第76話 ヒンデルの話

「711番さんの事は…………

 実はわしも気が付いておった」

「…………!?……」


 俺と711番:セタント・クライン、324番:ヒンデル老人の3人は坑道の奥の方で密かに話している。

 俺が出入り口に近い方に立って、監視や他の労働者が近づいてこないか見張っている。

 セタントとヒンデルは岩に座ってヒソヒソ話である。するとヒンデルは気が付いていたという。

 俺が朝食の席で言った件。「セタント・クラインは女性だ」に関して言っている。


 

「アンタはいくらなんでもキレイすぎる。

 なんぼ元貴族と言っても、16歳の少年じゃ。

 こんな鉱山におったらもっと薄汚れてアタリマエじゃ。

 それがヒゲも生えた跡が無いし、腕も足もピカピカじゃ」


 ハッとセタントが自分の顔を抑えている。その口元にはヒゲも生えていなければ、剃った痕も無い。

 ちなみに俺は定期的に剃っている。こんな場所なので以前は生え放題だったのだけど。ルピナスに作って貰ったシャベルサーベルの試作品でナイフの様に使える。

 

「クションッ。

 あ、ゴメン。

 続けて、続けて」


 俺は単にくしゃみをしただけである。

 大事な場面の空気を壊したいワケじゃ無いんだが……だって坑道の中は空気が悪い。土埃だらけ、目までシバシバしちゃう。

 深呼吸しようにも、その吸う空気に粉塵が入っている。いやーん。こんなの肺がおかしくなるよ。

 俺はセタントやヒンデルを真似て、作業服の端っこからこさえた布で顔の下半分にマスクをする。

 金髪の子がジロっと俺を見る。


「999番、どう言う風の吹き回し?

 前にヒンデルさんに言われて、一遍はマスク付けたけど、それっきり付けて無かったじゃない」

「……そうだっけ?」


「そうだよ。

 何回言っても、呼吸がしづらいって外しちゃったじゃない」

「ああ。

 ん-ーー、花粉症かハウスダストアレルギーになったみたい。

 くしゃみと鼻水が出るんだよ」


「…………カフンショ?」


「……お二人さん、話を続けてもええかの?」


 ヒンデル老にツッコまれてしまった。

 俺とセタントは前後の脈絡なく、会話続けそうだったのだ。

 ゴメンゴメン、続けてね、とヒンデルに慌てて向き直る。



「ワシは……最初からフシギに思うておった。

 アンタはクライン家の一人息子だと聞いておるし、副所長のフェルガもそう言っておった。

 世間ではクライン家に子供は二人と言われておる。

 16歳の跡取り息子、セタント・クラインとその姉」


「国一番の対魔騎士、クライン家の一人息子がセタント。

 しかし彼は体が弱いと言う噂が流れておる。

 それでもナイト・オブ・ナイツを継ぐのは彼しかおらん。

 もしも体が弱いとウワサの少年がこの地獄の鉱山で亡くなりでもしたらどうする。

 クラインは跡取りを無くす。

 はたして王命でもクラインがそれに従うじゃろうか?」

 

「この国に伝わってきたナイト・オブ・ナイツがいなくなるんじゃ。

 普通なら王の命でもそう簡単に従わないじゃろう。

 ましてスァルタム・クラインじゃ。

 王に反対する意見を平気で発言しておる武人なんじゃ。

 ところが、抵抗したと言う話も無くセタント・クラインはここに居る。

 しかも体が弱いと聞くが多少華奢な程度で健康そうな少年じゃ

 とすると…………

 ワシは最初ニセモノかと思うとった。

 何処かからセタントに面差しの似た少年を連れて来る。

 どうせ鉱山に放り込まれてしまえば、元々の知り合いなどおらん。

 替わりの者がここに連れて来られたとしても誰も気が付きはしない。

 誰か平民が金目当てで身代わりを引き受けたのじゃろうと」


 暗い坑道でヒンデルの言葉が続く。

 セタント・クラインはその発言を遮らず聞いている。ピクッピクッと言っている内容に反応はしているが黙ったまま、坑道を照らすランプの灯りを見つめている。


 この少年、もとい少女は…………ニセモノなのか?

 影武者みたいなモノ。古今東西、王様やエライ大名、権力者達は狙われるモノだ。だが、その国の王や代表であれば人前に出て行かざるを得ない。そんな時に替え玉を立てて危険から身を護る。

 だけど、それにしては…………


「しかし、どうやらそうじゃない。

 711番はどう見ても貴族じゃ。外見が似た平民を替わりに連れて来たにしては、言動も思考も何もかも品が良すぎる。

 それに副所長。フェルガ・マクライヒとも顔を合わせている。

 711番アンタは姉にそっくりだそうじゃ。

 多分、姉と面識のあるフェルガ副所長がここに居る事は予想外だったんじゃろう。

 711番も驚いておったな」


 そう。確かにフェルガ、副所長だと名乗る女は言っていた。

「君がセタント・クラインか。

 驚いたな。クー・クラインとそっくりだ

 姉と弟と聞いていなければ本人だと思う所だ」

 フェルガ副所長、おっかない雰囲気の美人。

 ん-、あの狂った女に逢った後では…………ゼンゼンまともな美女に思えて来たな。同じ様に剣呑な雰囲気と言っても、方向性は大違い。フェルガ副所長のそれは出来る軍人のそれ、あのマッハは連続殺人犯のそれ。


 そんな話は置いておいて。俺にもヒンデルの話の結論がだいたい理解出来てきた。

 セタント・クライン、金髪の美少女は理解できているのか、どうか。

 静かに座ったまま、ヒンデルの話を聞いている。

 その顔には焦りも動揺も現れていない。

 

「ここまでくると俺にも話が見えて来たな。

 ヒンデル、つまり彼女は…………」

「そうじゃ、999番。

 ここにいる711番は…………」


「クー・クライン。

 クライン家の一人娘。

 17歳の筈のセタント・クラインの姉じゃ」

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