第119話 妖精たち

「あの二人…………やっぱり少しだけど魔力プシュケーを使いこなしている」


 呟いているのは薄い金属鎧を纏う金髪の少女。クー・クラインである。 


 大地の魔力プシュケー、黄色く見え、人間の筋力を強める魔力プシュケー

 風の魔力プシュケー、緑色に見え、 人を素早く身軽にする魔力プシュケー


「そんな簡単に魔力プシュケーを使いこなすなんて…………」


 彼女は対魔騎士ナイトの家系に生まれ育った。対魔騎士ナイトの力は特殊技能。一般の人間には出来ない技である。そのように教わって来たのである。


 イズモはなんと言っていただろう。…………イメージだと言っていた。

 神々の力を借りるイメージ。そのようにして対魔騎士ナイトは超常の力を操るのだと。

 ならば、彼ら二人は。

 イズモの、クー・クラインの魔力プシュケーを使った戦いを何度も見ている。


 彼らがイメージしているのは……わたしやイズモッ?!

 

 わたしたちが見本をみせてしまった。通常の人間には出来ないと思っていることを軽々とやってのける様を。

 

 驚いてしまったが……悪いことでは無いのかもしれない。

 魔物は世に増えている。

 魔物などもうほとんどいない。対魔騎士ナイトなど要らない。そう言われた世界ではなくなったのだ。

 魔物と戦える人間が増えることは歓迎すべきだろう。


 もしかしたら……チラリと頭の片隅をよぎる思考。

 他の人間に魔力プシュケーの使い方を教えるべきでは無いのかもしれない。そうすれば……クライン家は安泰。他の人間たちに出来ない特殊技能を操る、天才として崇められて生きていける。

 それが過去の対魔騎士ナイトで……過去に貴族となってきた者たち。


 知るものか。

 過去のクライン家の人間が何を考えていたとしても、過去の貴族たちが何を企んだとしても。

 わたしの知ったことでは無い。

 わたしは……イーガンやオーラムに教えよう。新たな兵士たちにも。魔物との戦い方を、魔力プシュケーの使い方を。

 それがわたしだ。


GUGYAAAAAA

GYAAAA、GUWAAAAA


「ぐはっ……」


 汚らしい声を聞いた兵士がうずくまる。


「おい、どうした?」

「気分が……この声を聞いたらいきなり気分が悪くなって」

「俺も、立っていられねぇ」


 クーは兵士たちに向けて大声を出す。


「落ち着けぇっ!!

 ただの魔凶鴉ネイヴァン

 恐れるほどの魔物ではない。

 良いか、みんな、揃いの槍を貰ったな。

 その中心に光る石が埋め込まれているだろう。

 コレはまごうことなく魔石の欠片だ。

 お守りだと思え。

 この魔石の力が守ってくれる。

 そう信じて見ろ」


 それだけ叫ぶと、少女は木の枝を蹴り上げ、上へと走り出す。

 茂った木の枝をかき分けると、黒い魔鳥の姿が見えてくる。

 バタバタと慌てるように飛び回る魔凶鴉ネイヴァン。金髪の少女は、髪をなびかせながら、翼を狙うように刃を放つ。


「翼を討った。

 まともに飛べない筈だ。

 トドメは任せたっ!」


 上空から兵士たちへと激を放つ。高い位置の枝に腰かけ、部下の戦いを見守る。 

 遠くに鳥の羽ばたきが聞こえる。


「また、魔凶鴉ネイヴァンか……

 ?!?!」


 視界にいた魔凶鴉ネイヴァンに誰かが飛び掛かっていた。くるりと空中で人型が円を描く。女性のフォルムのような気がする。

 女性の足が魔凶鴉ネイヴァンの体を捉えていた。

 ギャァギャァとやかましい叫び声をあげ、魔凶鴉ネイヴァンが落ちていく。

 一瞬、女性がこちらを見た気がした。緑色の長い髪が宙に舞っている。その中から見開いた瞳が自分を見て、微笑んだ気がした。


「だ、誰?

 キレイな人…………」

 

 クーは呟いていた。


「えっへへへへー。目が合っちゃった。

 アレがイズモ様の大事な人。

 さすがにキレイな人…………」


 木の下の陰でつぶやいていたのは、緑髪の乙女。半蛙乙女妖精アスレイであった。



「やべぇ、呪いの猪ダイントルクにブッ飛ばされた」

「まずいぞ、川に流されちまった」


 兵士は呪いの猪ダイントルクに突撃を食らっていた。なんとか横に逃れ、直撃は避けたものの体勢を崩した。そのまま川に体ごと飛び込み流されていた。 

 普通なら人間の体は水に浮くが、現在はチェーンメイルを着ている。いくら板金鎧より軽いと言っても金属である。そして流されているのは山の上流から下る川。その勢いは外から見るより早く荒い。


「がふっ、ぐばぁっ」

 

 体を無理やり浮かせて、空気を吸い込むがすぐに沈みそうになる。鼻から水を吸い込んでしまった。


「げふっ、がはぁっ」


 どうすればいい。考えようにも鼻が痛くて頭が働かない。焦れば焦るほど、体の自由が効かない。腕が重くなっていく。無理やり水上に出て呼吸をしようにも、すでに上半身すら動かない。自分の体が水の中に沈んでいく。

 このまま死ぬのか。

 体の温度が下がった気がする。服だけでは無くて、体内にまで冷水が染み込む感覚。

 このまま自分は水に溶けていく。

 すでに暗くなった意識の底、兵士はそんなことを思う。

 

 あれ……暗くなった気がするのに周囲が明るい。

 水に沈んでいた体が浮遊する。なにかが腰の下から自分を押している。

 気が付けば、兵士の頭は水の上に出ていた。


「ぐはっ……がはっ…………はぁっはぁはぁ」


 喉から水が零れ、肺が新鮮な酸素を欲して暴れ回る。荒い息をしている兵士に誰かが話しかけた。


「あの……大丈夫ですか?」

「は……はい。はぁはぁ」


 それは少女だった。灰色の髪の毛、黒い瞳が自分を見つめる。

 この少女が……自分を助けたのか?

 大の男でチェーンメイルまで来ている自分を水の中で持ち上げる。女の子の力で簡単に出来るとも思えないが…………

 少女は現在も自分の体を支えて泳いでいる。力強く自分を支えているのに、疲れた様子はみじんも無い。

 

 多少の余裕が出て来た兵士が観察してみれば、少女は体にピッタリした布を着ている。黒く薄い布。

 こんなに身体のラインが浮きでる服を見たのはハジメテだ。

 そして、その肉体は……こぼれんばかりに豊満なバスト、しまったウエスト。兵士の理想とするようなボディが自分にくっついていた。


「あ、ありがとうございます!

 あの……貴方は……?」

「私ですか?

 私は海豹妖精セルキーと言います」

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