第129話 考えすぎ

 セタントくんがバズブのことを好きなのは分かった。

 けれども……バズブの方は…………

 この女性は……いや、人間の女性に見える存在は…………実際には人間の女では無い。


 二人が出会った10年前、その時セタントくん7歳前後の少年だった。しかしバズブの方はどうやら現在と変わらない大人の女性であった。

 例えば、7歳の小学校男子が、学校の女教師に恋をした。それは微笑ましいことだし、実際にも良くあることだろう。では、それを大人の女教師が受け入れるだろうか。もちろん在り得ない。表面上は、嬉しいわー、などと言って適当に受け流す。

 7歳の少年が成長して青年になって、その時にもまだ女教師への恋心を無くしていなかったなら。そうそうある話では無いと思うが、だがその場合も一般的な女教師なら受け入れないだろう。

 万に一つ、と言うことであればそんな切っ掛けの男女関係もあるかもしれない。逆に言うと万に9千999は起こりえない。


 そのことをセタントくんは理解しているだろうか。


 ましてや。

 このバズブは女教師でも無い。彼女は人間では無い。狂気の神々トゥアハ・デ・ダナーンなのだ。

 あの狂った女神『赤きたてがみのマッハ』と同じ。

 彼女にとって人間とはなんだ。

 おそらくマッハにとって、人間は豚や牛と一緒。食い殺しても何一つ胸が痛まない。

 バズブにとってもそうでないと言えるだろうか。

 彼女はセタントくんを守る為とはいえ、フェーリン家の次男を病にし、廃人へと追い込んだ。

 いや、ならば。

 彼女にセタントくんを守ろうとする精神がある、とも言える。

 家畜同然と思っているなら、守ろうとはしないだろう。


 しかし更に考えていくならば、猫や犬ならどうだろう。ペットのことを愛する人間はもちろんいる。

 自分の猫を家族として命がけでまもろうとする飼い主はいるし、病気で愛犬が亡くなったなら、泣きさけぶ人間はたくさんいる。


 バズブがセタントくんを愛しているとして…………

 それがペットへの愛情で無いと誰に分かるのか?


 そこまで俺が考えた時であった。

 誰かが俺の目を突いた。


「うりゃっ!」

「いだだだだ、な、なにをするんだ? 半山羊妖精グラシュティクさん」


「なんだか、イズモが考え過ぎてるみたいだからさー。

 中断してあげたの」

「考え過ぎ…………?」

 

「いいんだよ、女神と人間だろうが。

 僕だって妖精だけど、イズモを愛してるしさ。それも性的な意味で。イズモだってそうだよね」

「それは違う!」


「バズブちゃんだっておんなじだよ。

 バズブちゃん、ヴァ〇ナ付いてんでしょ。

 セタントくんだって女と見間違うような美形だけど、ペ〇ス付いてるよねっ!」


 グラシュティグさんがとんでもない台詞を訊ねる様に言う。

 俺はその頭をはたいておく。この妖精、日本語じゃなければナニ言っても良いと思ってるんじゃないだろうな。


「だったら良いじゃない。くんずほぐれつじゃない。抜きつ抜かれつじゃない。

 年頃の男女のデコボコの埋めあいじゃない。

 バンバン子供を産んで繁殖しちゃえばいーじゃない。

 どうせ現在の人間なんてさ、猿と大して変わんない類人猿と狂気の神々トゥアハ・デ・ダナーンがサカって繁殖して増えまくった種族だよ。

 バズブちゃんとセタントくんだって同類。

 おんなじだよ」

「………………」


 半山羊妖精グラシュティグさんの言う事はハチャメチャで下品でかなりお下劣ではあるのだが、ある程度の説得力があった。

 俺は思い出していた。日本神話にギリシャ神話。この神話に出てくる神々も相当ハチャメチャ。兄弟姉妹でえっちするのはアタリマエ。神々と人間が子供を作るのもアタリマエ。はては息子、娘とまで子作りして子孫繁栄してしまう。

 そう考えれば、たかだか神様の女性と人間の少年が惹かれあい結ばれる程度、なんの不思議も無いのかもしれない。


「…………グラシュティグさんの言うことは分かった。

 確かに俺は考え過ぎていたかもしれない。

 ……しかし、それとは別にやはり最初の問題が残る。

 バズブさんは病気の女神だ。

 彼女がそばにいる限り、セタントくんは常に瀕死のまま暮らすことになる」


「分かっています、イズモさん」


 静かな声が答える。黒い髪の女神。


「私は去ります。

 セタント……あなたは最初逢った時、ほんの子供だったわ。

 だけど、私を恐れなかった。

 私が「狂気の神々トゥアハ・デ・ダナーンなのよ」と言っても。

 「神様と話が出来るなんて光栄だな」と笑って答えた。

 あなたは冬が訪れるたびに大きくなって、私と変わらない背丈になった。

 いいえ、今ではあなたの方が少し大きいわね。

 愛しいセタント、あなたは私と別れたら生きていく意味が無い、と言ったけど。

 私も同じ、あなたが死んだなら生きていけない。

 だから、分かれましょう。

 私もあなたも別々の場所で生きていくの。

 どこかでまた巡り合えるかもしれない。

 そう思ってお互い生きていきましょう」


 バズブさんが話している。その声は小さいのだが、静かな声で良く通っていた。

 ところが、 部屋の外で何やら音が聞こえる。なんだか表が騒がしい。


「バカたれ。

 立ち入り禁止だって言われただろ、エメル」

「呼び捨てにしないで。

 わたし他の人間が入って行くのを見たのよ」


「そりゃ、イズモだろ。

 アイツはああ見えても一応魔法医師デアドラだぜ」

「それだけじゃありません。

 細身の女性が入って行くのを見ましたわ。

 他の女性が入れて、私が入れないとは納得いきませんわ」


 その声は……エメルさんとコンラさんだと思えた。

 コンラさんはクーやセタントの乳兄弟。俺はまだ、そんなに話していないのだが悪い感じはしない。

 エメルさんは、この国の王様の娘でワガママ王女と評判が悪いらしい。

 俺としてはそんなに悪印象は無い。若干、上から目線なのは気になるが……偉い人の娘だし…………まぁ、そんなもんだろう。偉い人やその関係者はだいたい、他の人から悪く言われがち。むしろ個人的には同情心すら感じている。


 そんな訳で俺個人としては、エメルさんに悪感情は無いのだが…………

 現状、入って来られるのは困る。

 何故かと言うと、エメルさんはセタントくんに片恋、一方通行ラブ、であるらしいのだ。あくまでコンラさんから聞いた話で、どこまで真実かは分かっていないのだが。

 セタントくんに片想いの人が、セタントくんとバズヴさんの語らいの最中に入って来るのは…………

 まずいんじゃないかな……まずいよね……多分まずい、きっとまずい。


 そんな俺の思考も知らぬげに扉が開かれ。

 エメル王女が入って来て。


 そして彼女の方を見てすらいないセタントくんは、バズヴさんだけに話している。


「だ、駄目だ。

 いやだ、バズブ。

 知っているでしょう。

 僕は君が好きだ。

 君だけを愛している」

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