第3章 フェルガ副所長
第20話 武門
「な、なんなの?
うそうそうそーっ!
なにこれ、どうしてわたしの隣に男が寝てるの?!」
そんな慌てた声が聞こえて、俺の意識は少しずつ浮上する。
とても眠れないと思っていたんだが、結局寝てしまったのか。
はて、なんナンデ眠れないと思ってたんだっけ…………そうだ。金髪の美少年、セタント。
俺が目を開けると目の前には蒼褪めた顔のセタントがいた。
「キ、キミは999番。
……そうだった。僕は強制収容所の鉱山送りにされたんだった。
ここは……だから労働者達の寝床」
「さっきの声はキミのモノか?」
慌てている金髪の子に俺は声をかける。
このベッドには俺とセタントしかいないのだが。
先ほどの声は……変に高かった気がする。変声期前の少年、あるいは少女の様な高く澄んだ声。セタントは中学生くらいの少年、さすがに変声期を過ぎているだろうし、普段の話し声はもっと低い。
「……失礼したね。
寝ぼけていたみたいだ。
気にしないで欲しい。
僕は寝ぼけると声が高くなるクセが有るんだ」
「……変わったクセだな」
「それは良いが……いや、良くない。
そんなコトよりも!
999番、君は何故僕に抱き着いて眠っているんだ?
キミ……まさかおかしなシュミでもあるんじゃあるまいな」
「……俺が抱き着いていると言うよりも……
オマエが抱き着いているように見えるのだが」
ホントウである。
俺は眠りに着く前、セタントを抱いているかの如く近付いてしまったが腕を回したりはしていない。そんなマネ出来るモノか。
ところが現在金髪の少年は俺の腕の中に入り込んでおり、自分の身体に縋りつくように抱き着いているのだ。
「わっ! わわっ? あわわわわわわ?!?!」
セタントはいきなり俺の近くから飛びのいた。
「抱き着いてなんかいないー。
わたし、僕は昨日初めて会った男に寝台の上で抱き着いたりしない。
しないもん、しないんだー」
「分かった。
分かったから泣くな」
金髪の子は目に涙を浮かべていた。目のフチと鼻の頭が赤くなって、下睫毛から既に水滴が零れそう。
「泣かないでくれ。
悪かった。
俺が悪かった。
ホラ明け方は寒いだろう。
隣に体温を感じて、寝ぼけて抱き寄せてしまったんだ。
それだけで他に下心なんか無い」
「そ、そうだよね。
寒いからね。
あはははははは。
僕の方こそ、寒いからキミにくっついてしまったのかもしれないな。
あははははははは」
男同士だし、ここまで慌てる必要は全く無かったとおもうのだが、俺もセタントも異常に慌ててしまっていた。
金髪の子は寒いせいと言う理由を見つけて胸を撫でおろしていたし。
俺の方もこぼれそうな涙が引っ込んだ事に安心していた。
「こ、こんな固いパンは初めて見た。
これを噛み千切る事が出来る人がこの世に居るのかい?」
いつもの朝食であるが、セタントの口には合わなかったらしい。
「落ち着け、711番。
スープに浸すんだ。
水分を吸えば、老人でも食べられるようになる」
「スープ?
キミがスープと言っているのは、もしかしてこのしょっぱいお湯の事なのか?
これはスープと呼ばない。
具は入って無いし、味付けだってほとんどされていないじゃないか」
そう言われてもな。んー、俺はあまり食事に拘らないタチだし、周囲の人間も文句を言わない。
セタントは貴族のお坊ちゃんだったんだものな。こんな食事で我慢出来ないのもトーゼンか。
「大丈夫、やがて慣れる」
「……慣れたくないな」
朝メシが終わり、昼メシを受け取る。乾パンと水筒が首からぶら下げられる袋に入っていて、1枚のコインと交換するのである。
今度はセタントも文句を言わない。
「戦場に行く時の携帯食料と一緒だよ」
「……戦場って、キミはまだ子供だろう。
貴族なのに戦場に行った事があるのか?」
「999番、僕はこれでも16歳だ。
成人はしていないが、もう見習いとして戦場へ行くのは当たり前の年齢なんだ」
「しかし、キミは良い家の子なんだろう。
クライン家と言ったか?
この国でも有数の貴族だと教わった」
「アナタは本当にクライン家を知らないのか。
ウチは確かに貴族だけど、武門の家柄だ。
クラインと言えば代々、
だから……僕も
ならなきゃいけない、と言われて来た。
…………だけど、鉱山送りなんてね。
その人生もこれで終わりなのかもしれない」
「……あまり気を落とすな」
俺はとりあえず気を落とすな、とだけ言った。
それ以上に何か言ってやりたかったが、俺にはナイトと言うのが何なのか良く分からない。この鉱山から生きてるウチに抜け出す方法があるのか、それも知らない。ここが犯罪者の強制収容所とするなら、刑期も有るのだろうか。だが、刑期が終わり、この鉱山から出て行ったと言う話を聞いた事が無い。
俺はまだセタントにかけてやる言葉を持っていなかった。
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