第122話 ロンガス

「ロンガス様、もう帰りましょうよ」

「自分も帰りたい。だが……道が分からん」


 二人の兵士である。一人は重そうな金属製の甲冑を着こんでいる。それについて歩く部下。


「そんな鎧着ているから……本隊とはぐれて遅れちゃうんすよ。 

 もうその辺に脱いで行っちゃえばいーじゃないですか」

「バカモノ、そんなこと出来るか!

 これは戦勝の祝いに送られた高い魔法武具クラフトなんだぞ」


「でも……このチェーンメイルの方が快適ですよ。

 ロンガス様だって、これは便利だと言っていたじゃないですか」

「ぐぬぬぬ。分かっている。分かってはいるが……しかし。

 この屈強のロンガス、自分の魔法武具クラフトを捨てたりなど出来んのだ」


 周囲は夕刻、山々が赤く染まっていたが、その時間を過ぎると驚くほど暗くなる。


「ほらー、もう真っ暗です。

 どうするんですか?」

「えーい、恐れるでない。

 この屈強のロンガスが付いている。

 そこら辺の魔物など、自分ひとりだって」


「あーん、ごはん食べ損ねた。

 メチャ旨いって評判でおれすげー楽しみにしてたのに」

「メシくらい、明日の朝になっても食えるわ!」


 道が見えないくらい暗くなっていた。

 これはまずい。魔物は夜の方が活気づくと言う。本隊が相当量の魔物を倒した筈であるが…………すでに本隊とはぐれて相当な時間が経っている。状況がどうなっているかサッパリ分からない。予定通りであれば、夕方には鉱山作業所に全員戻っている筈だ。


「とにかく急ぎましょうよ」

「やめよ。この暗い道では本気で迷って遭難しかねない。

 どこかで夜を明かして、明るくなってから行動すべきだ」


「夜を明かすったって……どこで?」

「どこか開けた場所は無いか?

 火つけ石は持っているな。

 盛大に火を燃やせば、野生の獣も魔物もそうそう襲ってこない」


 山で道が分からなくなった時の行動として間違ってはいない。間違ってはいないのだが…………

 

「ロンガス様、この先を上がった場所が開けているみたいです」

「まことか。おお、これは……水場がある。水が飲めるのはありがたい。

 ふむ、広い水場だ。…………湖と呼んだ方がよさげだな」


 部下の男は思い出す。

 なんだったかな。湖のことを何か言われた気がする。……危険だから近づくな……とか。

 この湖だろうか。

 男はこの近辺の人間ではない。国王の兵隊に入って、たまたまスリーブドナードに送られただけ。

 だから。

 湖の名など知らない。

 ここがシャナ湖と呼ばれる湖だなど、知るよしも無かった。


 湖に近寄るな、そう言われた気もするが……すでに上司は湖の畔に腰を下ろしている。手で水を汲んで喉を潤している。

 そりゃ、あんな鎧着てたら、汗をかいて喉も乾くよな。

 自分も真似て一息入れる。


 湖に近くの木々が映っている。昼間なら緑色に輝く木々も、暗闇の中だとどよんと淀んで映って、美しくは見えない。


「ロンガス様、火付け石はありますが……枯れ木がありませんぜ」

「むっ、この近くの木々はみな生気あふれておるな。

 オヌシ、ひとっ走りしてこい。

 先ほどの斜面には枯れた枝も落ちていた筈だ」


 部下としては……なんで自分が、と思いもするのだが。考えて見ればロンガスは自分の体重より重い鎧をいまだに着ている。その状態で走れる筈も無い。


「分かりましたよ。

 魔物が出たら逃げますからね」

「心配するな。

 自分を呼ぶがいい、魔凶鴉ネイヴァン程度なら一撃で倒して見せよう」 


「ワレの姉妹をどうスルだと……?!」


 いきなり変な方向から声がして。


「んぎゃぁっ?!」

「なにっ……娘だと……」


 思わず変な声が出てしまった。

 ロンガスの方はさすがに落ち着いている。言われた通り兵士が見てみれば、声を出した存在は若い女であった。

 何かおかしい。何かが変だと思う。…………自分は何を変だと思っているのか。

 すぐに答えは出た。女の声が聞こえたのは湖がある方角だ。

 そちらには水しかない。


 だが赤い巻き毛髪の女はそこにいた。足元を確認すると水の上に白い足で立っていた。


「……!!!!……

 ロンガスッ様ッ!!

 あの女……浮いてるっ! 水の上に浮いてますっ!!!!」

「何をたわけたことを言っている。

 人間の女が水の上に立てる訳が無いのである」


 ロンガス様はしばらく女性を見ていた。その足元をマジマジと観察する。真っ赤なドレスはミニスカートの様になっており、腿から白い足が暗闇に映えている。

 もしかして……オッサン興奮してるんじゃねぇだろうな。

 その視線が足元に向かい、ロンガス様の目玉が飛び出た気がした。ぶるぶると顔を左右に振ったロンガス様は再度、女の足元を見つめた。


「なんということかっ?!

 浮いている。あの女水の上に浮いているのであるっ?!」

「だから……さっきからそう言ってるでしょーっ!!!」


 目玉を飛び出させていたロンガス様がまともな顔になる。


「という事はだ…………」


 湖に向けピタリと槍の刃先を構える。先ほどまで金属鎧が重くて動けんと言っていたのがウソのように素早く、腕が動いていた。


「この女は人間じゃない」

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