第117話 戦友

「す、すげぇ。黒死の妖犬モーザ・ドゥーグを一撃で…………」

「あれが、本物の対魔騎士ナイトの技」


 兵士たちは対魔騎士ナイトの名も魔物を倒す戦士だとも聞いたことはある。幼い頃なら憧れた者もいるかもしれない。

 だが、もう対魔騎士ナイトの時代では無い。魔物が人里に現れるのも数えるほど。半豚半馬ナックラヴィー程度なら、年に一回くらい出たと言う噂があり、部隊を作り戦った経験のある人間もいる。

 

「ボヤボヤすな。

 あっちからも来てるで」

 

 黒いコートを着た男が言う。その顔には笑いが張り付いていて。


「見本は見せたったで。

 後はオマエら頑張れや」

 

 アカラサマに性格悪そう、と兵士達が思わざるをえない表情。

 見本を見せたと言われても、兵士達に対魔騎士ナイトと同じマネは出来ない。

 森の中から黒い物体が弾丸のように飛び出して来る。数舜後には兵士の目前。もちろんモーザドッグ。牙を剥きだし涎をたらした頭部が兵士の腹に襲い掛かる。


「ぐはっ!」



 兵士はもちろん避けようと盾をかざしたが、その脇をすり抜け犬が食らいかかる。


「やめろ、このヤロウ」

「犬っころ、ぶっ殺してやる」


 周囲の兵も動く。仲間を助けるべく黒犬を槍で狙う。だが、犬はすばやく、槍先をよけてみせる。刃先を躱して、その槍を持つ腕先に牙でかみつく。


「チクショウ、早い」


 兵たちも取り囲んで攻撃しようとするのだが。相手は仔牛ほどもある犬、なのに素早く避けこちらに飛び掛かって来る。一人の兵が押し倒されていた。腹に向かって魔犬の口が開かれ、牙が突き刺さる。


「うぎゃぁっ!

 ……痛くねぇ?」


 刺さらなかった。兵の体に着込んだ鎖がその牙を跳ね返したのである。

 鎖鎧、さがいと読む。一般的には鎖帷子、くさりかたびらと言う名称の方が普及している。古くを遡れば紀元前にもそれらしき物が発見されているが、一般的にゲルマン人に広まったのは中世からである。板金鎧に比べ堅牢さでは劣るが、柔軟性に優れ製作が簡単であった。また革鎧に比べれば、高い防御力を持ち刃物に対して効果が高い。

 ゆえに長く使われ、板金鎧の継ぎ目をカバーする、もしくは服の下に着こむなどの用途でも使われた。現代でもボディアーマーに一部利用されている。


 それが黒死の妖犬モーザ・ドゥーグの牙から兵士を救ったのであった。


 ちなみにもちろん作った男にそんな知識は無い。

 単に簡単だしー、着る人のサイズに応用効くからいーや、と思って量産したのである。


GAUUUU!


 唸りながら兵士にしつこく噛みつこうとする黒死の妖犬モーザ・ドゥーグ。その胴体に槍が刺さる。


GYAIIIIIN!


 一般人なら怖れて逃げ出してしまいそうな外見で叫ぶ魔犬。しかし兵士たちとて戦場を経験してきている男たちである。

 動きの鈍った魔犬に次々と攻撃を繰り出す。ついに黒死の妖犬モーザ・ドゥーグは倒れた。


「はぁはぁ、やった」

「やったぜ、俺たちだけで黒死の妖犬モーザ・ドゥーグを倒した」

「ざまぁみろ、犬っころ」



「やるやんか。

 どうや、一匹倒せば、もう怖く無いやろ?」


 問いかけたのは遠巻きに見ていた対魔騎士ナイト、ローフであった。


「え、ええ。やってやりました」

「手強かったっす。

 こんなやつを一発で倒すなんて……やっぱ対魔騎士ナイトは凄いんすね」


「いーや、重傷者一人もでないなんて、お前らもよくやったで。

 にしても……そのジャラジャラ言う防具、思ったより使えそうやな。

 イズモに言うて、オレも貰おうかな?

 どうや、着心地は?」

「そうっすね。

 ちょっと重いっすけど、普通の金属鎧に比べればなんてことないし」

「良いと思いますよ」


「重いんか?!

 動きが鈍くなるやんか。

 スピードが奪われるのはイヤやで」


 なんとなく戦友めいた意識が兵士と対魔騎士ナイトの間に流れる。ローフはチンピラじみた男ではるのだが。兵士たちもお行儀の良い男たちでは無い。荒くれた戦士で、令和日本人の意識を持つ男が見たら「山賊でしょ」と思う様な男たち。

 相手が腕が立つと分かれば。味方は強い方が良いに決まっている。



「ほなら……遠慮なくいくで」

 

 言いながら対魔騎士ナイトは青く光る刀身の槍を握りしめている。


「大半は俺がかたずけるけどなぁ……

 何匹かはすり抜けるはずや。

 そっちの掃除は頼んだで」


 え? なんのことですか? と兵士たちが訊ねる間も無く対魔騎士ナイトは行動していた。


「クルアーッハ!

 全てを無に帰す戦神クロム・クルアッハ。

 己の冷酷な刃をを俺によこさんかい!」


 黒いコートを着た男から氷のつぶてが、氷の刃が、飛んでいた。

 鬱蒼とした木々を切り裂く刃。

 切り刻まれた樹木が倒れた後からは。

 黒い犬が弾丸の様に幾頭も飛び出して来たのであった


「ア、アレは…………?!」

「全てが黒死の妖犬モーザ・ドゥーグ

「いったい何体いるんだ」


「10頭は下らねぇ」

「冗談じゃねぇ、俺たちじゃ手に負えねぇよ」

「1頭だけであんなにてこずったんだぜ」

 

 兵士たちが慄くなか、コートの男だけは笑っていた。


「くかかかかか。

 イズモのヤツからもらったコレがあるからな。

 氷の魔力プシュケー、いくらでも使えるねん。

 全力出せるのはええもんや」


 その手に持つ槍の刃が煌めく。青い色に。


 忌まわしき三日月クルアッハ

 忌まわしき三日月クルアッハ

 忌まわしき三日月クルアッハ


 対魔騎士ナイトの腕から飛び出す、氷の刃が三日月の様に半円を描く。それは黒死の妖犬モーザ・ドゥーグに向かっていた。


 兵士の視界の先で幾頭もの魔犬が倒れる。その頭部は全て切り裂かれていた。


「……すっ……すげぇ」

「魔物をあんな簡単に…………」


「感心してる場合じゃ無い」

「生き残りがこっちに来る」


 対魔騎士ナイトの技は、魔物の大半を倒していたが全てでは無い。仲間の影に隠れ生き延びた黒死の妖犬モーザ・ドゥーグがいたのである。


「おっしゃ、俺らもやってやる」

「ああ、対魔騎士ナイトの人はすげぇけど、足手まといだけになってたまるかよ」

「魔物と言っても、ちょっと図体のでかい犬っころ」

「俺らだけでもやってやるぜ」

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