第59話 ナイトの紋章
「あの若いのは……大きな声じゃ言えませんがクライン家の息子です。
この国一番の騎士。
ナイト・オブ・ナイツを継ぐ可能性も在るんですぜ」
俺は声を潜めて頭の悪い監視どもに語り掛ける。
俺はこの国の常識や貴族についてヒンデル老から教えて貰っている。とは言え、熟知しているとは言い難い。何処まで上手く行くかは賭けに近い部分もあるのだが。
「あの子がっ?!
ナイト・オブ・ナイツ…………」
「ちっ!
それがどうした?
貴族のボンボンだろうが、ここに入ったからには犯罪者だ。
もう戻れやしねぇよ」
一人はセタント・クラインの素性に驚いている様子。背中の紋章をジッと眺める。一人は元々貴族に反感を抱いているのかもしれない。荒い言葉を吐き出すが、顔を見れば気になってはいるのはモロ分かり。
「しかしですね。
クラインは確かに国王様の機嫌を損ねたのかもしれない。
だけど、国一番の武人ですぜ。
またクラインの力を欲する時は必ず来るでしょう。
だからクライン家は取り潰しにも合わずに存在している。
あの711番だって殺された訳では無く、ここに捕まっているだけ。
王族や貴族の力関係なんざ庶民には分かりゃしません。
なにかのハズミであの若いのだってここを出るかもしれない。
もしかしたらクライン家を継ぐかもしれない。
どうでしょう。
もしもそうなったら…………
監視官閣下達はこの国一番の騎士、クライン家の恨みを買う事になる」
「なんだと…………
そんな可能性なんて……あるものかよ……」
「分からないぞ。
子供だって知ってるナイト・オブ・ナイツだ。
いくら王様ったって、気楽に敵には回せねぇよ」
「…………そんなバカな」
「少なくとも俺はナイト・オブ・ナイツを敵にしたくねぇ」
「そうですよ、閣下。
おそらく、フェルガ副所長もその辺を読んでらっしゃるんじゃないですかね」
「副所長が?」
「どういう意味だ?」
「副所長はあれでも貴族なんでしょう。
彼女は庶民なんかが伺い知れない事情を知っている。
この711番がクライン家に返り咲く可能性が在る事を分かっている。
だから…………
恨まれるどころか、貸しを作っておくためにお気に入りなんて話にしたんじゃないですかね」
「なんだって……」
「在り得るんじゃないか。
マクライヒ家だぞ。
騎士団ではあったが、今じゃ王の機嫌を取って兵士達の将軍になっている一家だ。
計算高い連中だし、俺らの知らない情報を何か持っていたっておかしくねぇ」
「イーガン、じゃ……どうすんだよ」
「オーラム、ここは彼の言う通り引いておこうぜ」
「ええ、今でしたら恨んだりはいたしません。
監視官閣下の御明察、広い寛容な精神にセタント・クラインも感謝するでしょう」
「そ、そうか…………
ウマく言っておいてくれ」
「ああ、そうだな」
俺と監視官の声は少しづつ小さくなっている。おそらくセタントには何を話しているか、全ては聞き取れていないと思う。
聞こえてしまったら、誰がこんな奴等に感謝するものか、と言い出してしまいそうだ。
イーガンと呼ばれていたか、若い監視の男は地面に落ちていた作業服を拾い上げる。パタパタと埃を払い落としセタントに丁寧に渡した。
「俺は……ナイト.オブ.ナイツに憧れていました。
失礼を致して申し訳ありませんでしたっ」
慣れて無い雰囲気で丁寧語を話し、そのまま逃げる様に去って行く。
セタントは呆然としていた。
「999番、一体彼らに何を言ったんだ?」
「まぁまぁ、おかげで助かったんじゃ。
良いではないか」
ヒンデル老が取り成す。俺があまり探られたく無いと思っているのを察してくれたのだろう?
「いや、別に。
テキトーな事さ。
それよりも、711番
早く服を着たらどうだ」
金髪の子はまだ上半身を晒しているのである。胸元は布で覆われているが、お腹は丸出し。
薄暗い坑道に真っ白な肌が浮かび上がっていて、可愛らしいおヘソまで見えている。
俺はその白い肌にグググッっと視線が引き寄せられそうになるのを無理やり堪えているのだ。
「キャッ!
うわわわわわ……
見られた……999番に見られちゃったの?……」
慌ててセタントは作業着に袖を通した。相変わらず驚くと声が女性の様に高くなるんだな。
胸が隠れて行き、まだ少し見える白いウエストを俺はチラっとだけ眺める。
「711番、その包帯はどうしたんじゃ?
ケガでもしておるのか」
ヒンデル老人が訊ねる。
そう言えば、胸の部分に晒しの様な白い布を巻きつけていた。気にはなったが、正直俺は白い肌の方に目が引き寄せられていて、肌を覆い隠す物にはマッタク目が向かなかったんだよな。
「そうなのか?」
「違うよ。違います。
アレは……その……
えーと背中を隠そうとしてるんだ。
あまり目立ちたく無いから」
セタントの背中に在った槍の様な文様とそれを囲む象形文字。
この鉱山に囚われた労働者達の左肩にも
しかしセタントの背に在る紋章はどこか神々しい。猛々しい力と神聖な印象を受けるのである。
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