第5話 夜の仕事

 俺は999番と番号が振られた作業員。

 鉱山労働者。


 ここに名前なんてものは無い。

 作業員同士も、オイ、オマエくらいしか呼び合わない。どうしてもお互い見分けたい時は番号で呼ぶ。


 子供の頃からその環境に慣れた俺はその事になんの違和感も抱いていなかった。

 フシギだったのは、周りの人間は何故みんな夜になったら寝るのだろう、と言う事だ。

 俺はもっと働きたいのにな、と思いながら夜を過ごした。子供が夜一人で作業を続けると言っても許されはしない。


 多少図体が大きくなってくると俺は夜、鉱山の周辺を散歩した。ついでにトレーニングなどもしたし、木の上で寝ている野鳥を捕まえたりもした。おかげで、俺はかなり夜目が利くようになったし、貴重なタンパク質も取れた。


 そこで出会ってしまった妖精少女パック

 どうやら俺が夜眠くならなかったのは、称号・仕事中毒ワーカホリックのおかげらしい。

 更に前世記憶パストライフメモリーで日本人の出雲働いずも・はたらくの意識まで取り戻してしまった。


 しかしどうだろう。

 俺は現在999番と呼ばれる青年なのか、それとも出雲働なのか。


 俺の意識はほとんど日本人の物だ。

 その感覚で周囲を見ている。

 999番として17年程生きてきたが、鉱山で働いただけ。大した経験もしていないのだ。圧倒的に出雲働としての記憶の方が優っている。


 だが、この日本人の意識は正確には前世の記憶であるらしい。

 とするならば、現在の自分は鉱山で働く青年。


 その中に日本人としての記憶が蘇ったに過ぎない。現在の自分は出雲働では無い。その知識と記憶があるだけの別人なのだ。


 しかし人間の自意識や性格とはその経験や人生から生まれるものだ。999番の経験より、出雲としての経験の方が多い。ならば実質的に現在の自分はほとんど出雲であると言えまいか。


 ああ、もう止め。

 これ以上考えてもこんなの結論出ないよ。俺は哲学者じゃ無いもんな。仕事中毒ワーカホリックの労働者なのだ。



 そんな訳で俺はツルハシで地面を掘り進めている。

 鉱山の下層、他の人間は入って来れない所だ。ここは掘り進めると、魔石が出てくるのである。

 

 赤魔石ルビー

 青魔石サファイヤ

 黄魔石トパーズ

 緑魔石エメラルド


 と言っても以前の世界で観賞用貴石として価値の高かったそれとは別物。

 魔力が籠ってると言う赤く、或いは青く透き通る水晶の様な石。

 

 昼間普通の人間が働く鉱山でも稀に出て来る。コイツを見つければそれだけで、労働者は監視官から褒美のコインが貰える。見つかれば正にラッキー! なレアアイテム。

 しかしサイズは全く違う。坑道で稀に出てくるのは他の石の中に小さく光る部分が見える鉱石。水晶の様に光る部分なんて小指の爪の先ほど。

 この深夜俺が働いている地下空間で出土されるのは握り拳くらいはある魔石。俺には価値がハッキリと掴めはしないが、おそらくお宝。その貴重なお宝がゴロゴロと出て来るのだ。


「これってもしかしたら一財産だったりするんじゃないか」


 俺は妖精少女パックに声をかける。


「ん-ーー。

 人間の貨幣価値は良く分かんないなのよ。

 でも多分スゴイと思うんだわさ」


 俺の身体は疲れを知らない。

 昼間良く働いて、睡眠もせず深夜また働いているのだが。黄魔石トパーズの力を借りた俺は、昼間以上に力強くツルハシを振るう。


「がんばってーなのよ。

 この辺の大地は鉄の含有量が多くて固いのだわさ。

 鉄って妖精にとっては大敵なのよ」


「なんだっけか?

 その地面に閉じ込められたって言う女王」


妖精女王ティターニアさまなのだわさ。

 エオガン・ベルに閉じ込められたの。

 普通の場所なら、私たち妖精はすり抜けて脱出出来るんだけど。

 鉄だけはダメなのよ」


 この妖精少女パックは俺に頼んで来たのだ。

 この鉱山の下層を掘り進めて、妖精女王さまを助けて欲しい、と。


 俺は引き受けていた。

 妖精少女パックが可愛いと言うのもあるが。

 俺の身体が夜も働きたがっていた。人間に見られないここでの作業はうってつけだ。


「ガンバレーなのよ!

 ガンバレーなのよ!」


 等と可愛い声で言いながら妖精少女パックが俺の周りを飛び回る。

 可愛いけど。

 止めてくれないかな。

 その度に少女の姿が俺の目に入る。気持ちが持って行かれちゃうのが抑えられない。

 青くてヒラヒラした服。少し透き通っているのである。肌色がうっすら透けて見える。スカートらしき腰のヒラヒラが揺れるとその下まで目に入りそうになる。


 あの……もしかして……下着を着けていらっしゃらない?

 

 ぐいぐいと俺の視線は妖精少女パックを追って、そのスカートの下の神秘な光景へ引き寄せられる。

 ダメ! 

 いかん!

 仕事しよう、お仕事。


 17歳の青年にとっては目の毒。

 出雲働にとってもだったりする。30代後半まで生きたオッサンの意識が俺にはあって。だけど、そんな長い間男として生きた前世の俺だったが、女性経験は……

 

 仕方ないだろ。

 仕事で忙しかったの!

 モテなかったワケじゃ無いの。

 

 俺にすり寄って来た女だって少しは居たのだ。

 

 だけどさー。

 アレ多分金目当てだしー。

 童貞中年に色気ムンムンで迫られても引くしー。

 なんかさーお芝居でも、清純そうに「ワタシあなたの事が好きなんです」とか言われてたら……多分俺なんてアッサリ落ちてたのになー。

 そうしたら女性経験のある男だったハズなのになー。


 もう暗い話題は止めよう。

 楽しく働こうじゃないか。


 俺はツルハシを地面に叩きつける。


「なんか、ツルハシで下に掘るのって効率よくねーな。

 下に掘るんならシャベルが欲しいよな」


「シャベルってどんなのなのよ?」


「えーと、金属部の先がツルハシみたく尖って無くて。

 丸くて三角で広いヤツ」


「フーン。

 あんま見たコト無いのよだわさ」


 そうなの。

 この世界シャベル無いんかな。

 この地面鉄を多く含んでるんだよな。持って行ったら作ってくれないかな。

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