第15話 ベッド

 俺は自分のベッドのある部屋へと入る。

 板で出来た粗末な3段ベットが数個。建物には同じ様な部屋が幾つか有る。雑魚寝では無くベットがあるだけ、マシと思うべきだろうか。

 建物の脇に便所が在り、それ以外の施設は無い。マッサージチェアもテレビも無い。シャワーどころか、水道すらも無いのである。

 ただただ疲れ切った労働者が寝る為だけの場所。 

 通路は油を灯した明かりが薄く照らしているが、部屋には照明が無い。それでも自分の寝床くらいは分かる。


「ベッドには割り当てが決まっているのか?」

「特に無い。

 好きな処に寝ればいい」


 俺の寝床に着いて来たのは711番である。金髪の美少年、セタント・クライン。


「暗くて良く見えない」

「おい、何で俺のベッドに寝るんだ?!」


 俺にくっついて来たセタントは同じベッドにまで着いて来た。隣にでも寝るのかと思ったら、何故か一緒のベッドに毛布を引いてくるまる。


「良く見えないって言ってるじゃないか」

「……ならば、俺が隣のベッドに移ろう」

「…………」


 俺が移動しようとすると、その服の袖をつまむモノがあった。セタントの細い指である。

 そっぽを向きながら美少年は言った。


「行かないでくれ。

 ……不安なんだ」


 その仕草に俺はアタマがクラクラした。

 

 くぁうぁゆいいいいい。

 可愛い、カワイイ、かっわいいいいい。


 俺の両腕が伸びてセタントを抱きしめそうになるほど。

 

 待て! 待て待て待て、落ち着け俺!

 相手は男だ!

 その絵面だけ見ると、金髪の美少女がベッドの中で俺に甘えているかの様では有るのだが。

 騙されてはイケナイ!

 男だ。

 いくら美少年でも俺に男を抱きしめるシュミは無い。ホントだ。ホントウに無いのだ。

 少しだけ……俺の何処かが……トゥンク・トゥンクと鳴っている気もするが……

 気のせいったら気のせいなのだ。


 落ち着こう。部屋を見回せば、隣にこそ誰もいないが数人の男達の気配。それぞれ荒くれた顔をした鉱山労働者達。ムッとしたオスの臭いも立ち込める。


 セタントはそっぽを向いているが、俺の袖を掴んだ指は、これだけが頼りとばかりに力が入っている。横顔は強がっているが、少しの怯えが見える。

 そうだ。彼は昼間、複数の鉱山労働者に襲われかけたばかりであった。初めての場所でもあるし、周りは全員薄汚れた中年男、それは不安だろう。


「ああ、気づかなくて悪かった。

 いいだろう。

 今日くらいは俺のベッドを貸そう。

 一緒に寝ればいい」


 金髪の少年は黙って頷いた。



 俺はベッドに横になる。シングルベッドくらいのサイズ。いくらセタント少年が小柄でも、俺が細身な体格であっても肉体がくっつかざるを得ない。


 金髪の子は俺に背を向けている。ゴワゴワした作業着を着ているのだが、なんだか柔らかい部位が俺に触れる。下半身の辺りが俺の腰に密着しているのである。

 やわやわっ

 ふんわりっ

 とした感触が俺に伝わる。

 えーと、つまりこのやわやわとしてふんわりしてほんのり温かい物体は……つまるところオシリ。

 落ち着け!

 俺の下半身!

 何故か俺の下半身は変に滾っている。ある部位に血液が流れ込んで膨張しているのである。

 何処かは言わない。

 だって!

 少年のケツの感触で、俺のアレがいきりたってるなんて考えたく無い。


 気を落ち着けるんだ。

 心頭を滅却せよ。

 無念無想、無念無想。

 はぁはぁ。

 男同士だ。ケツが触れあう事もあるさ。何を狼狽えているんだ。

 

 俺は下半身が触れあわないように少しばかり身体を遠ざける。するとベッドから腰がずり落ちそうになる。

 むう。キツイ体勢だが、しばらくはこのまま耐えるしかないか。


 その時である。俺の頭に声が聞こえて来る。


「ヤッホー。

 今日も行くだわさ」


 しまった。すっかり俺は妖精少女パックの存在を忘れていた。

  

「待てっ!

 今はマズイ」

「何が?

 マズイんだわさ?」

「いいから、ちょっとだけ待ってくれ」


 どうしたものか。隣にいる金髪の美少年を窺う。

 セタントは小さな寝息を立てていた。

 そういえば疲れ切ったと言っていたな。俺が作業の中心をこなして、彼には軽作業をして貰ったのだが。貴族の少年だし、中学生くらいだし、それでも大変だったのだろう。

 これなら抜け出しても気付かれないかな。

 自分の被っていた毛布を少年の身体にかけてやる。真っすぐな金色の髪の毛が少し揺れたが、寝息は変わらない。

 大丈夫そうだ。


妖精少女パック、もういいぞ。

 やってくれ」

「分かったなのよ~」


 一瞬で俺は深夜の坑道に出ていた。


「あら?

 珍しく疲れたフンイキなのよ~」


 ちみっちゃい子が俺の周りを飛び回る。コイツは今日も元気だな。

 

「そんな事は無い。

 ただ……少し精神的に緊張したんだ」


「ふーん、そんなモンなんだわさ。

 まーいいわ。

 今日もガンバッテなのよ~」 


 うん、このテキトーな性格の妖精少女パックと話すのは落ち着く。

 あんな繊細そうで育ちの良さそうな金髪の美少年には、俺はどう接して良いのか分からない。

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