第98話 2文字の言葉

「わたし、なにかイヤな事言ってしまったかしら?」


 俺の顔を見て、クー・クラインが言う。真っすぐな金髪、琥珀色の瞳の美しい少女。こんなキレイな女の子を男と本気で信じてたなんて、前までの俺、やっぱりどうかしてたのだ。


 俺と彼女は朝食の時間を利用してルピナスの作業場で話していた。古い小型魔法炉があって、材料らしき鉱石、その他雑多な物が置いてある。

 クーは弟セタントの振りをしていて、以前鉱山では彼女は男の振りを続けると言っていた。たとえ俺やルピナスしかいない場所でも、女性の口調で話していれば誰かに聞かれてしまうかもしれない。

 だから、最初少年の口調で話していたのだけど、気が付けば彼女は女性の口調になっていたし、話し声も澄んで高く美しい。

 

 俺は本来セタントとしての彼女と会話するのに慣れていて、女性としての彼女と話した事はほとんど無いハズなのだけど、何も気にせず話していた。彼女もごく普通に話すし、何故だか昔からのトモダチみたいにナチュラルに会話が流れる。


 考えてみれば、クーと呼び捨てにするのはどうなんだろう。クーさんと呼ぶべきかな?

 セタントの事だってくん付けにはしていなかったけど……女性だし。それって男女差別かな。社会人としての礼儀で考えれば、年下だろうが男だろうが女だろうがさん付けにするべき。

 だけどなー。この鉱山でそんなマネしてる人間はいない。郷に入れば郷に従え。クーだって俺の事はイズモと呼び捨てにしている。


 クーは今心配そうな表情を浮かべている。俺がしばらく考え込むような素振りを見せていたので、心配になったらしい。


「いや、そんな事は無い。

 無いんだけど……その……

 俺はカンペキなんかじゃ無いよ。

 この世界の事を良く知らなくて、いつも呆れられてるだろう」

「そう……だったわね。

 クスッ。

 でもイズモ、全然自分が知らないコトなんて気にしないじゃない。

 しらなくてトーゼンみたいな態度で。

 ビックリしたのよ。

 まさかクライン家の事を知らない人が居るなんて……」


 クーが楽しそうに笑うので、俺も一緒に笑ってしまう。なんだか、さん付けとか下らない事を考えていたのがバカみたいだ。自然にしてればいいだけなんだ。

 彼女は俺をイズモと呼ぶ。俺は他に人が居る時はセタント、誰も居なければクーと呼べば良い。


 …………………………あれ……

 俺たち、お互いに名前を呼び捨てにしているっ?!

 年頃の男女が…………下の名前で……

 いや、よく考えたら俺はイズモと呼ばれているから、苗字だ。

 いやいやいやいやいやーっ、俺はイズモ・ハタラクと名乗った。彼女はクー・クライン。クライン家の娘クー。クーがファーストネーム、彼女の個人名。クラインがファミリーネーム、実家の名前。その法則を当てはめれば、イズモが個人名、ハタラクが家の名前。つまるところ……やはり俺とクーはお互い個人名で呼び合っている。

 すなわち……それってば……ステディな間柄を予想させちゃったりなんかして……

 

 違う!

 それは日本に於ける年頃の男女の関係性。多分、国際的に見れば17歳の男女がファーストネームで呼び合う事にそこまで微妙でトキメク意味は無い。無い……のかな。多分無さそうな気もするかな。

 海外の事なんか知らねーよ。

 この世界は多分、海外以上に日本と常識が違う。ここにおけるその辺の雰囲気はどうなっているのか。


「どうしたの?

 なんだか赤くなったり青くなったりしてるわ」

「あー、……その」


 彼女が俺に近づいてくる。

 何かが俺の頬に触れて、見るとそれは彼女の白くて長い指先で。


「風邪でも引いたの?

 昨日、わたしはルピナスの部屋にに泊めて貰って。

 あの作業員の宿舎はやっぱりひどいわよね。

 …………スキマ風は入って来るし、もう冬だってのに暖炉も無いなんて信じられない。

 わたしは、ホラ二人だったからそんなに寒く無かったけど……

 昨日はアナタ一人だったんでしょう。

 寒かったんじゃない?」

「寒いのなんて気にならなかった。

 辛かったのはキミがいなかった事だ」


 その言葉はポロリと俺の喉から出ていて。その言葉の意味をまだ俺は理解してなくて。だけどクーの瞳が見開かれて。手がピクンと反応して。その反応で言葉の意味が俺の脳にやっと届く。


「辛かったの……なぜ?」


 その質問はもう俺が答えるべき言葉を分かっていて。何を言うべきか、俺の脳にはテレパシーの様に伝わって。


「俺はクーが隣にいて欲しい。

 キミがいないとそれだけで淋しい」


 普段の俺なら言えない言葉。なのだけど、クーの瞳が言わなきゃいけないと告げていて。


「なぜ……わたしがいないと淋しいの?」


 そしてクーがさらに言葉を促していて、それは2文字の言葉を俺に言わせようとしていて、その2つの文字が何なのかも俺には分かっていて。

 俺の喉からは今すぐ『す』と言う言葉と『き』と言う言葉が零れそうになっていて。


 だけど、一瞬俺の唇は開くのをギリギリ踏みとどまっていて。


 そのタイミングを狙っていたみたいに扉が開いた。


「遅くなって悪かったな。

 朝食持ってきたぞ。

 ……あれイズモ来てたのか?」


 ルピナスが部屋に入って来たのであった。

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