第116話 黒いコートの男

「お前ら、遅れんとついてこいや」


 偉そうに言いながら、黒いコートの男が山道を登って行く。


「ちっ、何故あんなのに命令されないといけないんだ」

「しっ、大きな声を出すな、アレでも対魔騎士ナイトなんだぜ」

「ああ、あの男の指示に従えって言われただろ」


対魔騎士ナイトねぇ。

 …………どう見てもただのチンピラだろ」

「言動は……そうだけどよ」

「体力があるのは間違いないぜ」


 兵士たちは軽く毒づく。

 山道は険しい。切り開かれてもいない。普段から人が歩いていないのは明らか。慣れていない兵士たちにとっては厳しい道程である

 ところが、対魔騎士ナイトの男は後ろを何も気にせず、足早に進んでいく。


「アイツの方が軽装だもんよ」

「俺ら一応魔法武具クラフツ身に着けてるもんな」


 金属鎧。一般兵はなかなか持てるモノでは無いが、武勲をあげたり、王族や貴族に気にられた者であれば稀に装備している。

 防御力において、頼れるのは間違い。一方、価値が高過ぎて一般兵には手が出ないし、重すぎると言う問題もある。

 ところが、今回数千人規模の兵士全員に魔法武具クラフツが配られている。

 槍や盾ならそこまで珍しい物では無い。木製の柄に金属の刃を組み合わせた槍、木製の盾で外部を金属で覆った盾。この程度なら配られる事もあるが、全てピカピカで新品の揃いとなると、まず在り得ない。


 兜。金属兜はかなり珍しい。装備者の頭のサイズに合わせる必要があるし、相手を脅す意匠を凝らした物が多い。武人貴族や隊長格の目印みたいな物。それが白く塗った丸い変わった兜が全員に配られている。

 どう見ても相手がビビりそうには無い。

「こんなの役に立つのかよ?」

「薄くてキレイな丸ではあるけどな」

「白く塗られてるのがなんかマヌケだぜ」

 若手からは不満が多く上がったのだが、ベテランはこう言った。

「いや、こいつは意外と使えるかもしれねぇ」

「丸みを帯びてるとなぁ。格好良くは無いかもしれんが、相手の攻撃を受け流してくれる。薄くても金属製だ。よほど当たり所が悪くない限り、重傷を負う事はねぇ」

 戦場で命がけで戦ってきた古株の言葉である。それなりの説得力があった。


 鎧。…………鎖を編み込んだものを頭から被る。

「ってゆーか、コレ鎧なのか?」 

「チェーンメイルって呼ぶんだとさ」

「金属製なのは分かるけど…………」

「いや!!!

 こいつは素晴らしい!!!」


 100人隊長、屈強のロンガスが保証しよう!!!! 」

 それは金属鎧を上から下まで着込んだ男であった。


「あれはロンガス!」

「見ろよ、あの魔法武具クラフツ。なんてガッチリした鎧なんだ」

「それに比べると……このチェーンメイルって……」

「ただのジャラジャラ言う服だよな」

「違う。このチェーンメイルとやらは」


 若手の兵士の言葉を遮ったのこそ屈強のロンガス。

 以前、魔牛との戦いで敗れ、大きくぶっ飛ばされたのだが。本人は金属鎧を着こんでいたため、重傷は負わなかったらしい。その替わり、彼の下敷きにされた者は重症を負ったが。


「このチェーンメイルは…………

 軽い!!!」

「そこかよっ!」

「だから信用出来ない、って言ってるんだよ」

「バカ者!

 自分の着ている魔法武具クラフツがどれだけ重いと思ってんだ!

 上下に籠手脛合わせると自分の体重を越えるんだぞ。

 これ来て歩くのがどれだけ大変だと思っておる?!」


 そう言われると……体重より重い鎧を着て歩きたくない、のはアタリマエである。


「しかも、風を通さないから蒸れるんだぞ。

 暑いこと、暑いこと、自分がどれだけ汗をかいているか、みせてやろーか、貴様ら!!」

「いや、いい」

「分かったから、脱ぐな」

「すでに汗くせーよ」


 そんなこんなで変わってはいるものの、魔法武具クラフツもらったー。

 と兵士は一応喜んでいるのである。



「来たで、お前ら。

 覚悟せーや」


 先頭を歩いていた対魔騎士ナイトが言う。


「は?! 

 ローフさん、何が…………」

「うわっ、ありゃぁ……犬か?!」


 兵士たちは少し開けた空間に野原にいる。その先には茂った樹々が広がる。樹木の暗がりから四つ足で駆けるモノが現れた。


「犬って……子牛くらいはあるぞ!」

「野犬じゃねぇ、魔物だよ」

「聞いたことある。黒死の妖犬モーザ・ドゥーグってヤツだ」

「そりゃぁ……!

 メチャ手ごわいって魔物じゃねぇか」


 良く聞く魔凶鴉ネイヴァン程度であれば、弓兵さえいれば対処できる。半豚半馬ナックラヴィーも周囲に巻き散らすニオイだけでダメージを喰らうと聞くが、我慢さえすれば何とかなるだろう。

 しかし、黒死の妖犬モーザ・ドゥーグと言えば…………

 兵士が十数人いた程度では、対処出来ないと聞く。

 聞いた通り、明らかに動きが早い。

 木の陰から現れた、豆粒のようだったそれが、瞬く間に大きくなっていく。兵士たちが慌てながら槍を構える。


 その時であった。


 忌まわしき三日月クルアッハ


 黒いコートの男が何か叫ぶ。と同時に男の両腕から透明なモノが飛んでいた。

 あれは?

 氷のつぶてのようにも見えるが…………

 それが層を為し、氷の刃かのように見えている。


 兵士の直前に達しようとしていた黒死の妖犬モーザ・ドゥーグ

その頭部がズルリと落ちる。頭を無くした犬の胴体がフラフラと動きながら、地面に倒れる。

 

 黒死の妖犬モーザ・ドゥーグの頭を切り落としたのは、間違いなく黒い対魔騎士ナイトの放った氷の刃であった。

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