第6章 海豹妖精と谷川の冒険

第47話 完成

「どうだ。

 今度こそ文句無いだろう!」


 ルピナス・エインステインが言う。背丈は俺よりだいぶ小さく小学生のようですらあるのだが。態度は俺の10倍くらい大きい。

 その手に器具を持って、俺の方に差しだし上から目線で睨んでくるのである。


 シャベル。

 

 シャベルである。

 元々は農具から発展したと思われるが、早い段階から武器としても転用された。イスラム教の開祖であるムハンマドの教友、サルマーン・アル・ファーリスィーが金属製のシャベルを塹壕戦に用いた。世界初の塹壕戦と呼ばれるハンダクの戦いである。この時のシャベルは現在でもエジプトに保管されていると言う。

 日本の産業規格では足をかける部分があるものをシャベル、無い物をスコップとしている。だが、正式な分類定義は難しい。西日本では大型の物をシャベル、小型の物をスコップと呼ぶが、東日本では逆に小型の物をシャベル、大型の物をスコップと呼んでいたりもする。


 どうだ。良く覚えてるだろう。

 正直言うとさー。内容がホントウに正確であるかは怪しい部分も在るんだけどな。

 

 俺は魔法技士ルピナスにこのシャベルの製作を依頼した。

「シャベルってどんなのだ。

 それが分からないと望みの物は作れない」

 と至極もっともな事を言われて、イロイロ記憶を漁っていた。そのウチ何処で齧ったんだかも良く覚えていないトリビアが脳味噌の片隅から引っ張り出されてきたのである。



「良し。

 これは間違いなくシャベルだ。

 俺が断言する」


 差し出された物に俺はオッケーを出す。

 今まで何度も試作品を作って貰ったのだが、全てスプーンの出来損ないみたいなヤツだったのだ。

 最初にスプーンの大きいのと説明してしまったのがマズかっただろうか。

 だってさー。

 シャベルを見た事の無い道具だ、と言う人にどう説明すればいいの。スプーンの大きいのとしか説明しようが無いじゃんか。

 その後試作品を作って貰い、俺も使ってみて、その感想を述べ、さっきのトリビアなんかも思い出したヤツからルピナスに伝えて。

 そうこうしてやっと出来上がった品。


 俺が手に持っているのはまさしくシャベルである。

 握りの部分は木製。多少重くとも頑丈な物を選んでいる。さじの部分は青銅製。先端に向かって丸く尖り、最先端部分は刃物の様になっている。背の部分は中央に軽いへこみが存在している。大げさに言うならWの様なカーブを描いている。イロイロ思い出すウチに、シャベルって大型のモノはそんな形状だったなと思えてきたのだ。

 俺は軽く全体を振ってみて、さらに握りの部分を持って下に刺して持ち上げる動作もしてみる。

 うん。良いカンジ。


「実際に使ってみないと分からない部分もあるけど。

 多分大丈夫。

 大分良いカンジだ」


「やぁっと出来たか。

 お前、ダメ出しが多すぎるぞ。

 いい加減イヤになって来たトコロだったが……

 良かったー。

 ついに完成したか。

 ふっ、さぁすが私。

 一人前の魔法技士ルピナス様と言う事だな」


「うんうん。

 良くやってくれた。

 ルピナス」

「わはははははは。

 もっと言え」


「ルピナスちゃん、頑張ったんでちゅねー。

 さすがでちゅねー。

 すごいでちゅよー」

「うん、ルピナスがんばったのー。

 えらいでちょー!

 ………………

 だ・か・ら!

 違うわー!!

 子供扱いするなー!!!

 せっかく希望の品を作ってやったと言うのに、失礼なヤツだ」


 ルピナスはプリプリしているが、お約束と言うモノである。

 この小学生並の背丈でマントの裾を引きずってる女性を見かけるとついやりたくなっちゃうんだよな。

 それにルピナスだって必ず一回はノッてくれる。ノリツッコミ。付き合いの良い女性だよな。


 

「シャベルか。

 ウルダ国では見た事が無い農具なんだが…………

 そんなに有名な道具だとすると……

 イズモ、もしかしてキミはライヒーンの出なのか。

 あっちの方は肥沃な土地が多くて農業は盛んだと聞く」

「いや、違う。

 ……でももしかしたらそうかもな」


「なんだ、それは?」

「気にしないでくれ。

 鉱山に連れて来られる前のコトはあまり覚えていないんだ」


「……そうか。

 なら聞かないコトにしよう」


 正直な事実である。正確に言うと、あまり、どころでは無く鉱山以外場所に居た記憶が全く無いんだよなー。

 どうしたんだろー、俺。

 もしかして前世記憶パストライフメモリーで日本人・出雲働の記憶を思い出して、その分この世界での記憶ぶっ飛んじゃったのかな。

  

 ルピナスの方は……何か言いたくない事情が在るのだな、ならば無理には聞くまい、とゆー態度。小学生のようでも、大人の女性なのである。


「にしても、そのシャベルかなり重くなってしまったが……

 ホントにそれで良いのか?」

「ああ、頑丈な方が良い」


 金属部分を増やし、頑丈に作って貰った。なんせ石の巨人コバエ金属の巨人ゴキブリ、害虫どもを駆除する武器としても使うつもりなのだ。

 多少重くなっても、俺が筋力強化ストレングスを使用すればなんてコトは無い。


「実家の方でも使うつもりなら、それは軽くすればいいだろう。

 金属部分を薄くして、木製の柄の部分も増やせばまだまだ軽く出来るだろう」

「うん、そうだな」


 俺の事情はルピナスに話していないのだが、ルピナス側の話はイロイロと聞き出した。

 ルピナスの実家は貧乏貴族であるらしい。領地は持っているモノの荒れた土地で恵みも少ない。

 ルピナスとしてはシャベルが実家の荒野を耕すために使えるかもしれない、と考えたりもしたらしい。だけど耕すんならやっぱ鍬とかだろう。地下の井戸水でも探すんなら使えるかもな。

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