第118話 若き兵士

 赤い光が走り、金色の髪がなびく。


「すげぇ、また一撃で倒した」

「アレが……対魔騎士の中の対魔騎士ナイト・オブ・ナイツ


 クー・クラインであった。手に持つ小刀に赤い光を宿らせ、大剣として操る彼女。

剣を振ったかと思うと、半豚半馬ナックラヴィーが断ち切られる。樹の幹を蹴って上空へ走ったかと思うと、切り分けられた魔凶鴉ネイヴァンが落ちてくる。

 対魔騎士ナイトの少女は凄まじい勢いで魔物を駆逐していた。



「ちょっと待ってください、クー将軍」

「かっこいい!

 かっこいいんだけどよ、クーさんやり過ぎだぜ」


「このままじゃ、他の兵士たちの役割がありませんし。

 クー将軍一人に負担がかかり過ぎます」

「そうだぜ。

 俺たちの出番も残しといてくれよな」


 オーラムとイーガンである。

 元々兵士志望だった二人。多数の兵と一緒にスリーブドナードの魔物を退治に進軍すると聞いて、その一員として志願した。

 ところがクー・クラインが先頭を進み、魔物を全て切り倒す。この二人も多数の兵士も口を開けて見守るしか無い。

 クーさんに意見出来るのは、俺らしかいないんじゃね。

 そんな訳でクーに走って追いつき、話している彼らなのである。



「しかし……魔物と戦うのはわたしの役目だ」


「俺らの仕事でもあるんです」

「クーさんはよ、将軍だろ。

 後ろでドーンと控えてくれりゃ良いんだよ」

 正面で戦うのは俺ら」


「イーガンの言う通りです。

 将軍は指揮をとって、後ろにいていただければ」

「んで、イザと言う時に現れて、助けてくれりゃあ言うこと無しだぜ」


 クーとしてはやはり正面に立って戦いたい気持ちも在ったが。

 そう言えば…………

 「父は自分一人で闘う武勇ならその辺の人間には引けを取らないでしょう。指揮を任されている人間が兵隊達に命令を下さず、前線に突撃する勇気を持っていても誰も褒めはしません」

 そんな台詞を自分が言っていたことを思い出してしまった。

 父親と同じ過ちを犯したくはない。


「……分かった。

 だが無理はするな。

 ケガ人が出そうなら呼んでくれ」


「おっしゃぁ、そうこなくっちゃ」

「イーガン、お前は正面に行くんだろ。

 なら俺は後方からフォローする位置に回る」


「さっすがオーラム、分かってるじゃん」

「あたりまえだ」


 飛び出していく二人を見守る。やる気に溢れる若き戦士。彼らが声をかけて兵隊も動き出す。

 任せて良かった。そう思う。 

 少し前まで自分ならそんな風には考えなかったかもしれない。

 彼に出会ったおかげだろう。

 自分は人一倍責任感が強いくせに、ひそかに一人で行動しているくせに。自分は何もしていませんよ、と言う顔をしている彼。

 富も名誉も欲しがらず、なのに常に仕事している彼。

 自分と……女であるクー・クラインといる時、幸せで仕方が無いという表情を浮かべる彼。

 不思議な人。言っていることにスジが通っているようで矛盾も多い。でもそれが不快では無い。


 呪いの猪ダイントルク。目や耳の無い不気味な外見のイノシシの魔物である。それが突進してくる。この魔物は特殊な能力は無いが、それだけに突進力だけはハンパでは無い。


「ぐはぁっ!」

「こんなの、俺らだけじゃ押さえられねぇ!」


 周囲の兵士が盾をかざすが、盾ごと大の大人がブッ飛ばされる。その突進を受け止めた者がいる。それはまだ若い兵士であった。


「うりゃぁっ!

 俺は強ええ、俺は強ええ、俺は強ええっ!」


 黄色に光る槍を前に構え、呪いの猪ダイントルクの破壊力を受け止める。見えるモノなら見えていたかもしれない。その体が黄色の魔力プシュケーに包まれていることを。


「強い?!

 誰だあいつ」

「確か……イーガンとか言う、鉱山の警備のリーダーだったはず」

「マジか、たかが鉱山の警備兵がなんであんなに…………」


「てめぇら、見てないで止めを刺しやがれ」


 若い男の言葉で兵士たちは気が付く。そうだ、ぼっとしてる場合じゃ無い。こんな若い奴だけに良いトコ持ってかれてたまるかよ。


 正面からの破壊力は凄まじい呪いの猪ダイントルクだが。脇からの攻撃には弱いらしい。兵士たちの槍によって脇を四肢を貫かれて、倒れていく。


「やった、俺らだけで魔物を倒したぞ」

「おっしゃー、良くやったぜ、お前ら」


「てめぇ、警備兵の中じゃリーダーかくだったかもしれねぇが、ここじゃただの若手だぞ」

「まぁ、そういうなって。

 今の魔物だって、俺の活躍で倒せたんだろ」

「まぁ……そう言われりゃ、そうだけどよ」


 一瞬の休息を楽しむ兵士たち。だが気を抜くのはまだ早かった。

 イーガンに「若手だぞ」と文句をつけた兵士の体が宙に浮いていた。

 その後ろからは走りくるイノシシ。別の呪いの猪ダイントルクであった。


「だぁあっ!

 少し休ませろ。まだ槍も構えてねぇんだよ」


 体勢を崩したイーガンに大柄なイノシシが突撃する。

 その瞬間、緑色の光が走った。


 呪いの猪ダイントルクはイーガンの横を通り抜け、フラフラとさまよったかと思うと倒れた。

 その足が右側だけ存在していなかった。


「バカだな、イーガン。

 ここは魔物の真っただ中なんだぞ、気を抜くな」


 緑色の魔力プシュケーに包まれた人物。イーガンと同じ若い兵士である。


「魔物の横から足だけ切り落としたのか?

 オーラム、器用なもんだぜ」

「相手は突っ走ってるからな。

 刃物を置いておくだけでいい。

 楽なもんだぜ、イーガン」

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