第75話 たまげる俺

 俺は食事らしきモノとそれの置かれた台を眺める。

 粗末な木で出来た台。木の窪みもあるし、食物を溢して出来たのであろうシミもある。最低限の拭き掃除くらいはしていると思われるが、それも丁寧にやっているとは考えられない。

 長細く出来た木のテーブルに俺達3人は座っている。金髪の美少女セタント・クライン。白髪の混じる老人ヒンデル、17歳の青年である俺。


 木で作られたトレーに食事らしきモノが置かれている。パンとスープの如き液体。パンはトレーに直接置かれて、皿に載っていないし、紙すら挟んでいない。液体はさすがに瀬戸物の深皿に入っている。

 金属製の匙が付いている。おそらく銅製。


 確か銅には抗菌作用が有ったな。

 有名なのは銀の消毒効果で、中世ヨーロッパでは毒に警戒し銀の食器を使っていたと言う。

 それに比べれば有名では無いモノの銅は優れた殺菌効果を持つ。銅の表面についたインフルエンザウイルスは1時間で75%が死に絶える。

 現代でも注目され、もしかしたらコロナウィルスに効果があるかも、と病院のドアノブや蛇口を銅製の物に取り換えるなんて話すら在った。

 その効果を古代の人間も生活の中から察していたのであろう。銅製の食器は世界中至る所で発見される。


 俺は銅のスプーンで温かい液体を救って飲む。多少の塩味。野菜クズらしきモノが浮かんではいるが、具と呼ぶには淋し過ぎるし、出汁と呼べる風味も無い。


 パンは丸パン。パン屋によってはブールなんて名のつく物。

 大き目なサイズ。日本のパン屋で売っているブールは握り拳くらい。今俺のトレーに在るモノはその倍近い。

 固さはその4倍はあるだろう。手で千切ろうとしても、ビクともしない。

 そうだ。スープと呼びたくない液体、このお湯に浸して食べるんだったな。

 パンをお湯の皿に向けて俺は気が付く。


「このパンは…………カビが生えている」


「うん。生えてるね。

 キミはいつもそのまま食べるけど、カビは取り除いた方が良いよ。

 ここの人達はあまり気にして無いけど、本当に身体を壊す原因になるんだ」


 セタントが言う。彼女はカビから黒いモノを取り除いてから食べているようだ。

 いかん、カビだけ取り除いてもまだ危険なのだ。


 日本でも食糧事情が厳しかった頃はカビなど気にしてる場合じゃ無かったと言う話もあるが。

 カビとは食品が傷んで変色したのでは無い。菌なのだ。

 目に見えない程小さい菌が胞子を飛ばし繁殖する。見える程大きくなってるのはその菌のカタマリ。

 見えるカビを取り除いてもその周囲には見えない菌や胞子がはびこっている。


「711番、カビが生えた食品は食べない方が良い。

 黒い部分だけ取り除いてもダメだ。

 他の部分もすでに傷んでいる」

「…………どうしたの999番。

 昨日まで何も気にせず食べてたじゃないか。

 僕がせめて黒い部分は捨てた方が、と言ってるのに。

 まるで聞いちゃいなかったのはキミだよ」


 うんうん、と言うようにヒンデルも頷いてる。

 アレッ、そうだっけ。

 俺、命知らずだな。


 確かにカビが少々胃に入った程度なら、腹具合が少しおかしくなるかどうか程度。

 しかし菌を多数身体に取り込んでしまえば、食中毒を起こす。

 さらに菌だけではなく、その分泌物こそが真の危険を伴うという説もある。

 菌というモノはモノによってはお酒を造る麹であったり、チーズを造る有益な作用を持っている。

 中でも、ペニシリン。

 この一度は聞いた事があるであろう物質。これこそは広く繁殖する青カビから造られるのだ。医療用に使われるようになって、20世紀における偉大な発見の一つと数えられるようになった。抗菌薬であり、身体の中で今まさに病原菌が広がっている時には頼りになる薬だが。強い薬はモチロン副作用も強い。

 飲み過ぎると幻覚を引き起こす場合もあるし、ひどい場合はショック死した例もあるのである。

 

 そんなやべぇ食物を俺はナニも気にせず、バクバク食べていたのか。

 ナニやってたんだ、昨日までの俺?


「セタントもヒンデルも食べないでおけ。

 後で俺がヤキトリを分け与える」


 あのトリ肉も魔凶鴉ネイヴァンの肉。ホントに危険は無いかと問われると怪しい部分もあるのだが、少なくとも焼いてはある。地獄の炎ヘルファイヤで中まで焼けている肉。食中毒の危険性は少ないハズである。


「……ホントにどうしちゃったんだろう。

 999番、まさかカビが頭に回っちゃった?」

「元々ジョーシキ知らずのヤツじゃ。

 あまり気にせん方が良かろう」


 なんとなくセタントもヒンデルも俺におかしなモノでも見る視線を注いでいるが。

 俺に言わせれば、おかしかったのは昨日までの俺である。


 その後も、食堂の床が汚過ぎて驚いたり、宿舎の便所が汲み取り式である事にショックを受ける俺。さらに坑道まで歩く山道を木のサンダルで歩いているセタントとヒンデルにおったまげ、すぐに知り合いに革靴を作らせると約束し、それまで待っていてくれと涙を流す俺。

 セタントもヒンデル老人も呆れを通り越して本気で薄気味悪くなってきたらしい。


「999番のヤツ、ホントに頭がどうにかしてしまったんではないかの」

「……どうしよう。

 まさか、僕が朝引っぱたいた時に頭を打ったせいだったりして……」

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