第19話 眠り

 よく分からないまま、妖精少女パックに連れられ移動した。俺が居るのはいつもの労働者達の宿舎前である。

 

「女神が出るのか?

 ……湖の女神と言ったら、願い事でも叶えてくれそうなんだが」

「そんな女神じゃないんだわさ。

 凶なる女神って言ってるでしょなのよ」


 ええと女神と言ってはいるが、悪魔みたいなモノだろうか。神と悪魔が良いモノと悪いモノなのはキリスト教チックな一神教の概念。

 日本神話じゃ天照大神アマテラスにケンカを吹っ掛ける暴れん坊の須佐之男命スサノオだって、貧乏神だって、地獄のような黄泉平坂ヨモツヒラサカの支配者、伊邪那美神イザナミだって神様。

 八百万の神様には良いもんも居れば悪いもんも居る。多神教ってのはだいたいそう言うモノだったと思う。ここでもそうなのか。


「とにかく剣呑なヤツなんだな」

「そうだってばさー。

 やばいのなのよー。

 危険なんだわさー」


 妖精少女パックがバタバタと忙しく辺りを舞い飛ぶ。

 俺はこの世界に詳しく無いのだし、このちみっちゃい少女の言う事を聞いておくしか無いか。

 

「分かった。

 湖には近づかない様に注意しよう」

「分かってくれたなのねー。

 それで良いんだわさー」


 正直言って、あまり納得はしていない。ホントに危険な存在なら女神なんて呼びはしない。魔物とか悪魔、鬼とか呼ぶ筈だろう。

 それに妖精少女パックがカンチガイしてるだけと言う可能性も在る。なんせ相手は20センチ程しか無いちみっちゃい少女なのだ。この少女から見れば、俺だって巨人みたいなモノの筈。

 とりあえず、俺が分かったと言っておくと、ちみっちゃい少女は安心した様子だった。


「じゃあねなのよー。

 今度はツルハシたっくさん持ってくるんだわさ」



 ブルブルしていた妖精少女パックは安心したのか、機嫌良く帰って行った。

 俺は自分のベッドへと帰る。


 まだ日は昇っていないが、そろそろ深夜から早朝と呼び名を変える時刻。

 俺はいつも毛布を丸めて出かけ、冷え切った寝台に帰って来る。冷たい毛布だって無いよりはマシ。無理やりくるまって薄い眠りに着くのが毎日の行動。

 ところが今日は違っていた。

 

 俺の寝台には金髪の子が横になっていて、毛布にくるまって丸くなっている。

 セタント。まっさらな髪の毛が横になびき、瞼を閉じてるので睫毛の長さが目立つ。

 軽く眉をしかめているのは寒いせいだろうか。現在は明け方、もっとも寒い時間。薄い毛布ではいくら丸まっても寒さを完全には防げない。

 

 うーむ、引っ掴んで丸くなっている毛布の中に入っていくのは難しいな。

 丸くなった毛布にくっつくようにして、布団替わりに敷いていた毛布を自分の身体にかける。 

 なんだかセタントを抱きしめるくらい近付いてしまってるが仕方あるまい。


 金髪の子は少し前まで寒そうにしていたのだが、俺の体温で温かくなったのだろう。現在は安心した寝顔を浮かべる。

 丸くなった毛布から顔だけ出して、普段はキリっとした表情をしている顔が緩くなっているのである。


 かわえええ!

 可愛い、カワイイ、cawaii! 

 おにかわ、ばちかわ、めっかわ、ぐうかわ!


 いかん。どこぞのテレビで覚えたような若者コトバを使いたがるのはオッサンの証明!

 いや、俺は現在17歳だったか。

 とにかく。

 セタントはやたらと可愛かった。

 俺は触れ合う程に近寄っている事に罪悪感すら覚えてしまう。


 だから。

 男の子ですから!

 一緒に寝ても何の悪い事もありませんから!

 男同士ザコ寝して少しばかり近付いてしまって何が問題あると言うのだ。気にする方がおかしい。明け方で寒いのだ。こんな寒い寝床に慣れていないセタントが風邪でも引いたらどうする。その方が問題だろ。


 俺は小さく丸くなっている金髪の子を抱きしめるように眠りに着く。

 そうだ。目を開けて、女の子と見間違うようなキレイな顔を見るから変に意識してしまうのだ。目さえ閉じてしまえば、何も見えはしない。

 うわー、柔らかいな。

 柔らかくて温かくて、幸せになってしまう。

 目を閉じた俺は身体に触れる感触に敏感になってしまう。

 違うってば。毛布の感触だってば。毛布をかぶってるのだ。毛布が柔らかいんであって、くっついているセタントが柔らかい訳では無いんだって。


 なんだか良い匂い。

 やたらと甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 毛布の匂いのワケが無い。まともに洗うコトさえ無い毛布。俺の汗を吸い込みすえた匂いがするだけだったハズ。

 ところが現在俺の鼻に飛び込んで来るのはフワリとした花の蜜の様な香り。

 そうだ。

 セタントの毛布は今日配給されたばかりのモノだ。いくら待遇の悪い強制収容所であっても、さすがに毛布くらい新品のモノを渡しているだろう。だから良い匂いがしているんであって。

 金髪の子が良い匂いを発していて。そのニオイを嗅ぐだけで陶然となっている俺が客観的に見ると正真正銘のヘンタイであったりする様なコトは断じてない。

 無いったら無いのだ。


 こんな状況で眠れるものか!

 そう思っていたのだが、目を開くと金髪の子が寝ながら笑顔を浮かべていて。その柔らかい表情には俺を安心させるものがあって。

 いつの間にか俺はゆったりした眠りに着いていた。

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