第104話 頬を染める王女

「一目散だ。

 全員行けやー-っ!!!!!」


 その声はウルダ国の兵士たちに響き渡った。


「おい、この声……」

「スァルタムだ」

「スァルタム・クライン様だ」


「どっか行っちまったんじゃなかったのかよ?」

「だけど、この声間違いねぇぜ」


「お前ら、そんな事気にしてる場合かよ!」

「スァルタム様が行け、って言ってるんだ。

 行こうぜ」


「おう、そうだった……?!

 なんだ、ありゃぁ?!」

「うわっ、黒くてでっかいのがやってくるじゃねぇか」


「アレか、スァルタム様はアレから逃げろって言ってるのか」

「そりゃもう、逃げるっきゃねぇ!」


「一目散だー--っ!!!」

「一目散だー--っ!!!」


 先刻まではどっちに行けばいいのか、どうすれば良いのか、分からずに混乱していた男たちで在ったが。現在はハッキリしている。

 あの丘を目指せ。

 後の事は気にしねぇ。

 とにかく走れ!


 動き出しさえすれば、それなりに屈強な男たちが揃っている。その移動速度は速かった。クァルンゲの雄牛にどつかれて、負傷した人間もいるが、それは数人で背負っていく。


「重い、重い、チクショウ!

 この分厚い金属鎧、重すぎるんだよ。

 こんなの持って走れるか!」

「アホウ、スァルタム・クラインに言われただろ。

 そんなの捨てていけ」


「だってよ、こいつバカ高いんだぞ。

 もう手に入らねぇよ」

「だから、後で国王にでも請求すりゃいいだろが」

「命あっての物種だ」

「とりあえず、一目散に走れー-っ!!」


 走るウルダの兵士たち、だがその道を邪魔するモノがいる。


GUUMOOOOOOOOO!


 先行して兵士たちを脅かしていたクァルンゲの雄牛であった。


「クソッ!

 この牛がいたんじゃ逃げられねぇ」

「回り込むか?」

「逃がしてくれねぇよ」


 赤い目をした牛が突進してくるのである。

 武装も捨てた男たちは必死で逃げるが、相手は自分たちの倍も大きい魔牛である。


「やめて、やめろ、来るんじゃねぇ」

「俺たちゃ逃げたいだけなんだよ」


 間近までクァルンゲの雄牛は来ている。大きなツノを振り立て、男たちを睨んでいるのだ。

 あのツノで刺されたら、男の体が背中まで穴が開くだろう。


 その瞬間である。

 牛の頭がツノごと落っこちた。


「逃げてっ!

 クァルンゲの雄牛は僕たちが引き受ける」


 どうっ、と魔牛が倒れる。

 そのデカイ図体が消えた後に見えたのは金髪の少女であった。薄い鎧を着て、髪を短めにした少女。少しボーイッシュな雰囲気ではあるが、美しい。


「なっ?!」

「美少女?! 美少年?!」


「僕はクー・クライン。

 クライン家の娘だ。

 魔物は僕たちが引き受ける。

 だからっ

 アナタたちは早く逃げてくれ」


「はっ、はいー-」

「う、美しい……じゃなくて、逃げさせていただきますです、はい」


 クー・クラインであった。逃げていく男たちを確認して、次のクァルンゲの雄牛を探す。


「ほぉーう、さっすが俺の娘。

 会わなかったウチに腕を上げたみてぇじゃないかよ。

 腕比べをしてぇが…………さすがに今はそんな場合じゃねぇな。

 うっしゃ、クァルンゲの雄牛よう。

 俺が相手をしてやんぜ」


 スァルタム・クラインもニヤリと笑いながら歩き出す。



「わしらはケガ人の面倒をみつつ、避難する人間と行動を共にする」

「自分も手伝う」


 太り気味の対魔騎士ナイト、地味な対魔騎士ナイトが言う。


「おい、ロイガーレとコナルさんも行ってしまったら……俺はどうすりゃいいんだよ」


 残されたのはコンラである。

 とりあえず、まだやべぇ事はやべぇ。黒い嵐、凶化された魔牛が襲ってくるのである。凶化と言う言葉はまだ良く分からないが、要するに強くなってしかも狂暴化しているって事だ。

 最悪の事態と思われたが、スァルタム・クライン様がなんとかしてくれた。

 俺ももう逃げちまって良いのか?


「お前はほれ、そこの娘の面倒があるじゃろ」

「あんなんでもこの国の王女様だ。

 丁寧に護衛をしろよ」


 二人がコンラに言っているのは……茶色の髪を長く伸ばした少女の事であった。破れたドレスのまま、地面にへたり込んでいる。

 エメル王女。

 コンラよりも魔素プネウマを感じられる分、黒い魔力プシュケーを巻き散らす、嵐の様なバケモノの群れを見てしまった衝撃は大きい。


「アレを…………なんで俺が……」


「お前、軍に参加したんじゃろ。

 その大将じゃ」

「スァルタム様は戦っているんだ。

 お前がその位はなんとかしろ」


「いや、そうだけどよ…………

 だーっ、しょうがねぇ。

 確かにその通りだ。

 俺がこの女はなんとかする」


 正直言ってしまえば、出来るだけ関わり合いになりたくない王女、なのではあるが。現在の彼女は恐怖におびえてへたり込んでいる年下の女性である。

 放っておくわけにはいかないコンラである。


「王女、エメル王女、大丈夫ですか?

 立ってください、逃げますよ」

「あ、あなた……コンラ」


「立てますか。

 ああ、靴が脱げちゃってる。

 そら、しっかりして」

「ダメ、足に力が入らないの」


 腕を持って引っ張り上げようとしたのだが、王女は動こうとしない。


「しっかりしてください。

 アナタこの国の王女様でしょ。

 クー・クラインやスァルタム様は魔物と戦ってんです。

 それに比べれば……立って逃げれば良いだけです」


 強引に腰に手を回して上半身を持ち上げる。


「キャッ?!

 何処を触っているのよ」

「ははは、元気が出てきましたね。

 その調子で自分の足で走ってください」


「分かってるわよ」


 長い髪の少女はプイと横を向いて小走りに動き出した。しかし、その速度は……お世辞にも早いとは言えない。

 えいっと片手を掴んで、走り出す。


「きゃっ?

 ちょっとアナタ、気安すぎるわよ」

「こんな非常の際です。

 目をつむってください」


「そ、そうね。

 分かってるわ」


 そう言って王女はうつむいた。コンラの気のせいか、その頬は少し赤く染まり、やけに可愛く見えた。

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