第124話 兄と妹

「じゃあ、戻ってきていないのは二人か?」

「はい。一班から20班、13班を除いて全員無事を確認できています」


 コンラ将軍代理と兵士たちの会話である。


「んで13班で戻ってきていないっつーのは……」

「あれです。

 重い魔法武具クラフトを着こんだ…………」


「ああ、ああ。

 あの男か。確かに一人で移動が遅くなったりするヤツだな」


 コンラは納得した風情。


「だから、別行動しているのを放っておいた訳だな。

 そりゃ、班長を責められねーや」


「…………僕が探しに行く」


 一人静かに耳を傾けていた金髪の少女の発言。座って聞いていた少女は立ち上がっている。


「クー将軍、もう夜ですよ」

「夜のスリーブドナードを歩き回るのは…………」


「僕なら大丈夫だ。

 確かに夜のスリーブドナードは危険だから、他の人間は着いて来なくて良い」


 小刀を持ち、足早に天幕を出ようとする。


「待て、クー」

「待たない」


「落ち着け、つってんだろ」

「コンラ、キミは家族だけど……このスリーブドナードで将軍と呼ばれているのは僕だ。

 余計な口出しはしないで」


「あのな……この兵士たちの指揮をちょっと前まで執っていたのはオレだ。

 前任者の話くらい聞きやがれ!」


「……なに?」

「そりゃ、お前の仕事じゃねぇ。

 将軍の仕事は…………

 魔物たちとの戦いに勝って、疲れて帰って来た兵士たちに。

 良くやった、お前らのおかげで大勝利だ!

 と声をかけてやることだ」


「それは…………そうかもしれない。

 だけど僕は対魔騎士だ。

 魔物と戦って、一般人を守るのが役目だ」

「兵士まで一般人扱いするんじゃねぇ!」


 コンラのその声は大きかった。怒声と呼んでも良いかもしれない。


「俺の元部下どもを甘く見るんじゃねぇよ、ああ!

 アイツらは寄せ集めだったけどな、ここに来るまでに班分けして訓練だってやったんだ。

 兵士として役に立たねぇヤツなんか一人もいない。

 そりゃ、ちっとは問題あるヤツも含まれてるけどな。

 アイツらだって戦う為にここに来てんだ。

 タダ飯食うために来てんじゃないんだよ。

 命がけだってことくらい承知してる。

 軍隊に組み込まれたからには、運が悪いヤツは死ぬんだよ」

「…………」


「今回の兵士どもは運が良かった」

「…………なんで?」


「クー、軍学校で損耗率って習ったな?」

「ああ」


「じゃぁ、今回の損耗率は何%だ、言ってみろ」

「五千人のうち行方不明なのは二人……だから…………ゼロ%。

 いや……0.0004%だ!」


「ゼロだ!

 損耗率3割超えたら、もう負けと一緒だ、って習ったな。

 その状態になる前に退却しない奴は指揮官の資格は無い、って」

「それは……習ったけど……」


「お前は誇って良いんだよ。

 国中に響き渡る魔の山、スリーブドナードに出征して、目につく魔物を片っ端から倒して。

 連れて行った兵士たちを損耗率0%で凱旋して来たんだ。

 お前も兵士たちも、国に鳴り響く英雄だ」

「……ゼロじゃない。

 0.0004%…………」


「うるせえっ!

 てめぇ、戦場に行ったんだろう。

 何人も死んでる人間を見ただろうが。

 いまさらグチャグチャ言ってんじゃねぇ!」

「…………」


「分かったら、兵士どもに笑いかけて、知らんぷりで寝ろ。

 行方不明になったヤツなんていない、知らなかった、って顔してりゃ良いんだよ」

「…………黙って聞いていりゃ……

 エラそうに、何を勝手なことを言っているんだ!

 知らなかったフリをしろって。

 そんなマネが僕に出来るか!」


「やんだよ!

 将軍なんだろ」

「好きで将軍になったんじゃない。

 勝手にみんながそう呼んだだけだ」


「今になって、そんな逃げ口上かよ。

 かっこ悪いぞ、クー」

「うるさい、うるさい。

 かっこ悪くたって良いだろ。

 僕は…………」


 コンラはさらに妹分の少女に何か言ってやろうとしたが。その口は止まっていた。

 金髪の少女の瞳を見てしまったからである。


「わたしは……まだ18歳なんだ…………

 たくさんの部下を持たされて……しかもその部下が死んだかもしれないなんて…………

 そんなの耐えられない」


 アンバーの瞳。黄土色から黄金に近い色合いのそれから水分が溢れ、頬を伝ってこぼれていく。



「……クー、悪かった。

 お前が一生懸命やってるのは分かってんだ。

 キツイ言い方しちまった」

「コンラは悪くない。

 …………わたしが子供なだけだ」


 コンラは髪を搔きむしる。

 はぁ、畜生、泣いている女か、フツーなら肩でも抱き寄せたいところだが。そうもいかない。この女は兄弟同然で、しかもいつの間にやら人妻なのである。


「コンラ…………死んでると思う?」


 下を向く少女が小さな声で囁く。声は小さかったけれど……間違いなくコンラに向かって訊ねていた。

 どう答えろってんだ?!

 こっちも小さな声で答える。


「死んでいる。

 ここはどっちを向いても魔物だらけ。

 十人は兵士がいなきゃ、対処できない敵が多数いるんだ。

 二人だけじゃな」

「…………」


 クー・クラインが顔をあげて、コンラの瞳を見る。その眼差しは真っすぐであったが、瞳は涙に潤み、頬は蒼ざめている。

 ちっ、ウソをついた方が良かったか?

 だけどよ、2,3日もすりゃすぐバレちまう。


「……分かった。

 泣くな、わたし。

 前にも誓った筈だ。……強くなる。強くなって犠牲者なんか出さなくする」


 それはクー・クラインの言葉だった。

 コンラに言っているのではなく、自分で自分に言い聞かせているようであった。

 みるみるうちに弱弱しかった瞳に力が戻って行く。

 涙でうるんでいた瞳は輝き、夜の空間が照らされるようですらあった。


「悪かった……コンラ。

 泣き言を言ってしまった」

「お、おお。

 かまいやしねぇ……たまに年下の妹のグチを聞くくらいなんてことはねぇ」


 と言いつつもコンラは舌を巻いている。

 この妹は……いつの間にこんなに立派になりやがった。


「一つお願いがあるんだ、コンラ」

「なんだ?」


「イズモには……犠牲者が出たって言わないで。

 彼は…………一人で捜索に行ってしまう。僕らじゃ止められない」

「分かった。

 内密にしておく」


「絶対だよ」


 可愛らしく念を押す少女。

 なるほどね。

 守るものが出来ると男だけじゃ無くて……女も強くなるのかもしれねぇ。

 コンラはそんな風に思っていた。

 

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