第115話 切り裂く物

 兵士たちが進む、後の方からブラブラと歩く長髪の男性。その名はフェルディアッド。

 長めの金髪の横に流した美青年。白い革のコートが似合う。スァルタム・クラインの弟子の一人、対魔騎士ナイトであった。


「はぁあーー、部下ゆうても男ばっかしやん。

 贅沢は言わん。年下の胸だけはおっきい美少女と、年上で妖艶な足のキレイな姉さん、その二人くらいは部下に混ぜといてくれんかな。

 イズモはんも気が利かんで」


 ここに相棒のローフが居たならば、「思いっきり贅沢言うとるで」とツッコム場面だが、今回はいない。多数の兵士をリードする役目として別々の方角に進んでいるのである。


GYAAAAA!

ギャァギャアアグワア!


 騒々しい音。ケタたましく感に障る音が鳴り響く。


「カラスか……、変にデカくないか」

「ありゃぁ?!」

「タダのカラスじゃねぇ、魔凶鴉ネイヴァンだ!」


 カラスの姿の魔物。一般人では歯が立たないが、兵士であれば怖れるほどの敵では無いと言われる。奴らは飛び回り、上空から襲って来るが、大した破壊力では無い。弓兵さえいれば良い。


樹々の枝に遮られ、見えない空間から黒い物体が急降下してくる。


「どわっ、俺の頭をつつきやがった」

「ナメんじゃねぇ」


 一人の兵士にクチバシを下に舞い降りた魔凶鴉ネイヴァン。周囲の兵士が慌てて槍を向ける。


「すばしっこいな」

「ちょっと図体が大きいだけのカラスだ」

「ぶっ刺しちまえ」


 バタバタと数羽のカラスが舞い降りてくる。


「こいつら、爪に毒があるって言うぜ。

 引っかかれるんじゃ無いぞ」

「ちきしょう、上に逃げやがって、槍じゃ届かねぇ」

「弓兵はどうしたよ」


「任せとけ」


 弓を持つ兵士が狙う。と言ってもカラスは群れている。良く狙いもせず、矢を群れの真中へ次々と放つ。


「やった!」

「降りてきやがった」


 仕留めるには至らなかったが、その矢は魔凶鴉ネイヴァンの羽根を傷つけたらしかった。「ギャァギャァア」とけたたましい叫び声と共にカラスが数羽降りて来た。


「やっちまえ」

「槍が届く場所ならこっちのもんだ」


 兵士の槍が魔物にとどめを刺していく。


「けっ、スリーブドナードの魔物なんて言っても大したこと無いな」

「俺ら、あのクァルンゲの牡牛と戦ったんだぜ」

魔凶鴉ネイヴァンなんか楽勝」


 クアルンゲの牡牛と戦った、と言っても実際には逃げ惑う以外なにもしていないのだが、兵士たちはそのことは忘れたらしかった。


対魔騎士ナイトなんて名乗ってるヤツが付いてきているけどよ……」

「なんの役にもたたねぇな」


 フェルディアッドは後方で口笛なんぞ吹きながら、兵士たちを見物している。明らかにやる気が感じられない。


「あんなの放っておいて、俺たちは進もうぜ」

「おう、この調子で行けば楽勝よ」

「そいで、スリーブドナード鉱山の魔物を倒した英雄、と呼ばれたいよな」


 上空にまた鳴き声が聞こえる。


「一体何体いるんだよ?」

「数だけはハンパじゃ無いな」


GYAAAAAAAAAAAAAAA!

GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!  

GYAAAAAAAAAAAAA!!!!


「うるせーな」


 一人の兵士は言っていた。


「弓兵、適当でいいから撃っちまえよ」

「……ぐはっ」


 弓を構えた男が上空へ弓矢を向けた。と思ったら、その矢先がこちらを向いていた。 


「おい、なにしてやがる?!」

「アブねぇぞ、バカ」


 横にいる男は冗談口調で言っているが、こちらは冗談ごとでは無い。金属製の魔法鏃など配給されていないが。石で出来た鏃だって革鎧くらい簡単に貫く。

 この弓兵の目つき。

 

 冗談でやっていねぇ?!


 その証拠に。弦が引かれていって、弓が湾曲し弓兵の指先に力が籠っているのが分かる。挙句の果てに、その指を離した。


 風を切る音。 


 思わず目をつぶってしまう。目をつぶっている場合じゃねぇ。逃げるんだよ。分かってるけど、つぶっちまうだろ。

 頭に衝撃を受ける。

 撃ちやがった。このヤロウ、味方相手だってのに本当に矢を放ちやがった。

「バカ野郎、ぶっ…………」

 ぶっころすぞ、と言おうとしたときには隣の男が弓兵を槍で刺していた。


「お、おう、サンキュー。

 しかし……やりすぎじゃねぇのか」


 槍は柄こそ木製だが刃の部分は金属製。

 鉄に見えるのだが、すてんれすとか言う謎の金属であるらしい。噂では理想の妖精銀ミスリルに近い物質で、錆びないと聞く。そんなとんでもないシロモノ、俺らが貰っていいのか、と思ったが多数の兵士に揃いで配られている。……じゃぁいいのか。

 その金属の槍で隣の男が弓兵をぶっ刺したのである。フツー、こーゆー時は柄で殴ったりするもんだろ。

 「やり過ぎだ」と言われた隣の男が振り返る。その目は血走っていた。

 刃の先端がくるりと回る。銀色の煌めき。それが空を回転したかと思うと、自分の顔に近づいてくる。


「うわっ、わわわわわわわ?!」


 槍が自分の体を貫く、と思ったが。

 その一歩手前で刃は止まっていた。緑色に薄く煌めく刃物がその槍を受け止めていた。


「あ……あんた、ナイトの…………」


 槍を受け止めたのは白いコートを着た男。対魔騎士ナイト、フェルディアッドであった。


「ああ、この魔凶鴉ネイヴァンなぁ。

 鳴き声を聞き過ぎると混乱するから危ないで」


 言葉を言い終わらないうちに、対魔騎士ナイトは行動していた。

 その足が上げられ、槍を持つ男のみぞおちを蹴る。物も言わずに槍兵は後ろへと跳んでいく。


「おのれら、やかましいんじゃ。

 頼んだで…………

 アオス。スィ」


 対魔騎士ナイトの美青年が訊き慣れない言葉を発する。と同時に肌が押された気がした。空気が圧力を持って兵士の体にぶつかったような気がした。


 上空に在った樹々の枝が。下へと降って来る。幹にしっかり根付いていた筈の太い枝までが、キレイに切り離されたかのように落ちてくるのである。


「うわっ?!

 ぎゃわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!」


 そんな兵士を見もせず金髪の対魔騎士ナイトは緑色に光る槍の刃を撫でている。


「へっへっへへへへ。

 この魔石のおかげでなんぼでもアオス・スィの力が使えるわ。

 遠慮せんといっくでー」


忘れられた風の神アオス・スィ 」


 先ほどに勝るとも劣らない空気が兵士の体を叩く。

 上空からまた何かが降って来る。それは黒い物体と赤い液体。鳥の羽らしき物がフワフワとあたりを舞い踊る。

 落ちてきたのは。

 体を切り裂かれた多数の魔凶鴉ネイヴァンであった。

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