第38話 魔法炉
「これが私の魔法炉だ」
自慢げなルピナス・エインステイン。白いマントを羽織った小柄な女性である。
目の前には機械。人間二人くらいのサイズはある。無骨なドラム缶みたいな本体から煙突やらなにやら生えている。
家庭用焼却炉みたいなシロモノだな。
セタント・クラインが言う。
「これは小型魔法炉ってヤツだね。
初めて見たよ。
知り合いの貴族の家で見た魔法炉はもっと大きくて立派だった。
代々、魔法技士を継ぐ貴族だと家に伝わる高機能大型魔法炉を持っているんだ。
この小型炉を使うのは、まだ見習いの子や、魔法技士の弟子なんかが小物を作るのに使うって聞くね」
「見習いの子供用か。
確かにボロッちいな」
高機能大型魔法炉とやらを俺は見ていないので比較しようが無いのだが、目の前のドラム缶は使い古されたシロモノ。あちこち煤けてるし、ヒビみたいなモノも入ってる。一言で言うとポンコツだな。
「ボロっちい言うな!
立派でなくて悪かったな。
大きく無くて悪かったな。
こんなんでも私の大事な魔法炉なんだぞ。
中古だけど高いんだぞ」
どうやら俺とセタントはルピナスの虎の尾を踏んでしまったらしい。
「有り金はたいても買えなかったんだぞ
借金までこさえて、やぁっとやぁっと買ったんだからな!」
大きなスコープでルピナスの表情は見えないのだが泣き喚いてる様な雰囲気。
「僕が悪かったよ。
確かに魔法炉は小型でも貴重な物だ。
失礼を言って悪かった」
金髪の子は素直に謝っている。
「ルピナスちゃん、ゴメンねぇ。
うんうん。
ルピナスちゃんの魔法炉立派でちゅねー」
「でしょでしょ!
………………
だから子供扱いするなー」
「……キミたち仲が良いね」
セタントは少しジト目になっていた。
それで何だったかな。
えーと、売店のオバちゃんに俺はシャベルが手に入らないかと訊ねていた。そしたらルピナスに呼ばれたのだ。
「うん、それでそのシャベルと言うのは何に使う道具なのだ。
オバちゃんに聞いたのだが、どうも要領を得なくてな」
何に使うと言われると、説明しづらいな。オバちゃんだって知らない道具を説明するのはムリがある。
「んん-と穴掘りだ。
食事に使うスプーンの大きいヤツ。
そんな外見で地面に突き刺して、土を掻き出すのに使うんだ」
「フム、スプーンの大きいヤツ、と」
手元のメモに書き書きしている。見てみると白板みたいな板状のモノにチョークちっくな物体で書き込んでいる。
描かれてるのは子供のラクガキの様なスプーン。いびつな丸い先端から歪んだ棒が生えてる。
「なんだ、見るな」
「お絵描きか。
ルピナスちゃん、上手でちゅねー」
「うん、お絵描き得意なのー。
って、違うと言っているだろうが!」
「初めての道具を作るならイメージが大事だからな。
設計図を作っておかないといかんのだ」
設計図……
あのチョークで描いた子供のラクガキが、設計図。
まー、いいか。
せっかく俺のリクエストに応えて作ってくれると言うのに、これ以上機嫌を損ねるコトもあるまい。俺はツッコミはしないでおく。
「しかし、魔法技士と言うのは珍しいエリート職なんだろ。
なんだって鉱山労働者の俺の言う事なんか聞いてくれるんだ?」
「私は…………何でも無い。
毎日ツルハシばっかり作ってるからな。
たまには変わった物も作ってみたくなるんだ」
ルピナスは少し言い淀んでから答えた。
へー、ここのツルハシはルピナスが作っていたのか。
「そうだ。
999番キミ、鉄のツルハシを買ったんだろ。
使い心地はどうだった。
試験的に作ってみたんだ」
「アレは試験品だったのか。
良かったぞ。
頑丈だし、黒染め加工してあって見た目も良いし。
しかも銅製より軽い。
全部アレにしてしまえば良いのに」
「そうか、良かったかー。
ふふふふふふ。
そうだろ、そうだろ。
このルピナス・エインステイン様の自信作だからな。
当然だ。
わははははっははは」
ルピナスは満足気。鉄のツルハシはどうだった、と訊いた時は声に不安が混じっていたのだが。今や頭を天に上げて、高笑いである。
「そうでちゅよ。
良い出来だったでちゅよ。
ルピナスちゃんえらいでちゅねー」
「うん、ルピナスがんばったのー。
………………
だーかーらー。
子供扱いするな、と何回言わせるんだ!」
後ろでセタントはこっちを見ている。
その目は瞼が半分閉じられ、ジットリした雰囲気で俺を眺めているのである。
「だーかーらー。
仲が良すぎないか。
初対面なんだろ。
僕の方が先に出会ってるんだぞ。
……2日だけだけど、でも先に出会ってる事は事実よね」
ブツブツ言ってるのだが、小さい声で俺には良く聴こえない。
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