第102話 300万

「なんだ、こりゃ、なんだってんだよ?」


 魔素プネウマなど感じ取る事の出来ないコンラにも感じられた。怪しい雰囲気。夜の闇が濃くなり、空気が重くなって、呼吸が苦しい気分になる。


「これは……真っ黒い魔力プシュケー

 黒い魔力プシュケーなんてあるの?」


 その疑問を呈したのは驚いた事にエメル王女であった。コンラには魔力プシュケーの色なんて見えはしない。この女には分かるのか?


「王女、見えるんですか?」

「そりゃ、そうじゃろ。

 王族なんじゃ、呪術師ドルイドか、対魔騎士ナイトか知らんが、魔素プネウマを感じる能力くらいは持っておるじゃろ」


 コンラが訊ねるとロイガーレが答えた。

 確かに……貴族や王族は、昔は全て傑出した力を持つ対魔騎士ナイト呪術師ドルイドであったと言う。そこから時代は経ち、すでに血筋や富を受け継いだだけの人間がほとんどになってはいるが。さすがにその代表である王の娘。多少の能力は持っているという事か。


「私は……呪術師ドルイドや、対魔騎士ナイトになんてならないわ。

 どちらも言っちゃあれだけど、時代遅れでしょう。

 私は魔法技士クラフツになるの。

 もう自分でアクセサリくらいは作っているのよ』

 

「………………」

「………………」

「………………」


 一瞬場が凍り付くのをコンラは感じる。

 このバカ女は……周りに居るのは俺以外みんな対魔騎士ナイトだってのに、それを敵に回す発言をしてどうするよ。しかもタダの対魔騎士ナイトじゃない。対魔騎士の中の対魔騎士ナイト・オブ・ナイツ。ウルダ国一番の武人、スァルタム・クラインにその娘なんだぞ。



「これは…………黒い、暗い魔力プシュケー

「こいつぁ……もしかして……おいスァルタムよ」

「思い当たる事が在るんですか? ロイガーレ殿」

 

 やばい、と思うコンラであったが、一瞬ピクッとはしたものの対魔騎士ナイト達はそれどころでは無さそうだった。


「ああ、この闇の魔力プシュケー

 こいつは闇の巨人フォモールの特徴じゃ」


「……フォモール?」

闇の巨人フォモールだって」


 ロイガーレが答えて、クーやコナルも反応している。

 闇の巨人フォモール……コンラも聞いた事はある名前ではあるのだが…………


「フォモールって、そんなのもういない筈でしょ。

 祖父の祖父の代くらいなら聞くけど、もうタダの昔話よ」


 エメル王女が切り捨てて、コンラも心の中でうなずく。昔の話だ。

 この世界では狂気の神々トゥ・アハ・デ・ダナーン闇の巨人フォモールが争っていた。その中で人間は無力な弱者でしかなかった。時代と共に狂気の神々トゥ・アハ・デ・ダナーン闇の巨人フォモールも戦いの為、一人また一人と死んでいく。狂気の神々トゥ・アハ・デ・ダナーンの中から人間と共に暮らす事を選んだ神々がいる。それが主神、大いなるダグザであり、光の神ルー。

 現在では狂気の神々トゥ・アハ・デ・ダナーン闇の巨人フォモールも滅んだ訳では無いが、姿を消した。 

 神々を信じる様にその存在は信じているが、実際に目の前に現れるとは誰も思っていない。


「そんな事は無い。

 クー・マーマンの方にはまだ生き残りが居ると聞くし……

 それにほれ、嬢ちゃんのいたスリーブドナードの鉱山には今でも『赤きたてがみのマッハ』が居るはずじゃろ」

「クー・マーマンの話なんて、信じられるもんですか。

 あんなの蛮人しかいない、未開の土地だわ。

 まともな文明人じゃないの、その言葉が信用に足るもんですか」


 ロイガーレとエメルの言葉である。コンラは頭を抱える。

 だから。クー・マーマン国のイメージはまぁ一般的にそんなものではあるのだが、そういう台詞を王女の立場で思いっきり言っちゃうのがマズイんだって。


「クー・マーマンの人達がウルダやコナータと大分慣習が違うとは聞いているけど、それだからと言って蛮人扱いするのは…………

 僕はどうかと思う」

「なんですって?

 私がおかしいって言うの?

 ……じゃなくて……お姉さま失礼しましたわ。

 でも…………お姉さまはクー・マーマンの事をよくご存じ無いでしょう。

 私は行った方から直接聞いていますのよ」


 クーが優等生の台詞を放って、エメルが一瞬鬼のような表情になるのをコンラは見てしまった。

 やっぱコイツ、クーを慕ってるとかじゃねぇよ。単に弟を狙ってるだけ。



「そんな話は後にしないか?」


 地味な中年の対魔騎士ナイト、コナルが諫める。


「今はアレをどうするかだろう」



 黒い姿、赤い目。黒い嵐は近づいてきていた。コンラの肉眼でもそろそろ確認できる。

 クァルンゲの雄牛。

 大型の牛の魔物。

 だけど何かが違う。

 先ほどまでも普通の動物では無いと思わせた魔物だが、現在は魔物とすら呼びづらい。

 全身から殺気を放ち、角が伸びて螺子くれ、目は血走るどころか赤い液体を溢れさせている。ただでさえ大きい図体も、以前より大きく膨らみ、節々は異様なほどに筋肉が膨らんでいる。


「……グロい?!

 なんだあれは、単に暴走したクァルンゲの雄牛なんかじゃねぇぞ、絶対」


闇の巨人フォモールの特技を知っておるか。

 強化、あるいは、凶化。

 普通の黄魔石トパーズの強化と同じく強くなりはするんじゃが、体が巨大化し、人の形をとどめずバケモノの様になり狂暴化する。

 フォモールはだから、巨人と呼ばれているんじゃ」


「……ならアレは……凶化されたクァルンゲの雄牛って事?」

「……そんなまさか」


「多分、そのまさかだな」


 アッサリ言ってのけたのはスァルタム・クラインであった。凶化された魔牛の方角を見ている。


「そうだ!

 スァルタム様……あんたなら……

 なんとかアレを止められるか?」


 止められるだろう、止められるよな。そんな願望がコンラの言葉には混じっている。それに気づいているのか、気づいていないのか、スァルタム・クラインは答えた。


「ムリだ。

 少し前までのクァルンゲの雄牛の群れ。

 嬢ちゃんの言葉を借りると、ランク3万だったか……あの時はなんとかなるだろう、と感じた。

 もちろんタイヘンじゃあるし、一昼夜戦わなきゃいかんかもな、とは思った。

 あのイズモの話を聞いて、まーさか、一発で終わるとは思っちゃいなかったけどよ」


「だったら、スァルタム・クラインなら…………」

「そうだ。

 父親なら…………」


「ムリだ、って言っただろ。

 さっきまでのアイツらが3万だったとするなら…………

 今のああそこにいるバケモノどもは……」


 スァルタム・クラインが珍しく言い淀み。その言葉の先を誰もが息を飲んで待つ。

 彼は言い放っていた。よく見ればその肩が少し震えてさえいる。


「……300万だ」

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