第2章 貴族の少年

第10話 新入り

 少女はいきなり目覚めた。

 ベッドの中で眠りに就いていたと言うのに身体を走り抜ける衝撃が彼女を叩き起こしたのである。

 毛布を撥ね退けて半身を起こすと、長い真っすぐな金髪が揺れる。髪が肩に掛かり、背中まで覆い隠している。その背中が違和感を訴えている。いや、違和感等と言う生易しいものでは済まされない。

 灼熱。

 背中が熱いのである。何処かで火事でも起きて、ベッドに燃え移ったのかと思う程だが。振り向いても寝台には何の異常も無い。

 異常が起きてるのは彼女自身の身体であった。背中の熱が全身に伝わり火照っている。

 

 夜風を浴びて、火照った身体を冷やす事を想いつき少女は窓へと向かう。夜の暗がりを映す窓には少女の姿も映っていた

 まだ成人前の少女。真っ直ぐな金髪が窓に映り煌めく。額からは汗が流れ長い睫毛に掛かっている。頬は紅色に染まり、少しの色香を漂わす。薄いナイトウェア姿の身体はまだ成熟しきっていない。贅肉の少ない締まったウエスト、膨らみかけた胸元。

 いつも見ている自分自身の肉体だが、何かが見えてしまった。薄い布地から透けて背中に何か……黒いものが。

 

「これは……まさか対魔騎士ナイトの紋章?!

 何故私に…………セタントはどうしたの…………」


 少女の名はクー・クライン。

 ナイト・オブ・ナイツ。

 ウルダ国一と呼ばれる対魔騎士ナイトの家に生まれた娘。


 背中の紋章は対魔騎士ナイトの証。

 それは彼女に宿る筈では無い。ここには居ない弟に宿る筈の物であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 




 俺が朝メシを食いに食堂へ行くと何やらザワついていた。


 愛想の無いオバちゃんにコイン1枚差し出して、固いパンと具のほとんど無いスープを貰う。ここの基本メシである。

 パンは何時作られたモノだか分かりゃしない。たまにカビまで生えてる。岩のように固く、歯が頑丈で無いと嚙み切るコトも出来ない。だが、スープに浸せばなんとか食えるシロモノになる。


「ヒンデル、騒がしい気がするが何かあったのか?」

「おお、999番。

 他の人間が居る前では番号で呼べ。

 密告されたらどんな罰を喰らうか分からんぞ」


 俺は知り合いを見つけて隣に座る。

 ヒンデル老人も同じメニューを食べていた。パンをスープに放り込んでビシャビシャにしている。そうでもしないとこのパンは老人のアゴには厳しいのだろう。


「新入りが来ると言うウワサでな。

 皆それが気になっておる」

「新入りは毎日来るだろ」


 この鉱山は犯罪者が送られてくる。ほとんど毎日のように数名の人間がやってくるのだ。

 自己紹介タイムなんぞ在りはしないが、見てれば何となく分かる。

 作業に慣れていなかったり、監視員に食って掛かってタコ殴りにされる元気が有るのが新入り。

 しかし、結局鉱山労働者の総数は大して増えていない。とすると……毎日のように過酷な労働に耐えられなくなった人間が脱落していると言うことでもある。脱落した人間がどうなったかは……考えないでおこう。


「うむ。しかし今回ウワサになっておるのは……」


 ザワザワとした労働者たちの雰囲気で俺は何ごとかと視線をやる。

 その先にそいつが居た。


 光り輝くような容姿。金色の前髪で目元は隠れているが、鼻筋は通ってツンと上を向き、白い肌にピンク色の小さな唇。

 とんでもなく可愛らしい少年。日本人で言うなら中学生くらいだろうか。

 他の薄汚れた労働者と一緒に居ると違和感がハンパでは無い。

 むくつけきオッサンどもの間にたった一人、アイドルまがいの美少年が紛れ込んでいるのだ。


「324番が言ってるのはアレだな。

 アレは確かに、ウワサにもなるだろう」

「そうじゃ。

 ヒドイ目に合わねば良いんじゃが」


 ヒドイ目?


「監視どもか。

 たしかにあの少年に体力は無さそうだ。

 作業をサボってる、と痛めつけられそうだな」

「それもあるが……

 ワシは労働者どもも危険じゃと思っとる」


「弱い者イジメか。

 しかし、ここの労働者にそんな元気が残っているか?」

「アンタは知らんか。

 こんな場所でも人間が多数いれば、派閥も出来るし派閥争いも起きる。

 もちろん同じ集団の中での上から下への暴虐だって起きるんじゃ」


 本当か。いやまぁ、人間の集団が居れば仲間割れが起きるのは理解出来る。けどこの鉱山の労働環境は過酷だ。そんな元気が残ってるとは思わなかった。 

 

「あれじゃ、性質の悪いの」


 ヒンデルが指差すので見ると、金髪の少年に数人の中年男が近付いている。食堂の仕組みが良く理解出来ていない少年になにやら教えてる風情。


「教えてやってるみたいだぞ」

「そうじゃ。

 新入りに教えてやると上手いコト言って近づいてな。

 授業料と称して、毎日コインを奪う。

 逆らえば数人がかりで袋叩きじゃな」


 なるほど、性質が悪い。

 俺は立ち上がり、その集団に近付いて行く。



「へへへ、どうだ新入り。

 あの人が俺達のリーダー66番さんだ」

「面倒見の良い方なんだ。

 仲間になって損は無いぜ」


 オッサン達が少年を連れて行こうとする先には、横幅のデカイ男。

 他の労働者よりも小奇麗な服装。


 この人間なんてみな汚れた作業着。それは仕方ない。来る日も来る日も、鉱山で死ぬほど働らかされているのだ。

 ここにはボタンを押すだけで洗濯から乾燥までやってくれるような便利な機械は無い。疲れた労働者は汚れた服のまま布団に入って寝る。

 擦り切れて服の残骸の様になってから、コインで新しいのと取り換えるのである。

 

 って事はあの男は鉱山での労働を必死でやってはいない。老人の言う通り集団の下の人間を働かせて搾取している。



「すみまっせーん。

 あ、どーもども。

 この子、こっちの知り合いで面倒見るよう頼まれてたんですよ。

 先輩たちの手をわずらわせちゃ悪いんで」


 さっと俺はオッサンと少年の間に割って入る。下手に出つつ、そのまま新入りの少年を連れて行こうとする。

 俺が見かけ通りの17歳だったら、到底出来ないマネ。だけど俺の中には出雲働の記憶が有る。ワガママな役員連中に振り回され精神をすり減らした中年男。ろくでもない思い出だが、そんな経験も少しは役に立つ。


 ところが俺の目論見はジャマされた。オッサン達にじゃない。労働者のオッサンどもは予想外の俺の出現に、どうして良いんだか分からなくなりポカンと見送る。

 だけど。


「だ、誰だ? キミは。

 僕はキミなんて知らない」


 澄んだ美しい声。少し不安そうな小さな声ではあったのだが。金髪の下、琥珀色の瞳で俺を見上げる。

 後で知る事だが、セタントと言う名前の少年。

 

 金髪の美少年が俺に向かって、そう宣言していた。

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