第24話 坑道のアゴクイ

 黒い犬が大男の監視官を押し倒している。

 犬は俺の見た処、ドーベルマンに近い犬種。しかし牙が大きく顎から突き出て、もう少し凄みが効いている。

 牙を間近で見せつけられる男は生きた心地がしないのだろう。哀れな声を上げる。 


「やめろ、止めてくれ。

 おい、助けてくれよ。

 頼む、なぁってば」


 他の監視官に救いを求める大男。監視どもはチラリとフェルガ副所長を窺っている。


「騒がしい、静かにしろ!

 騒がしくすると興奮してアンドリューが貴様の首に噛みつくかもしれんぞ」


 フェルガと呼ばれた女性は表情も変えずに言い放った。

 大男はその言葉でピタリと黙った。


 おっそろしいねぇ。

 犬をけしかけた女性。監視官の制服に身を包んでいるが、体形は女性らしいフォルム。ピッタリした服なので胸が膨らんでいるのがハッキリ分かる。スカートはスリットの入った物、スリットからチラリと太ももが見えなんだかセクシーではある。

 しかし、魅力的な女性と見惚れるにはどうも物騒な雰囲気を身に纏っている。

 自分の飼い犬が男を押し倒し、男は息も絶え絶えと言った風情なのに。そちらを見ようともしない。



「キミがセタント・クラインか。

 逢うのは初めてだったかな。

 この鉱山労働所の副所長を務める、フェルガ・マクライヒだ」

「はい。

 正式にご挨拶するのは初めてですが、お顔は存じ上げております。

 マクライヒ家のフェルガ様」


 監視達の間に少し緊張した空気が流れる。

 この鉱山では労働者に番号が振られる。それ以降本来の名前で呼ぶのは禁止。番号以外で呼び合っているのを見かけたら容赦なく殴られる。そうヒンデル老人から俺は聞いている。

 その決まりをフェルガは気にもせず破っている。


「フ、フフフフ。

 驚いたな、本当にクー・クラインとそっくりだ。

 弟と聞いていなかったら、本人だと思うところだ。

 姉のクーは元気なのかな?」

「恐れ入ります。

 よく似た姉弟とみんなに言われますので」


 どうやらセタントとフェルガ副所長は旧知の仲らしい。しかし金髪の子の表情は知人との再会を喜ぶ顔では無い。むしろ緊張した面持ち。

 

「姉は……ご存じかと思いますが重い病気で外出する事が出来ません」

「ククッ、そうだったね。

 知らせは聞いていたんだが、忘れていたよ。

 私の方もね。

 せっかく軍人となれたと言うのに、こんな場所の副所長を拝命してしまって忙しかったんだ」


「お噂は来ております。

 コナータとの戦で活躍されたと、流石です」

「クククク。

 皮肉は止めて欲しいね。

 顛末も知っているんだろう」


「………………」

「あの役立たずの将軍の命令なんか聞いていられるか。

 私の判断で軍を動かしてね。

 勝ったってのに、命令違反だとさ。

 挙句、こんな所に左遷だよ」


 セタントは答えず、ただ頭を下げている。

 俺にはこの国の戦争も軍の命令系統も良く分からないが。確かになんともコメントをし辛い状況だ。


「なぁ、セタント君。

 今のキミは貴族じゃない。

 鉱山送りになった受刑者だ。

 その受刑者を副所長の私が助けてやったんだぞ。

 礼の一つくらい言いな」

「はっ、失礼しました。

 …………

 フェルガ副所長、ありがとうございます」


 セタントが少し迷った様子だったが、結局頭を下げた。手をキッチリ横に着け頭を90度下げる。丁寧な直角礼。最高クラスの礼を表す姿勢。


「クッククク。

 賢い良い子だね。

 どうかな。

 セタント君、キミ私の小姓になるかい?」

「はっ?

 小姓と言いますと……」


「鈍いね、愛人にならないかと言ってるのさ」

「なっ?!」


 愛人?!

 愛人て、あの愛人? セフレとかその類いのアレ。お金持ちが若い娘を囲っちゃったりして、お手当と称してお金あげたりして。その分えっちい事を好き勝手にしちゃう。みたいな、あの愛人!

 セタントは目をシロクロさせている。俺だって驚いてるし、俺より若い子に愛人て言葉は毒だよな。


「ここの労働者には若い女がいないのに気づいたかい。

 若い女の収容者が来るとね。

 この監視官どもが、監視棟の掃除やら炊事をさせるとかなんとか理由を着けて、愛人にしちまうのさ。

 監視官にそんなマネが許されてるんだ。

 私だって美少年の愛人を一人くらい作っていいだろう」


 そう言って、フェルガ副所長は手を伸ばしセタントのアゴを持ち上げる。

 

 アレってば『顎クイ』?! 『壁ドン』に続くモテ仕草じゃないの。そんな話を前世で聞いた事があるような。だけどイケメンだけに許された特権。普通の男がやったらセクハラと言うか痴漢騒動モノの実行が難しい行動。

 

 フェルガ副所長は美女と簡単に呼ぶには物騒な空気を持ち過ぎるが、それでも整った容姿で色気を漂わす女性。

 セタント・クラインは生真面目な雰囲気の優等生キャラ美少年。

 フェルガが金髪のセタントの顎を持ち上げる光景は画になっている。

 大人しい金髪美少年をサディスティックな美女が惑わせる、背徳的な図。


 俺は唾を呑み込むほど緊張して見守るが、見守ってる場合じゃないか。金髪の子を助けなければ。

 セタントとフェルガ副所長は今にもキスしそうな、そんな距離になっているのだ。

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