンと話す。

 触れられる距離まで近づくとカレンが目を見開いた。

 

「魔石が、ない!?」

「あっ……もしかして魔石ないとマズい……?」

「ん! 竜の魔石は、どんな時でも1つ。世界に、危機が訪れた時に4つの元素の竜と2対の竜が古代竜にその身を捧げて、古代竜が世界を救う……」


 顎に手を置いてカレンはブツブツと考え始めた。

 ……何も気にしないで魔石を食べてしまったんだけど、結構大変なことをやらかしたのかもしれない。

 心臓が早鐘のように鳴り、口の中の血の気が引いていく。

 

「あのね、カレン……」

「あーちゃん、話はあとで。闇竜の魔石が無い……何者かが持ち去った? いや、でも……未だに顕現しない古代竜とも関係が……?」

「その、魔石の事の話なんだ」

「何か知ってるの? あーちゃんから古代竜の力を感じるのと繋がりが?」

「すっごい言いにくいんだけど……食べちゃったの。魔石……」

「へっ?」


 ダンジョン内が――静寂に包まれた。

 

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