第102話 300万
「なんだ、こりゃ、なんだってんだよ?」
「これは……真っ黒い
黒い
その疑問を呈したのは驚いた事にエメル王女であった。コンラには
「王女、見えるんですか?」
「そりゃ、そうじゃろ。
王族なんじゃ、
コンラが訊ねるとロイガーレが答えた。
確かに……貴族や王族は、昔は全て傑出した力を持つ
「私は……
どちらも言っちゃあれだけど、時代遅れでしょう。
私は
もう自分でアクセサリくらいは作っているのよ』
「………………」
「………………」
「………………」
一瞬場が凍り付くのをコンラは感じる。
このバカ女は……周りに居るのは俺以外みんな
「これは…………黒い、暗い
「こいつぁ……もしかして……おいスァルタムよ」
「思い当たる事が在るんですか? ロイガーレ殿」
やばい、と思うコンラであったが、一瞬ピクッとはしたものの
「ああ、この闇の
こいつは
「……フォモール?」
「
ロイガーレが答えて、クーやコナルも反応している。
「フォモールって、そんなのもういない筈でしょ。
祖父の祖父の代くらいなら聞くけど、もうタダの昔話よ」
エメル王女が切り捨てて、コンラも心の中でうなずく。昔の話だ。
この世界では
現在では
神々を信じる様にその存在は信じているが、実際に目の前に現れるとは誰も思っていない。
「そんな事は無い。
クー・マーマンの方にはまだ生き残りが居ると聞くし……
それにほれ、嬢ちゃんのいたスリーブドナードの鉱山には今でも『赤きたてがみのマッハ』が居るはずじゃろ」
「クー・マーマンの話なんて、信じられるもんですか。
あんなの蛮人しかいない、未開の土地だわ。
まともな文明人じゃないの、その言葉が信用に足るもんですか」
ロイガーレとエメルの言葉である。コンラは頭を抱える。
だから。クー・マーマン国のイメージはまぁ一般的にそんなものではあるのだが、そういう台詞を王女の立場で思いっきり言っちゃうのがマズイんだって。
「クー・マーマンの人達がウルダやコナータと大分慣習が違うとは聞いているけど、それだからと言って蛮人扱いするのは…………
僕はどうかと思う」
「なんですって?
私がおかしいって言うの?
……じゃなくて……お姉さま失礼しましたわ。
でも…………お姉さまはクー・マーマンの事をよくご存じ無いでしょう。
私は行った方から直接聞いていますのよ」
クーが優等生の台詞を放って、エメルが一瞬鬼のような表情になるのをコンラは見てしまった。
やっぱコイツ、クーを慕ってるとかじゃねぇよ。単に弟を狙ってるだけ。
「そんな話は後にしないか?」
地味な中年の
「今はアレをどうするかだろう」
黒い姿、赤い目。黒い嵐は近づいてきていた。コンラの肉眼でもそろそろ確認できる。
クァルンゲの雄牛。
大型の牛の魔物。
だけど何かが違う。
先ほどまでも普通の動物では無いと思わせた魔物だが、現在は魔物とすら呼びづらい。
全身から殺気を放ち、角が伸びて螺子くれ、目は血走るどころか赤い液体を溢れさせている。ただでさえ大きい図体も、以前より大きく膨らみ、節々は異様なほどに筋肉が膨らんでいる。
「……グロい?!
なんだあれは、単に暴走したクァルンゲの雄牛なんかじゃねぇぞ、絶対」
「
強化、あるいは、凶化。
普通の
フォモールはだから、巨人と呼ばれているんじゃ」
「……ならアレは……凶化されたクァルンゲの雄牛って事?」
「……そんなまさか」
「多分、そのまさかだな」
アッサリ言ってのけたのはスァルタム・クラインであった。凶化された魔牛の方角を見ている。
「そうだ!
スァルタム様……あんたなら……
なんとかアレを止められるか?」
止められるだろう、止められるよな。そんな願望がコンラの言葉には混じっている。それに気づいているのか、気づいていないのか、スァルタム・クラインは答えた。
「ムリだ。
少し前までのクァルンゲの雄牛の群れ。
嬢ちゃんの言葉を借りると、ランク3万だったか……あの時はなんとかなるだろう、と感じた。
もちろんタイヘンじゃあるし、一昼夜戦わなきゃいかんかもな、とは思った。
あのイズモの話を聞いて、まーさか、一発で終わるとは思っちゃいなかったけどよ」
「だったら、スァルタム・クラインなら…………」
「そうだ。
父親なら…………」
「ムリだ、って言っただろ。
さっきまでのアイツらが3万だったとするなら…………
今のああそこにいるバケモノどもは……」
スァルタム・クラインが珍しく言い淀み。その言葉の先を誰もが息を飲んで待つ。
彼は言い放っていた。よく見ればその肩が少し震えてさえいる。
「……300万だ」
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