第130話 カンチガイ
「僕は君が好きだ。
君だけを愛している。
知っているでしょう。
僕はワガママなんだ。
絶対にバズヴと別々に生きていったりはしない」
諦めた瞳の女神に、金髪の少年が語り掛けている。
セタント・クラインと
あの冷めたニヒルな雰囲気のセタントくんのどこにこんな熱情が隠れていたのか。
俺が驚くほど、必死で少年は語っていて。
そして扉を急に開けて入って来た女性、エメル王女はその言葉を聞いていた。
聞いちゃったと思う。タイミング的にギリではあったけど、好きだ、愛してる、から先は全て耳に入っている筈。
俺はもちろん、セタントくんの方も気になるのだが。
それと同じくらいにエメルさんも気になってしまって。
彼女は凍り付いたように立ち尽くしている。
「お、おい、エメル…………大丈夫か」
コンコンと彼女をノックするように肩を叩いているのはコンラさん。エメルさんともつれ込むように扉から入って来た。
エメルさんは全く反応しない。視線は中空をみつめ微動だにしない。手も足も扉を開けて入って来た形のまま、彫像になっちゃったみたい。
そこでさすがにセタントくんも侵入者に気づいたらしかった。
「……コンラ、どうしたの?
今ジャマじないで欲しい状況なんだけどな」
「あー、セタント、悪いな。
俺もジャマしたくは無かったんだが…………
あはははは。
じゃ、俺は行くぜ」
コンラさんは固まってしまったエメルさんを引きずって外に出て行った。
あのショックの受けようは……エメルさんがセタントくんにラブってのは真実だったんだなぁ。
目の前で思いっきり別の人に愛の告白をしている場面を見てしまったとは…………
勝手に病人の部屋に入って来た彼女の自業自得とも言えるのだが、ついつい同情してしまう俺である。
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外までエメルを引きずって来たコンラ。
この女……マジで固まって動こうとしねぇ。重いっつんだよ。ちょっと腰やらなんやら触れちまうけど、悪く思うなよ。動かないお前が悪いんだからよ。
建物の表まで連れ出して、外の空気を吸って、やっと一息ついたコンラである。
「コンラは…………知っていたんですね?」
「あ、エメル……やっと正気に戻ったのか」
気が付くとブラウンの長髪の女性が自分を睨んでいた。
知っていた……と言うのは、あの女のことを言ってるんだろうな。
「いや、知らねぇ。
…………まぁよ。セタントの言動から好きな女がいるんだろうな、ってのは感じていたが。
あの黒髪の女に逢うのは初めてだ」
正直な事実である。
セタントはあまり自分のことを話すキャラではないが、一応家族同然に暮らしてきた。多少年上ではあるが、多感な年頃の男同士である。エロい話をしたこともある。
こっちが「ちきしょー、女のおっぱい触りてー。コインあげたら触らしてくれる女とかいねーかなー」とメチャ正直な本音をぶちまけていると言うのに。
なんだかセタントは澄ましていて。
「セタント、お前顔が良いからよ、年上の女にモテルだろ。土下座したらヤラしてくれる女くらい絶対いるんじゃね。
ハジから頼んでみてくれよ。
それで誰がヤラせてくれたか、教えてくれ」
「コンラ…………キミだって女性に人気あるんだ。
そこまで恥知らずなセリフに僕を巻き込まないで欲しいな」
このヤロー、年下のくせになんで余裕があるんだ。
まさか俺より先に女を知っちゃったりしたんじゃねぇだろうな。
とホンキで疑ったりもした。
少年の日の恥ずかしい想い出である。
「私……勘違いしていましたわ…………
私は王の娘で…………子供の頃から私の機嫌を取ろうとする人は多くて……
大人から子供までみんな私の言いなりでした。
でも……セタントだけは違っていて…………
丁寧にはしていても……私の機嫌を取ろうなんて絶対しなかった」
エメルは彼方を見ていた。
昔のことを思い出しながら話しているのだろう。
「だから……私最初はセタントが嫌いでした。
でも…………成長してくるにつれて……正直に私に接してくれるのは……あの人だけだと気が付いて…………
セタントは私が近づくと困った様な顔をして、でも私に付き合ってくれて…………」
「他の男の人とはいつも違っていて…………
私を普通の女性として見てくれる。
もしかしたら、この人と付き合えば私も変われるかも。
ワガママ王女じゃ無くて普通の女性になれるのかも…………
なんて思いましたの」
「でも私の勝手な勘違いでした。
僕はワガママなんだ、なんて言うセタントは初めて見ました。
私がセタントを見ている間、セタントはあの女性だけを見ていた。
……あの女性を愛していたから、私の機嫌を取ろうなんて思わなかった。
…………あの女性が大事だから、王女の機嫌なんてどうでも良かった。
それだけ……でしたのね」
…………コンラとしては何も言えない。
この二人が都の学校で会っている時期、コンラは兵士として訓練に行っている。二人のことなど分かりはしない。
だけど、多分……この女の言う通りだ。
あの黒髪の女は多分普通じゃない。一目見ただけども一般的な村人ではありえない雰囲気を漂わせている。
セタントはあの女性のことを隠していた。コンラに一言も打ち明けなかった。
あの女性のためだ。
何かの事情があって話せなかったのだと思う。
その事情まではコンラに予想が出来ないが…………
でもエメルにとっては同じこと。
セタントはあの黒髪の女だけが大事で、エメルのことはなんとも思っていない。
それは多分間違いない事実。
「あのよ……気にすんなよ。
セタントは…………あんま自分こと話さないタイプなんだ。
俺も秘密にされてた。
冷たいヤツだと…………思わないでもないが性分なんだろ。
エメルを嫌いなワケじゃない……と思うぜ」
こんな言葉であってるのか、分からないが口に出しつつエメルの肩を抱く。
「……同情しないでください。
コンラにまで憐れまれる覚えはありません」
「……同情じゃねぇよ。
まで、ってなんだ、コンラにまで、って引っかかる言い方するじゃないか」
「あなたはまた気楽に!
王女の肩に手を回さないでください」
「うるせー。
泣きそうな女がいたら、抱き寄せるのは男の本能なんだよ」
「誰が……泣きそうです?!
誰も、泣いてなんかいません」
「…………おまえな……
自分が泣いてるのも分かんねぇのかよ」
コンラはさらに強く目の前の女を抱きしめたが、王女は抵抗しなかった。
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さて、エメルさんとコンラさんが出て行って、俺は頭を抱える。
とりあえず、エメルさんの話は置いておいて……彼女は彼女で同情はするけれど、それ以前にセタントくんの問題は大きく。
本人はバズヴさんと離れない、と言っているけれど、離れない限り瀕死の状態に彼はなり続けるのである。
「そこなんだけどさー。
もしかしたら、なんとかなるかも……なーんて。
僕が言い出したらどうする?」
その言葉を言ったのは
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