第23話 副所長

「痛い、イタイ、いたいよー」


 ひんひんと涙目になってるのはセタント・クライン。

 指を抑えようとして、触れては痛みに飛び上がる。指の皮が剥けているのである。

 岩盤を自分が崩した事が嬉しかったのか、金髪の子は一心不乱にその作業を続けた。ヒンデル老人は「あまりムリせん方がええぞ」と言ったし、俺も慣れないウチに頑張り過ぎるのはどうかと思ったのだが。セタントは懸命に作業をしていた。そのマジメで熱心な様子に止めるのも憚られたのである。


 案の定、やり過ぎて身体はクタクタ、指は皮が剥けてしまった。

 フツー、そこまで行く前に疲れて休むモノだが、この子マジメなんだよ。多分イタミをガマンしちゃってたのだ。


「しばらく休んでおく事じゃ」

「その間は俺がやる」


「しかし……999番に頼り過ぎるのは悪い気が……」

「気にするな。

 キミは頑張った。

 まだ慣れていないのにこれだけ出来れば上出来だ」


 俺はまた掘削作業に戻る。セタントの看病はヒンデル老人に任せよう。

 あまり露骨に休んでいると、監視官に見咎められるのだが。午後に入ったこの時間帯は監視官は交替で昼休憩を取っているらしく、あまり監視に来ない。

 ハズだったのだが…………



「貴様ぁ、何をサボってやがるんだ!」


 人の神経を逆なでする胴間声。その人間を人間とも思わないような大声と共にドヤドヤと数人の監視官が現れていた。


 ……?!……

 監視官が少ない時間帯だってのに、何故こんな人数が?


 監視の男が金髪の少年を足蹴にする。いきなり蹴りつけたかと思うと、その首を掴んで持ち上げる。


 このヤロウ!

 指の皮が剥けているくらい、少し見れば分かる事だ。それをよくも蹴ろうと思えるな。

 俺は一瞬で頭に血が昇っていた。その場でツルハシを捨てて、男に殴りかかろうか、と思った程である。


 しかし無理やり堪えていた。前世で培ったガマンのスキルである。普通の17歳の青年であれば我慢出来なかったであろう。

 ここで監視官と争ってどうする。筋力強化ストレングス速度上昇アクセルを習得した現在の俺なら数人の監視官なら倒す事は出来るだろう。だがこの監視どもを倒しても何にもならない。俺が犯罪者扱いなのは変わらない。おそらくはこの国における要注意人物として更にキツイ扱いを受ける。そこにセタントを巻き込む事になるのだ。

 

「すいませんですじゃ。

 すいませんですじゃ。

 ワシが休ませたんです。

 711番はまだ新入りで、作業が危なっかしいモンで。

 『少し見学してろ』

 とワシが言ったんです」


 324番、ヒンデル老が言う。哀れっぽい声を出し頭を下げている。

 憐れみを誘う作戦か。

 あんな態度を取られたら、あっという間にこっちが悪かったと俺だったら謝っている事だろう。

 監視官達にもうんざりした気配が広がるが、金髪の少年を持ち上げた大男はろくでもない監視の中でもとびきりのクソ野郎だった。


 ニヤリと笑って、舌なめずりをする大男。


「そうか、新人の見学を言い訳にテメェもサボってたってワケだなぁ」


 自分に対して頭を垂れている老人。その頭を踏みつけるのである。


「やめてくれ、324番は悪くない。

 僕が悪かったんだ」


 作業服の首を掴んで持ち上げられているセタントが言う。苦しいのだろう必死の形相。老人を庇おうとしている。


「当たり前だ、キサマもゆっくりオシオキしてやるさ。

 だがこのジジィも許さねぇ」


 大男の監視が老人の頭を踏みつける。ヒンデル老の頭を地面に押し付けるだけじゃ無い。そのまま肩や頭部を何度も蹴り着けている。


 俺は自分の中の何処かがプチンと音を立てるのを聞いた。轟々と耳の中を血流が流れていく。


 もはや知るものか!

 国に要注意人物としてマークを受けようが、監視官全員を敵に回そうが、国の軍隊に狙われたとしても、この場は放っておけない。セタントやヒンデルが狙われたとしても俺が必ず守り抜く!

 その覚悟で歩き出した俺。



 しかし俺が大男を殴る前に誰かが止めていた。


「フン、その辺にしておけ」


 そいつは驚いた事に女だった。監視官達の後ろに居た若い女性。制服は監視達と同じ地味なモスグリーンだが、スカート姿。胸元には勲章らしき飾りも着いている。

 女の監視官? そんなの居たのか。今まで一度も見た事が無い。


「はっ?!

 しかしフェルガ副所長、なんの仕置きもしないのでは示しが着きません」


 副所長……初めて見るな。ここは強制収容所である鉱山、と言う事は公の施設だ。考えてみれば所長や副所長くらい居ても当然。

 大男の監視官は副所長の言に逆らう。


 ガァッ!

 ガウウウウウウウ!!!


 狂暴な唸り声。獣の雄叫びが坑道に響く。

 黒い犬である。暗がりに潜んでいて存在を気付かせなかった獣が大男を押し倒し、牙を首筋に充てていた。


「なっ?!

 助けてくれ、おい止めてくれ」


 大男は助けを求めるが、他の監視官どもは動こうとしない。


「アンドリュー、噛んでもいいが、殺すなよ。

 死体をかたづけるのが面倒だ」


 副所長、フェルガと呼ばれていた女が言う。

 犬の名前がアンドリューだろう。


「フェルガ・マクライヒ様?

 ……何故こんな所に?」


 そうつぶやいたのは、男の腕から解放されたセタント・クラインであった。

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