第13話 セタント
俺は腹を立てていた。かつてないほど怒り狂っていた。
目の前の66番に対しては勿論怒っている。
このクソ男は中学生くらいの少年の背に焼けただれたツルハシを押し付けようとしていたのだ。
複数の鉱山労働者に抑えつけられている自分の境遇を踏まえて、許しを請うてみせる事をしないセタントにすら怒りを感じていた。
金髪の少年を抑えつけてる中年男どもだって当然許せない。
俺の手で受け止めたツルハシを中年男どもの中へ放り出す。赤く焼けたツルハシから慌てて男達が逃げる。
「貴様、なんのつもりだ?!」
66番が俺に目を向ける。
「66番様、コイツは……999番です!」
「999番?!
この男が……子供じゃ無かったのか」
「成長したんです。もう17歳の筈ですぜ」
「その999番が何故、我らのジャマをする」
「ふん。
ツルハシの使い方を知らないみたいなんでな。
教えてやろうと思ったんだ。
ちなみにこいつは青銅製。
融解温度はおよそ1000度。
ランプの油で燃えた炎程度じゃ溶かせない。
ところが銅ってのは200度程度でも柔らかくなって加工しやすくなるって特徴がある。
だから昔から使われているんだな」
俺は地面に落ちていたツルハシを再度持ち上げる。その先端はまだ赤黒い。それに俺の手を近づける。
ジュジュジュッ。
肌の焼ける音がする。
俺の指は銅のツルハシを折り曲げて見せていた。
「……な!……バケモノか?!」
「ツルハシを折り曲げちまいやがった」
「焼けてんだぞ。あんなの熱くて触れやしねーよ」
「マトモじゃねぇ!
やっぱり999番、マトモじゃねぇんだ」
薄汚れた中年男達は我先にと逃げ出していた。
「コラ、俺より先に逃げるな」
66番も一緒である。争う様に逃げて行く。
そこまでの芸当では無い。俺は
俺は男達の後を追ったりはしない。こんな怒りの衝動のままツルハシを振るったりしたら人を殺しかねない。
せっかく異世界に生まれ変わったのだ。殺人犯なんかになりたくないだろ。
俺は深呼吸をして精神を整える。
どうするんだったかな。二回吸って一回吐く。
ヒッヒッフゥー
ヒッヒッフゥー
……これは精神を落ち着けるんじゃなくて妊娠した女性がする呼吸だったかもしれない。
「あの……助けてくれたんですか?」
気がつくと金髪の少年が俺の前に居た。
「貴方は先ほどの食堂の……
すまない、アレも助けようとしてくれたんだな。
気が付かなくて」
セタント・クライン。
改めて見ると驚くほどの容姿だ。シミ一つ無い真っ白い肌に、輝く金髪。琥珀色の瞳は明晰そうに俺を眺めている。
「キミ、その指!
熱くないのか?」
「アチチチチ!!!
イテイテテ」
俺は慌ててツルハシを放り出す。熱されたツルハシだってのに、すっかり忘れてまだ握りしめていた。
フゥーフゥーと指に息を吹きかける。
ポケットの中から小型の
身体を強化する
深夜作業をしながら、俺はその事を確認済みであった。
「火傷したんじゃないのか。
見せてくれ」
セタントが俺の手を取る。指を広げてみるけれど、既に俺の指にはなんの痕も無い。
「あれ、あれれ?」
「ああ、気にしないでくれ。
若い頃から鉱山で労働しているからな。
少しばかり頑丈なんだ」
「おーい、999番。
大丈夫か」
やって来たのはヒンデル老人だ。
「お前、イキナリ走って行っちまうから。
……おお、711番さん。
無事でしたか?」
「はい、この方の御友人ですか」
「ええ、ワシは324番ですじゃ」
「ああ、イヤな風習ですね。
仕方がない、ここのルールと言うのなら。
僕は711番です」
老人と少年が番号で名乗り合う。
「……俺は999番だ」
「999番、ここは一度離れよう。
監視官やさっきの連中が来る前に逃げるに限るじゃろ」
ヒンデル老人の言う通りだ。
俺と老人はその場を立ち去る。迷っていた風だが、金髪の少年も着いて来た。
離れた場所で、何事も無かった様に採掘作業を始める俺。
自分のツルハシで壁を打ち続ける。
「僕にも手伝わせてくれ。
…………嘘だろ。
なんて速度なんだ。
見る間に固い壁が崩れていくじゃないか」
「大丈夫、711番。
999番は特別なんじゃ。
彼に任せて、ワシらは崩れた石を退けるだけでええ」
「う、うん」
俺の事を驚いた様に見つめる711番。そんな顔も可愛いらしい。
少し得意な気分になる俺。前世でそんな風に憧れるようなマナザシを美少女に投げかけられた経験なんて無い。
いや。
だからあ、美少女じゃ無くて、男。
男なんだってば。
……まぁいい。
美少年だってなんだってアコガレのマナザシを向けられるのは良いモノだ。
俺は良い気分になって作業を続けた。
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