第111話 どんでん返し
ナイスだぜ、サラ婆さん。兵士達の足止めを出来るのは間違いない。
そうトリンダーが考えた時である。
吊るされていた布が開いた。中から出て来たのはブラウンの髪が長い女性。
「コンラっ! なにをデレデレしているの?!
そこの老婆、娼婦ですって!
何故そんな汚らわしい女を連れて来たのですっ!」
おそらくは…………この女こそエメル王女なのだろう。そして王女はあからさまに不機嫌な顔をしている。
「汚らわしい……とはご挨拶だね。
うちのべっぴんたちの何処を見てそんなセリフ言ってんだい!」
「娼婦なのでしょう。
あたしだって娼婦の意味位知っています。
お金で男に体を許す無節操な女、病気持ちだらけの不細工な女に決まってますわ」
「バカだね、どこぞの安い商売女しか買ったことの無い男から歪んだ情報を教えられたもんだよ。
ヒルトンの街の商売女たちはこのあたしがしきってんのさ。
定期的に
その辺の亭主持ちより遥かに清潔だよ。
勉学だって教えてらぁ。女ごとで得意は違うがね。読み書き、そろばんはもちろん、家庭の知識に、医学に、政治、軍事に天文、商売、全員揃えば国の大学の先生にだって負けやしないよ」
うろたえるトリンダーの前でサラとエメルは言い合いを始めてしまった。
小声で語りかける。
「待ってくれ、サラ殿。
この方はどうやらフォルガル国王の娘、エメル殿下だ。
言い争うのは…………」
「王女だって……
王女を名乗る割には気品も迫力も感じないね。
ちょっと言葉遣いを丁寧にした田舎貴族の娘程度がお似合いだよ」
「なんですってー!
そこの老人、聞き捨てなりませんわ。
私に気品が無いですって」
「だって、無いじゃ無いか。
あたし程度のもんになんか言われた程度で声を荒げちゃ駄目なのさ。
本当のお偉いさんなら、言われ慣れてるもんだよ。
下々の者の台詞なんざ、事も無げに無視してのける。
それが王族とか大貴族ってもんさね」
うわ、何故怒りの炎に油を注ぐような真似を。トリンダーは胸を抑える。正直、心臓に悪すぎる。女同士の戦いなら俺の居ないところでやってくれよ。
「……個人的にはあんたみたいな方が好きだけどね」
「…………私は……
怒りっぽくて、良く怒っていましたし、怖がられてもいました。
だから、気品はともかく、迫力はある筈ですわ」
サラは平気で悪口を浴びせたかと思うと、次の瞬間には優しい声を出していた。この老婆の何処から、と思う程柔らかい声質。
それを聞いたエメル王女もトーンダウンしている。
「あのねぇ、嬢ちゃん。
そりゃ仔犬がキャンキャン吠えりゃ、五月蠅いし嫌がられるよ。
だけどね、大型犬に喉元で唸られたら、それだけで身の危険を感じて人はビクっと来るもんさ」
「私はうるさいだけで力の無い仔犬だと…………」
「そこまで言っちゃいないさ。
分かり易いように、もののたとえってもんだよ」
良く分からないが、なんとなく上手くまとまったらしい。
下を向いてしまったエメル王女。その肩に手を回したサラ。孫娘の面倒を見る祖母のような雰囲気 になっている。だから、女は良く分からない。
「なんか……おかしいな」
呟いたのはコンラ副将軍代理である。
「お前ら、なんか怪しいぞ。
なんでそんなに通したがらねぇんだよ。
俺らは敵じゃねぇし、食料をよこせとも寝床を用意しろと言ってる訳でもねぇ。
通しちゃえばいいじゃねぇか。
なんかあるんじゃねぇのか?」
先ほどまで美女にしなだれかかられて、だらしない顔をしていた若い男。
「なにも無いわよー。
兵隊さんにサービスしたいだけ」
「アンタ……美人だな」
「コンラッ!」
王女から鋭い声が響いたが、それも気にしていない。
「おかしいだろ、こんな美人の娼婦、どう見ても稼ぎ頭だぜ。
それを大した金もとらずに差し出すなんて…………裏があるとしか思えねぇ」
王女とサラは小声で話している。
「あいつ……誰だい」
「コンラですわ。
平民の出ですが、クライン家の推挙で現在将軍代理をしてますの」
「ふーん、若い割に使えそうな男じゃ無いか」
「ええ、私もそう思いますわ。
……女性に弱いのは欠点ですが」
「なかなか男を見る目はあるね。
元庶民と国王の娘じゃ大変だろうが、頑張んな。
上手く行くよう祈ってるよ」
「そんな…………私とコンラは別に……」
トリンダーにその会話を気にする余裕は無い。
何故ならコンラ将軍代理が腰の剣に手を回しているからである。
「なぁ、何か裏が有るんじゃねぇのか。
フェーリン……だったよな。
思い出したぜ…………フェーリンと言えば、国王の味方と旗色を鮮明にしていた貴族の代表だったな。
するってぇと、俺たちとイズモやセタントとを合流させたくないってか」
「……そんな事は…………」
何か変だ。今コンラはおかしな発言をしなかったか。……まるでコンラとエメル王女がイズモ殿とセタントさんの味方であるかのような…………
後ろが何やら騒がしい。
「こら、勝手に入るな」
「行かせてくれ、私は王女と将軍代理に良い話を持って来たんだ」
トリンダーが振り向くと、そこには太り気味の商人と衛兵が言い争っていた。
「知り合いか?」
「はぁ、ヒルトンの街の大商人の一人です」
コンラ将軍代理に訊かれたので素直に答える。
調子の良い商人で、確か国王派だったと思う。何かいい話でもあったのか。
「通してやれ」
コンラの言葉で商人は走って来た。コンラとエメルの前にやって来て何を言うのかと思ったら、立て板に水の様にズラズラと言葉を並べ立てた。
「あなたがコンラ将軍、もしやあなた様はエメル王女殿下ですか?
私、お二人にいい知らせを持ってまいりました。
私が手を打ちました。
あの国王に反旗を翻すリーダー格のセタントを。
生意気にも将軍などと呼ばれていい気になっている若造を私が殺したのです。
正確には私の指図で部下がやったのですが、セタントが倒れたと連絡が入りました。
手柄は私のものですよね」
「はっ?!」
「は?!」
「お前……セタントを殺したってのか?」
「貴方……セタントがあなたのせいで死んだって言うの?」
「はい、左様でございます・
お二人が打倒そうとしていた難き敵との戦いに私が手を貸したのです」
言いたいことを一気に話すのに夢中だったのだろう、商人はその場に流れる雰囲気に何も気づいていない。商人が顔を上げるとそこには。
殺気を放つ若き将軍代理ととんでもなく恐ろしい顔をした王女がいたのであった。
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